第5話「風のアイドル」(4)
ファウが動いた。鋭い攻撃が、綾羽に迫る。
「くっ……」
虚を突かれ一呼吸遅れたものの、ギリギリのところで攻撃をかいくぐる。
綾羽にとってはいつも通りの所作であったが、早くも相手の動きに違和感を覚えていた。
(動きが、素直すぎる……?)
戦わないアイドルとはいえ、綾羽も事前の準備はしっかりとやっている。ファウのステージも研究済みだ。
そこに見られた、ファウの特徴……過剰なまでのフェイントの数々が、今の動きには全く見られなかった。
続く第二波、第三波の攻撃もまた同様であった。動きは大きく、速く、キレがあるものの、実に読みやすい。
(まるで、演武……)
綾羽の推察は、当たらずとも遠からずであった。
ファウの闘技場時代、安定して試合に出るため、選手達が小さくまとまった戦い方をすることが問題になっていた時期があった。イベンター側はルールの過激化という形で解決を試みたが、それが逆効果になるのは目に見えていた。
そんな時期にファウが独自に編み出したのが、この「見た目の派手さのみに特化した」ファイトスタイルである。
(しかし、これが対策っていうのは……)
綾羽は、ファウの意図を推し量ろうとした。
まさか、このまま最後までいくとは思えない。可能性があるとすれば、わざと大味な動きを見せておいて油断を誘う、あるいはテンポを崩すことであろうか。
であれば、それに対応できるよう、さらに距離を取って逃げ切るべきだろうか?
(いや……。なるほど、考えたね)
綾羽は逆に、ファウの懐に潜り込んだ。最大の危険領域の中で、ふわりと舞い踊るように拳を受け流す。
その一見挑発的なムーヴに、観客たちが色めき立つ。
「でも、いくら何でも調子に乗りすぎじゃ……?」
(いや……違うな)
歴戦のアイドルたちは気づいていた。観客席のギリコも、言わずもがなである。
ファウの動きは派手さはあるものの、形振り構わず当てに行くものではない。それを余裕を持ってかわし続けたりすれば、いずれ一般の観客達も違和感に気づいてしまうだろう。
綾羽もまたアイドルである。ただ逃げ切ることが目的ではないのだ。あくまでギリギリの舞台を演出しなくてはならない。派手なアイドルエフェクト使いが相手であれば、逃げ回るだけでも絵にはなるが、ファウが相手となればそれでは通用しないのだ。
「だったら、あえて誘いに乗ってやるさ!!」
急激な変化があっても対応できるよう、全神経を集中させ、アイドルエフェクトもフル稼働して、攻撃を捌いていく。二人の間に乱気流が発生する。
一瞬の油断が命取りになる綱渡りだ。観客の興奮も一気に高まっていく。
しかしこの時点で、ファウ達の本当の目論見に気付いている者は、綾羽も含めて誰ひとりとしていなかった。
激しい攻防の中、ファウの獣じみた動きがますます強調されていく。
そんな中、流れが変わろうとしていた。
観客席の一人の少女が、ふと、あるものを想起したのだ。
「《オオカミと小鳥》……」
子供の頃、誰もが読んだことのあるクラシックな童話。バレエなどの演目にもなっており、その楽曲も有名である。
はじめは、他愛ない連想であった。
物語は、狩りが下手くそでいつも腹を空かせている狼を、小鳥がからかうシーンから始まる。
最初は相手にしていなかった狼も、次第に腹が立ち、吠えたり襲いかかる身振りをしたりして脅かそうとする。しかし小鳥は怖気づくどころか大笑い。しまいには狼の鼻先を舞って挑発する様になる。狼は激怒して爪を振り回すが、まるでかすりもしない。
今ステージで起こっている光景が、なんとなくそのシーンに似ている……。ただ、それだけの事。
そのはずであった。
嵐のような攻防の中、ファウが息切れを起こし始めた。
本来なら、アイドルエフェクトを使い続けている綾羽の方が、先にガス欠になりそうなものである。はじめは綾羽も油断を誘うための演技と疑ったが、それ以上に何かが引っかかっていた。
(この子は最初から、わざとこうなるペースで戦っていた……?)
ちょうど1コーラスが終わる所だ。仕切り直すため、綾羽は一旦距離を取った。
(たしか《オオカミと小鳥》では、この後……)
何気なく、ふと浮かんだ考え。綾羽はぞっとした。
(ちょっと待て、今何を考えていた、私!?)
息も絶え絶えのファウが、力を振り絞って飛びかかってくる。まるで、童話をなぞらえるかのように。綾羽は慌てて後ずさった。
もはや、観客の誰もがそれを結び付けずにはいられなかった。綾羽も、完全に意識してしまっている。
歌が流れ出す。童話のバレエ用楽曲、そのリミックスバージョンだ。
ステージを見る者全て、舞台上のアイドルでさえ、その世界に引き込まれていた。全てが一体となって、物語を形作っていく。
(この流れを生み出すことが、彼女の狙いだとすれば……まずい!)
このまま童話にそってステージを展開すれば、いずれ小鳥はオオカミに捕まることになる。
綾羽は、岐路に立たされていた。
(流れを断ち切って逃げ回るか!? でも、それじゃあ……)
このステージで、自分がやってきたことと矛盾はないのか? 戦うアイドルならば、迷わず戦うべきだ。では、自分は? ここでは、どうすることが正解なのか?
綾羽の足が、止まった。
「!!」
瞬間。狼の前足が、小鳥を捕らえる。
「……見事だよ」
綾羽は、覚悟して目を閉じた。しかし……。
ファウは何も言わず、その手を離した。
物語の狼と同じように。
「馬鹿な……正気か!?」
混乱する綾羽の脳裏に、童話の一節が浮かび上がる。
くるっているのは、おまえのほうだ。
なぜ、わざといのちをさしだすのだ。
くるったとりなど、きみがわるくてくえん。
わたしは、てんのつかいです。
こころやさしきけものよ。あなたにこのみをささげます。
そして、わたしはてんへとかえるのです。
やはり、おまえはくるっている。
どこへなりとも、いってしまえ。
「そうか……。そういう事なんだね」
立ち尽くすファウ。固唾を呑んで見守る観客たち。得体の知れない臨場感がステージを包む。
それを茶番だと笑う者は、誰ひとりとしていない。
綾羽は、全てを理解した。
「だったら私は……鳥になろう!」
小鳥は、意志を貫いた。その翼を羽ばたかせ、狼へと向かっていく。
そして――
ただ、狼の本能が、小鳥の心臓を穿った。
会場が、静まり返る。
「――おかしいね。空気を読まずに、戦わないのが私のスタイルだったのに。気づいたら、大きな流れに飲まれていた……」
「いや、お前はずっと戦っていた。それがわかりにくかっただけだ」
「そうか……。そうかも……しれないね……」
糸が切れたように、綾羽が倒れ込む。
息絶えた小鳥を、狼はいつまでも見下ろしていた。
そこで、物語は終わる。
決着はついた。喝采の中、幕が下りていく。
天井を見上げながら、綾羽が口を開いた。
「でも、こんなステージをやるなんて思いもよらなかったなあ。あれが、君のアイドルエフェクトかい?」
「いや、単純にペースを乱すきっかけが欲しくて……。何かしらの演出が必要だと考えただけだ。まさか、あそこまでハマるとは思わなかった」
「そうなの? 一旦捕まって解放された時なんか、本当にびっくりしたんだけど」
「あそこは……なんとなく、ファンがそれを望んでいた様な気がして」
「そっか。でもたぶん、あれで正解だったんだろうね」
いろいろと納得した綾羽に対し、ファウは少しバツが悪そうに付け加えた。
「……実を言うと、他に選択肢は無かった。疲れすぎて指に力が入らなかった」
「え……」
たまらず、綾羽が笑い出す。ファウも、満更でもない様子だ。
二人の心に、風が吹いていた。
○レッドフロント ファウ・リィ・リンクス
●坂ノ上グランサーカス 倉橋綾羽
(FH:狼の牙)
(FS:オオカミと小鳥~飛翔(IDOL REMIX VER.))
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