第7話「アイドルはつらいよ」(1)

        1


「アイドルエフェクトについて……?」

「ああ、コーチはそのうち使えるようになるかもしれないと言っていたが……。ここまで、特にその兆しは見られない。本当に、このままでいいのか?」


 トレーニング後、ファウが投げかけてきた疑問に、アキラは難しい顔をした。


「そっかー。まあ、気にするのもわからんではないけど……。こればっかりは、努力してどうこうって話でもないからなー」

「むぅ」

「前にも説明したけど、アイドルエフェクトは神様の贈り物ギフトみたいなモンでさ。ある日突然、気がついたら出来るようになってるんだ。逆にトップクラスのアイドルでも、引退までついぞ開眼しなかった……ってケースもある」

「そうか……」


 ファウが珍しく肩を落とす。


「まあ、あったらあったで戦術の幅は拡がるし、華もあるけどな。その分リスクだって色々ある。少なくとも、ないものねだりをするよりかは地道に基礎を磨いていった方がいいと、あたしは思ってる」

「確かに、アイドルとしての地力はついてきたと実感している」

「だろ? 現にアンタ、ここまでリーグ全勝じゃん。これからトップの連中との対戦も増えるだろうし、不安になるのはわかるけど……」

「ああ、いや、そういうことではなくて」

「?」


 訝しむアキラに、ファウはバッグの中から雑誌を取り出して見せた。


「今月のドルマガ? 気になる記事でも……」


 アキラは受け取った雑誌をパラパラとめくっていく。


「あ、注目のアイドルランキング? お、6位か。大健闘じゃん」

「いや、そっちじゃなく、こっち」

「ん? アイドルの華麗な必殺技……」


 そこには、氷室エルを筆頭に人気アイドル達の決め技が写真付きで載っていた。

 ファウが、自分が載っている部分を指差して言う。その表情はいつになく暗い。


「ひょっとして、私の技名ってダサいのでは?」

「あ、あー……」


 アキラは全てを察した。


(まあ、確かに技名は自己申告だしな。ちゃんと発表するか公式インタビューで聞かれでもしなきゃ、運営が適当に記録しちゃうんだよな……。そもそも、こいつの決め技自体はだいたいオーソドックスな奴で、あえて名前つけるようなモンでもないし……)


 ファウがため息をつく。


「だから、アイドルエフェクトが使えれば、それに由来するオリジナル技とかいっぱい考えられるかと思ったんだが……」

「お前は悩みの次元が一回り違うな……」


 優秀すぎるアイドルの悩みに、アキラもつられてため息をついた。



        2


「いつも応援してます! 先週の横浜のステージも見に行きました!」

「あ、ありがとうございます……」


 この日は、エンプロの新人によるミニイベントが開催されていた。メインのアイドル達はいずれもリーグに参戦しており、注目を浴びている。

 その中に、あの七月めぐるの姿もあった。


 晴れの舞台であるというのに、めぐるの表情はどこかぎこちない。

 その原因の一つは、戦績の不振である。

 期待の新人としてプロデビューしためぐるではあったが、いざ蓋を開けてみれば早々にファウに土をつけられ、リーグ戦においても勝ったり負けたりの繰り返し。悪くは無いものの、いまいちパッとしない。EXIAの面々と比べても、はっきり数字に現れていた。

 相手が正統派であればそこそこいい勝負をするものの、トリッキーな戦法を取られたり、少しでも相性が悪かったりすれば途端にボロボロになる。

 特に、《お笑いアイドル》撥条ヶ崎ばねがさきぽよ代に敗北したのは、かなりのショックであった。

 お笑いアイドルは、戦わない倉橋綾羽とスタンスが似ている。勝利を至上の目的としておらず、エンターテインメント性に比重を置いている。それはアイドルとしての確かな実力に裏打ちされたものであり、ステージの流れ次第では大物食いジャイアントキリングが起こることもそう珍しくはない。

 しかし、その時めぐるは相手のペースに嵌って完全に我を忘れ、相手がわざと外そうとした大振りに自ら当たりに行ってしまった。いわば事故のような敗北であった。

 インタビューに答えるぽよ代の何とも申し訳無さそうな様子が、めぐるをますますみじめな気分にさせていった。


 しかし、思うように勝てないだけならまだ良かった。もう一つの要因が、事態をより深刻なものにしていた。


「ドルマガ読みました! ランキング2位、おめでとうございます!」

「!」


 本人が微妙と思っているような戦績にもかかわらず、めぐるの人気は落ちなかった。むしろ、どんどん上がっていったのである。



        3


 自分のちぐはぐな現状について、めぐるは思い切ってプロデューサーであるリアに相談してみた。


「アイドルの人気を支えるもの、なーんだ」

 

 話を聞いたリアが、突然クイズを出してきた。少し考えて、めぐるは答える。


「強さ……でしょうか」

「うんうん、それも一つだね。強いアイドル、勝利するアイドル。無双する姿は見てて気持ちがいいもんねえ。エルちゃんなんかが、まさにそうだよね。でも、もう一つ重要なモノがあるんスよね~」

「それって……?」

「……物語性、だよ」


 リアの目がぎらりと光る。悪い大人の顔だ。


「観衆はまた、『主人公』のサクセスストーリーも大好きだからねえ。常に順風満帆とはいかない。試練と挫折を乗り越えて、徐々に勝ち上がっていく。その過程にまた、心揺さぶられるモノがあるんじゃないかなあ?」

「でも、それって……」


 言いかけて、めぐるは思いとどまった。


 ――その「主人公像」は、エンプロのメディア戦略が作り上げた演出ではないのか……?


 養成所時代のめぐるは、そんなことを考えもしなかった。最大手であるエンプロの養成所において、早くから才覚を現し、練習ステージでは連戦連勝。自分が時代の主人公だと信じて疑わなかったし、そんな自分をマスコミが大きく取り上げるのも、当然のことだと思っていた。

 プロになって不調が続いても、変わらず事務所はサポートをしてくれた。ファンも変わらず応援してくれた。

 それがいつしか大きな違和感となって、めぐるの心に影を落としていった。


(みんな、負けても許してくれる。負けも全部、織り込み済み? 期待通りなの? じゃあ、あたしは別に、負けても構わないっていうこと……?)


 言葉に詰まるめぐるの心中を察したのか否か、リアが言う。


「つっても、事務所としては基本的にアイドルには勝ってほしいよね。みんなのためにも」

「は、はい……」

「プレッシャーをかけるようで悪いけれども、さ。来月頭のステージも、是非とも勝ってもらいたいヤツな訳で」

「相手……、決まったんですか?」


 返答の代わりに、リアはリストを差し出した。

 それに目を通すめぐるに、戦慄が走る。


「君にとっては因縁の相手でしょ? したいよね? リベンジ」


 リストには、ファウ・リィ・リンクスの名前があった。

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