第4話「アイドルは恥ずかしい」(3)
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「我が孫、叢雲よ。老い先短い爺の遺言と思って聞いておくれ」
「そのような事……! まだ私は全てを教わっておりませぬ!」
「聞くのだ。我が一族はあの《大破壊》以前より、日の当たらぬ場所に生きてきた……いわば影。しかし私は影としての技法のうち、ただひたすらに武芸のみを究めんとした、はぐれ者よ」
「それこそが東雲流……究極の武術」
「違う。違うのだ。あれは私の個人的満足に過ぎぬ。真の武とは、探り、欺き、危うきに近寄らず、望みを叶えるもの。本来の東雲そのものなのだ」
「何を仰るのです! そのようなものが、武であるはずがありませぬ!」
「許せ我が孫よ。私がお前に遺してやれるのは、あのような物しかなかった。せめて、生きる為のささやかな助けとなればと願うばかりだ」
「違います。東雲流は最強なのです。私が、偉大なる師から受け継いだものは、この世で最高の宝なのです」
「優しい子よ。お前がそう育ってくれたことが、私は何よりも嬉しい」
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「東雲流はあらゆる技法、流派から学び、取り入れ、さらに対する技を編み出すことにより生まれた。これからもそうであらねばならぬ。故に、強き者と戦い続けねばならぬ。同時に、東雲流の強さを人々に広く知らしめねばならぬのだ」
「なるほど、それでアイドルか」
「数ある格闘興行の中でも、限りなく実戦に近い、もしくはそれ以上の状況で戦えると聞いてな。……しかし、まさかあの様な仕事までこなさねばならぬとは……考えもしなかった」
「私はそういうのも楽しいが、人それぞれなんだな」
それからしばらく話し込んだ後、ファウが腰を上げた。
「私は戻るが、どうする?」
「……戻らねばなるまい。スタッフの皆様に多大な迷惑をかけている。まずは謝罪せねば」
「アイドル、やめるのか?」
「私自身は、まだやめるわけにはいかぬと思っている。許されるかどうかは別だがな」
「そうか」
帰りの車にて。助手席のファウが、窓の外の景色を眺める。
日が傾くのに合わせて、フィルターにより都市空間内に拡がる光の色が変わってゆく。
ほとんど交流もない星に似せて、人工的に変わっていく景色。その事実すら知らないファウが、何故わざわざそんな事をしているのか、疑問に持つことはない。
「どうした? 遊び足りなかった?」
「いや……。アイドルも色々。コーチの言うとおりだと思っていた」
「ん? そう?」
その翌日、アイドルリーグの次ステージについての通知が届く。
相手の名は、東雲叢雲。
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「……で、その新人がどうかしたんですか?」
TV番組撮影の合間、読んでいる小説から目を離さずにエルが言った。
話を振ったリアは、いつもの如くイタズラじみてニヤニヤしている。
「や、事務所の名前をどっかで聞いたことあるなーと思ったらね。昔の知り合いが経営してる会社の系列だったんスよね~。シャルロット・ハヴァンリヒっていう人なんスけど」
「知ってますよ。黄金世代のヒトでしょう?」
「そ。アイドル辞めて起業したんスけど……。どうも最近、直々にその子のトレーニングをしてあげてるってウワサが」
「へえ……」
「わざわざ新しくアイドル事業まで始めたってのも、どうやらその子の為じゃないかって」
「どこかで聞いたような話ですね」
エルは本を閉じ、疑念の目を向けた。
「いやいや、さすがにコッチの件にはノータッチっスから。不思議な事もあるもんだなーってハナシで」
「まあ、どっちでもいいですけど」
「んん? 興味わかない?」
「次にあの子と当たるんでしょう? それ次第ですかね」
「まー、ドライだこと」
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「この度の件、まことに申し訳なく……」
「ああ、そういうのはいいわ。スタッフには謝罪したのでしょう? であれば、私の方から言うことはないわ」
「しかし……」
「私の個人レッスンとアイドル業のプロデュース……それらへの対価は既にもらっているもの。あとはどうしようが貴女の勝手。でしょう?」
事務所ビルの地下室に、改装されて間もない練習場に、二人はいた。
叢雲と、叢雲の謝罪を一蹴した金髪の女――いや、女と呼ぶにはあまりに若い風貌である。
シャルロット・ハヴァンリヒ。アキラよりわずかに年上のはずであるが、まるで十代前半の様に見える。
シャルロットの言う対価とは、地下情報ネットワーク《NINJA》へのアクセス権である。それを知る者にとっては喉から手が出るほどの代物であるが、影の一族たる東雲を嫌う叢雲からすれば、無用の長物であった。
「それとも、貴重なレッスンタイムを無駄話で削るつもり? 私は別にそれでもいいのだけれど」
「いえ……」
気持ちを切り替え、叢雲が練習ステージに上がる。
「お願いします、
「よろしい。それでは、今日のレッスンを始めましょう」
小さな達人が、怪しく微笑んだ。
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「見ての通り、第一ステージはこれで終わり」
「一瞬だな」
「正直、相手が弱すぎるな。これじゃ何もわからん」
アキラとファウの作戦会議は、早くも暗礁に乗り上げていた。
ファウ同様、新人である叢雲に関する情報がほとんど無いのである。
「あんたが聞いた、東雲流だかの話が本当だとすると、いろんな武術を取り入れた古武術系だって事になるけど……」
「バクゼンとしているな」
「まーね。それを抜きにしても、ウワサ通りあの人が噛んでるとなると、かなり厄介なことになる」
「相手のトレーナー……。どんなアイドルだったんだ?」
「アイドル……か」
アキラは少し黙り込んだ後、重い口を開いた。
「あの人は、あんまりアイドルに興味がなさそうだったな。まあ、他に目的があったみたいだから、アイドルはあくまで通過点って感じで。でも……」
「でも?」
「とにかく強かった。どんな時でも自分の都合を優先させてたから、大きなタイトルなんかとは縁が無かったけど……。間違いなく黄金時代で最強のアイドルだった。認めたくなかったけど、認めるしかなかった。ああいう強さもある」
「……コーチよりも、強かったのか?」
「現役時代、あたしは一度もあの人に勝ったことがない」
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