第4話「アイドルは恥ずかしい」(4)
13
開幕早々、ファウは苦境に立たされていた。
叢雲がいう所の東雲流……その、脱力を基本とした、流れる水のような動き。それによって打撃はいなされ、なかなか決定打を浴びせられない。
なおかつ、ガードと攻撃の境目がない。腕を弾かれたと思った次の瞬間には当て身、投げ、
その技の節々には、アキラにも見覚えのある動きが取り入れられていた。
(やっぱり徹底的に仕込まれてる……軍隊格闘術!!)
ファウが組み伏せられ、腕をねじり上げられる。
「ぐっ……」
「ここまでだ。降参しろ」
「ぐぎぎぎぎぎ……」
「腕が折れるぞ!!」
叢雲の警告を完全に無視して、ファウは力を込める。
寸勁では間に合わない。その前に折られてしまうだろう。
アキラが止めようとした、その時――
「!?」
急に手応えが変わり、叢雲は咄嗟に手を離す。
(まさか、本当に折ってしまった……?)
戸惑っていると、そこに手刀が飛んできた。
折れたかもしれない腕が、遠心力に任せて振り回された形だ。
紙一重で避け、距離を取る。
ファウは痛そうに肩を回しているが、腕が折れている様子ではない。
「馬鹿な……!」
先程の妙な感触、そして今の攻撃……。叢雲は理解した。
ファウは、自分で肩関節を外し、そして今、自分で肩を入れたのだ。
(無茶しやがって……)
アキラの額から冷や汗が噴き出す。
「どうやら、生粋の死に狂いの様だな。であれば――」
叢雲の構えが変わる。
「こちらも本気で仕留めに参る!!」
思いもかけぬ好敵手の出現に、叢雲のスイッチが入った。
いかなる動きにも対応できるよう、全神経を集中させ――
「あ……?」
集中しようとした所で、ふと、会場の巨大スクリーンが目に入った。
そこには、自分の姿のアップが映し出されている。ただ、それだけなのだが……。
ダークネスサキュバスコーデ。
小悪魔を意匠とし、半透明のラバー生地とメッシュがふんだんに使用された、ギリギリラインを攻めに攻めた衣装である。
確かに、今回から新しい派手な衣装にする、とは聞いていた。前回あまりに早々にステージを終えてしまったため、観客にしっかり覚えてもらえる様に、と。
そしてステージが始まってからは、集中のあまり、自分の格好を気にする余裕もなかった。
(し……しかしまさか、こ、こんな、破廉恥極まりない格好で!? これまでずっと……????)
会場は満員御礼。それにとどまらず、このステージ映像は全世界に向けて発信されている。
無数の視線を肌で感じ、サーッと血の気が引いていく。手足は震え、思わず膝をついてしまう。
「何だ……?」
その様子を、ファウが訝しむ。
叢雲はうつむき、ひたすら何か呟いている。
(見るな、見るな、見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな……)
「見るなぁぁぁぁぁぁっ!!」
突然の叫びとともに、ステージに閃光が走る。
ファウは能力を警戒し、ガードを固めつつ神経を研ぎすませた。
しかし、何も起こる様子はない。
やがて、光が消え去った時――
「ウソだろ……」
アキラは唖然とした。
「……消えやがった」
会場が騒然とする。ステージ上に叢雲の姿は無く、ファウが一人で立ち尽くしている。
異変の中、ファウが気づく。ステージの輝きは、まだ失われていない。
(まだ、ステージは続いている……)
ガッ。
刹那、背中に衝撃が走り、オーラがはじけ飛ぶ。
ファウは咄嗟に振り返るが、そこには何もない。
(まさか……)
考える間もなく、腹に、脚にと見えない衝撃が襲ってくる。ファウのオーラが一気に削られていく。
そして、歌が聞こえる。叢雲の歌が。
「アイドルエフェクトだ!」
アキラが叫ぶ。
「奴は、まだそこにいる!!」
その助言により疑念が確信に変わり、ファウは瞬時に動いた。留まっていては、いい的だ。
アキラは、その的確な反応にひとまず胸を撫で下ろす。
(しかし正気か? 姿を消すアイドルエフェクトだって……?)
見られて、魅せてナンボのアイドルが、姿を消したまま闘うなど前代未聞である。正気の沙汰ではない。いや――
(さっきの様子からして、能力の発現は偶発的なモノか? だとすると、姿を消したままなのは、まだ制御できていない……?)
だとすれば、勝機は十分にある。姿を完全に消す強力なアイドルエフェクト――裏を返せば、それだけオーラの消費が激しいということだ。このまま逃げ回り、守りを固めていれば、いずれは苦しくなって能力を解かざるを得ない。さもなければ、溺れて沈むだけだ。
だが――
「それは、アイドルなのか?」
ファウの顔がちらつく。
その戦い方で、本当に正しいのか?
それが、自分が教えるべきアイドルか?
それが、ファウが教えてほしいと言ったアイドルなのか?
本当に大切なことは――
アキラは意を決する。
「ファウ! 相手を探そうとするな! 歌に耳を傾けろ!!」
ファウが頷く。その声は、しっかりと届いた。
「了解、コーチ」
その頃、叢雲は既に溺れかけていた。
(状況は、掴めた……。姿が見えないというなら、まさに好機! このまま……このまま押し切れば……!!)
苦しさをこらえて、ひたすら打ち続ける。
最初は闇雲に動き回っていた相手も次第に動きが鈍くなり、ついにステージの端へと追い詰めた。
(これでもう、逃げ場はない!!)
ガードが上がった所に、とどめの蹴りを放つ。
「!?」
ミシィ……。
脇腹をえぐったはずの自分の足は、ファウのヒジとヒザに挟まれ悲鳴を上げていた。
(誘われた……? しかし、タイミングは……)
苦しさで回らない頭を、必死で回転させる。と……。
歌が、聞こえてきた。
「まさか……!?」
歌のリズムは攻撃のリズム。奏でる者が意識的に変えようとしない限り、流れはむしろ歌に引きずられてしまう事もある。
叢雲がそれを理解した時、全てが終わっていた。
一瞬の攻防で歌は逆転し、アイドルエフェクトも解けた。
息切れ状態の叢雲に、その後の連撃を耐える余力は無かった。
薄れゆく意識の中、ファウが何か言っているのが聞こえた。
ほとんど聞き取れなかったが、たった一言だけ――
「最後まで、東雲流で攻められていたら――」
その言葉が、叢雲の胸をきつく締め付けた。
○レッドフロント ファウ・リィ・リンクス
●HAVエンターテインメント 東雲叢雲
(FH:回し蹴り)
(FS:Morpho)
14
「あら珍しい。ステージの復習?」
レッスンまでの待ち時間、叢雲は先日のステージ映像を見ていた。その表情はいつになく険しい。
「この前のステージじゃない。こういうのは、二度と見たくないものだと思ってたけど」
意地悪に微笑む師匠に、叢雲は静かに答えた。
「あの時……」
「ん?」
「あの時、あの子は最後まで、アイドルらしくあろうとしました。ただ勝ちを拾うのではなく、魅せるためのアイドルであろうと……」
「そうね」
「だのに、あの子は東雲流を認めてくれたというのに……。私が、未熟であったばっかりに……」
ステージの光景がフラッシュバックし、後悔の念だけが押し寄せてくる。
「私はアイドルどころか、武道家としても失格……。志を忘れ、目的を見失い、ただただ、楽な方へと逃げたのです! 」
溢れ出した涙が、練習場の床を濡らしていく。
「私はただ、それが恥ずかしい……!」
泣き崩れる叢雲に、シャルロットはそっとハンカチを差し出した。
「それでいいのよ。人には恥ずかしいと思う感情がある。それが魅力でもあるし、次の力を生む糧にもなるわ」
「
「さあ、レッスンを始めましょう。明日の笑顔のために」
「はい……!」
涙を拭い、少女は立ち上がった。
もう逃げない。立ち止まらない。
どんな困難だって、乗り越えてみせる――
15
ある日の早朝。
「ただいま」
「あ、おかえりファウちゃん。あれ、アキ姉は?」
「ジョギングの途中でへばったから先に帰ってろって」
「もー。無理しないで自転車買えばいいのにね」
「なー」
ファウはシャワーを浴びると、帰りにコンビニで買ってきたコミック誌を広げた。日本語や日本文化の勉強のためと読み始めたが、割と純粋に楽しんでもいる。
「た、ただいま……」
「おかえりー。もうすぐ朝食できるけど、どうする?」
「あたしは、あとでいい……」
「はーい」
ふと、巻末のグラビアに目が止まった。
「なるほど。それもアイドル、か」
写真の中のアイドルは、限りなく赤面しながら、必死に堪えて引きつった笑みを浮かべている。
その水着は、えげつないほどにギリギリの布面積であった。
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