第5話「風のアイドル」(2)

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「お待たせしました。ティラミス、イチゴショート、レアチーズケーキと、クリームソーダです」


 テーブルに並べられたスイーツの数々に、綾羽は若干気圧されていた。先日のステージを想起させるボリュームである。


「すごいね。ホントにこれ全部食べるの?」

「問題ない、経費で落ちる」

「いや、そうじゃなくて、体重とか……」

「体重がすぐ落ちて困るから、むしろ多く食えと言われた。過剰であれば夕食で調整するので問題ない」

「そうなんだ……」




「で、私が『戦わないアイドル』をしてる理由だっけ?」

「ああ。何故、そういうアイドルなんだ?」

「うーん、話せば長くなるんだけど……」


 紅茶をかき混ぜながら、綾羽は語りだした。


「かつて、アイドルが戦わない時代があった……って言ったら、信じるかな?」

「え……?」

「そもそも、アイドルとは何か? 何故、アイドルは戦うのか? そういう話になってくるんだけどね」

「戦うから、アイドルなんじゃないのか?」

「正確には、がアイドルと呼ばれているね。では、ステージとは何か? 君は、その仕組みを知っているかい?」

「いや、ファンの想いを力に変えて、アイドルに伝え、奇跡を起こす場所……とだけ聞いている。コーチも詳しい仕組みは知らないと言っていた」

「というか、誰も詳しい仕組みなんか知らないんだけどね」

「え……?」


 原理を知らなくても道具は使える。それは往々にしてあることだ。しかし、誰も知らない、とは――?


「ステージの基盤になっているのは《御石みいし》と呼ばれる一枚岩で、これが特定の場所に置かれた時のみアイドルステージとして機能する……って所まではわかってる。けれど、どうしてそうなるのかはサッパリ解明できていないんだ」

「そうなのか……」

「興味深いのは、アイドルエフェクトの様な超常の事象は、アイドルステージでしか発現しないってことだね。それ以外の実験や検証では、うんともすんとも言わない」

「ますます謎だな」

「そう、いまだにそんな謎を秘めている御石だ。大昔、その不思議な現象を発見した人たちは、それを神と交信する手段だと考えたんだね」

「神と?」

「そう。作物が多く実りますように、とか、国が繁栄しますように、とか。そんな祈りとともに、乙女達が戦いを捧げたという。これが、アイドルの始まりだと言われているんだ」

「なるほど。神がアイドルを作った、というわけか」

「ふふっ、そうかもしれないね。で、ここで最初の話に戻るんだけど……。一説には、乙女達が捧げていたのは戦いではなく、単なる歌や踊りだったんじゃないか、とも言われているんだ。歌い踊る者をアイドルと呼んでいたのでは、ってね」

「ふむ……」


 ミュージシャン、シンガー、ダンサー、アーティスト……。今ではそう呼ばれているような者達が、かつてはアイドルと呼ばれていた――?

 ファウには、いまいちピンとこなかった。


「そもそも、さっき言ったアイドルの起源だって、確かな証拠が残っているわけじゃあない。昔の物や記録は、大破壊でほとんど失われてしまったからね」

「大破壊……」


 ファウが眉間にしわを寄せた。


「大破壊の後、人類は文明を再生しようとした。けれど、その根拠になるものは人の記憶とわずかばかりの記録だけ……。人々は思い思いの文化や歴史を、都合のいいように勝手に再生していったんだ。当然、大小様々な衝突もあった」

「その辺りは、こちらで歴史の勉強をした」

「そうなんだ。それじゃあ、君がいた星では? 何か違うことが伝わってたりしなかった?」

「私の故郷では、昔恐ろしいことがあって全てが失われた、とだけ教わった。詳しくは聞いていない」

「そっか……」


 綾羽は少し残念そうに肩をすくめた。


「実は、私が君に聞きたかったのは、その辺りのことなんだ。ロストから来たって聞いていたからね。向こうの情報はあんまり入ってこないから、何か新事実がわかればいいなと思って」

「そうか。すまないな」

「いや、気にしないで。それにまだ、お話の中で発見があるかもしれないしね」

「何故、そんな事を知りたいんだ?」

「単純な好奇心だね。私、大学のゼミで歴史とか文化の研究をしているんだ。今日もレポート用の調べ物を、ね」

「なるほどな」

「とにかく、私が言いたいのは……。『アイドルは戦うもの』という固定観念も、この百年の間に誰かが勝手に言いだしたことなのかもしれない、ってこと。そこで、文化の可能性に関する反逆というか、挑戦というか」

「それで、戦わないアイドルか」

「うん……」




「……っていうのは建前で、本当は目立つために皆と違うことやろうってだけなんだけどね」

「えっ」

「私のうち、家族でサーカスをやってるんだけど、その宣伝のためにアイドルになって、リーグに参戦したんだ。いやあ、費用は馬鹿にならないしスケジュールはきついし、頑張って元を取れるようにアピールしていかないと」

「……」


 ファウのフォークから、ケーキがこぼれ落ちた。



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「それで、その人のステージ見て研究してるの?」

「ああ、なかなか興味深い」


 ファウは大盛りの肉野菜炒め(本当に炒めただけ)にマヨネーズをたっぷりかけ、一気にかき混ぜた。今夜の食事担当は珍しくアキラだ。ミサは一口ほおばると、無言でキッチンから調味料を持ってきて、自分で味付けを始めた。


「つか、その子は全ステージ引き分けで来てるんだろ? 全勝のアンタとじゃ、ポイント差があるから対バン組まれる可能性は低いと思うけど」

「まあ、参考になる所があるならいいんじゃないの?」

「いや……。私がマッチメイクする側なら、差が開ききる前にぶつける」


 ファウは、確信を持って言い切った。


「まあ、話題性はあるだろうけど――」


 言いかけて、アキラの顔が曇る。


「確かに。アイツなら、喜々としてやりそうだな……」




「へっぷし」


 エンプロのアイドル事業総合プロデューサーである御鏡リアは、アイドルリーグ運営委員会役員でもある。建前上は全体のバランスを見て公正に対戦を組むことになっているが、実際の所はやりたい放題であった。


「風邪ですか? じゃあもう早く帰って寝て下さい」

「お、優しいッスねえ。でも大丈夫。これはきっと誰かが私のウワサを」

「うつされると非常に迷惑なので」

「エルちゃん冷たい……」


 そして案の定、アキラ達の予感は的中する事となる。

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