第4話「アイドルは恥ずかしい」(2)

        5


 アイドルリーグ、初戦結果発表。



 ○エンパイア・プロダクション 逢坂万里(EXIA)


 ●ブルーミーズ 東海林りん


 (FH:電光地獄風車)

 (FS:さきがけ


―――――――――――――


 ○エンパイア・プロダクション 生駒サリエ(EXIA)


 ●日輪CAクリエイティヴエージェンシー 酒田ののみ


 (FH:鉄山靠てつざんこうかさね

 (FS:Vivid Dollは眠らない)


―――――――――――――


 ○エンパイア・プロダクション 草薙さなぎ(EXIA)


 ●グリモア芸能 佐々木ミサキ


 (FH:ブラッディ・ローズ・ホールド)

 (FS:爪先にキスして)


―――――――――――――


 ●エンパイア・プロダクション 江藤ミミ(EXIA)


 ○私立ベルセルク女学院スクールアイドル部 戸坂詩音とさかしおん


 (FH:片手槍一本突き《毒林檎》)

 (FS:プリンセスには早すぎる)




「……え、本物の部活? そういうグループ名じゃなくて? アマチュアってこと?」

「どうも、そうらしいな……」


 サリエとさなぎが声を潜める。

 万里は複雑な表情で、声をかけてやるべきかどうか、しどろもどろになっていた。


「……」


 ミミは部屋の片隅で膝を抱え、ただ天を見上げていた。



        6


「はいオッケーでーす。次、こんな感じのポーズいいですかー?」

「こうですか」

「オッケーでーす。目線はこっちで……はい撮りまーす」


 カメラマンが淡々とシャッターを切っていく。別にやる気がないわけではない。これが彼のいつものスタイルなのだ。

 撮影されている水着の少女――ファウも何だかんだでフィーリングが合うようで、要求に応え、次々とポーズを取っていく。


 浦和南海岸はアイドル御用達の撮影スポットである。今日もいくつかの団体がグラビアや写真集、PVなどの撮影を行っていた。


「うわエッッッッッッロ。てか、え? ええ? いいんですかコレ、あかん奴じゃないんですか? だってこう、年齢的には健全な児童保護のアレなのに、肉はこう、アダルティックなボリュームでしょ? しかしすっげえ着痩せしてんだな……。はぁぁ……」

「ちょっとお客さーん。ウチのアイドルを性的な目で見ないでもらえますかー?」


 真剣な眼差しで欲望を垂れ流しているのは、柩山ギリコである。


「いや、違うんですよアキラさん。アイドルの鍛え上げられた筋肉、引き締まったボディ、そこに我々は神が作り給うた究極の美を見出しているだけで」

「さっき思いっきりエロっつってたろ」


 アキラが呆れ顔で返す。


「つかキミ、どこでこういうの嗅ぎつけてくるの。ホント怖いわ」

「いやいやいや、偶然偶然。あたしらも撮影ですってば。リーグも始まったし、これを機にガンガンPRしていかないと」

「そーいや、初戦勝ったんだってね。おめでとう」

「あざーっす! こないだは負けたけど、リーグで当たったらきっちりリベンジしますんで、ヨロシク!」

「そーね。互いにベストを尽くしましょうね」


 淡々と適当にあしらう。と――


「無理ですぅぅぅぅぅぅぅ!!!」


 二人の前を、アイドルらしきポニーテールの少女が全力で駆け抜けていった。


 二人は驚いて目で追おうとしたが、少女はあっという間に地平の彼方へと消えてしまう。


「……何だ……?」


 呆気にとられていると、事務所の人間らしい、スーツの男が息を切らしながら走ってくる。


「待って下さい、東雲さん、東雲さーん」


 どうやらさっきの少女を追っているようだが、体力の限界か、へばって立ち止まってしまった。


 何事かと、アキラが声をかける。


「あの、何かトラブルですか?」

「あ、いえ、トラブルというわけでもないのですが……」


 男は事情を話し始めた。悲鳴を上げて走り去るアイドルの様子を見られてしまった以上、誤解されてもまずいと思ったのであろう。


「実は、撮影で着る水着のことで、少々行き違いがあった様で……」

「まさか、相当きわどい水着を……?」


 ギリコが口をはさむと、男は慌ててかぶりを振った。


「とんでもない! 普通のワンピース型です。当人がかなりの恥ずかしがり屋なもので、かなり気を遣ったつもりだったんですが……」


 アキラは、ちらりとファウの方を見やった。そう言われてしまうと、ファウが着ているビキニの方がまだ際どいのだろう。


 男は軽く一礼すると、走り去った少女を追っていった。


「なんかワケありっぽいし、一応あたしも探しに行ってきますわ」


 ギリコも後を追う。アキラは一瞬不安になるも、ここは人としての良識を信じることにした。


「何かあったのか?」


 撮影が終わったらしく、ファウが戻ってきた。


「別に。あんたはもう少し恥じらいを持てってハナシ」

「よくわからないが……撮影も終わったし、泳いできてもいいか?」

「ああ、いいよ。疲れを残さない程度にね」

「了解」


 そう言うとファウは、着ていた水着の紐を解き、脱ぎ捨て――全裸で、砂浜を駆け出した。


 アキラはぎょっとして呼び止める。


「ちょっと待て! 何で脱いだ!?」

「?」


 ファウが不思議そうに返す。


「水に浸かったら、濡れてしまうだろう?」

「水着は! そのまま水に入ってもいいの!」

「そうなのか?」


 きょとんとして、砂浜に全裸で立ち尽くすアイドルが一人。

 まわりの撮影隊も、にわかにざわめき出した。


「恥じらいーっ!!」


 顔を真っ赤にしながら、アキラは天に吠えた。



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「やってしまった……」


 岩場の洞穴まで逃げ込んで隠れていた少女が、頭を抱えている。


「現場から逃げ出すなど、これはもう見限られても詮無き所業……。ああ、いやしかし、だからとて! あの様な姿を人前に晒す事など……」

「あの様なって、どんなだ?」

「うひゃあ!!」


 葛藤の中、突然の声に驚いて飛び退く。


 声の方を見れば、海中から翠の髪の少女が頭を出している。


「な、ななな、何奴!? 刺客か!?」

「刺客? 違う。私はファウ・リィ・リンクス。ご覧の通り、アイドルだ」

「アイドル……?」


 ファウに敵意が無いと理解し、少女は落ち着きを取り戻した。


「……私は東雲叢雲しののめむらくも。私もアイドルだ」

「シノノ……。それが名前か? 難しいな」

「本名だ」

「本名なら仕方ない」


 ファウの語り口に調子を崩されながら、叢雲は事の経緯を語っていった。


「なるほど……。フリフリとか、キラキラとか、ピチピチとか、そういうのが嫌なのか」

「いかにも。そんなものを着た自分を想像しただけで肌が粟立つ。今日とて、水辺の装束という話だったのに、まさかあの様な破廉恥な格好を……」


 隣に座っている少女の破廉恥な格好に気づき、叢雲はバツが悪そうに目をそらした。そもそも、一体どんな水着を想像していたのであろうか。


 叢雲の話を聞いて、ファウは何となく、ミサに見せてもらったアキラの現役時代を思い出していた。

 あれが「恥ずかしい」というものなのだろうか? ファウにはよくわからなかった。


「しかし、アイドルとはそういうものではないのか? なんでアイドルになったんだ?」

「私は、アイドルになりたかったわけではない!」

「?」

「私は……」


 叢雲はとつとつと語りだした。


「私は、祖父から受け継いだ東雲流が、最強だと証明したかっただけなのだ……」



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