第4話「アイドルは恥ずかしい」(1)

        1


 最低限の検査とテストの結果、アイドルリーグの参加者は126名となった。

 もちろんこれで総当たりのリーグ戦を行うのは無理があるため、勝率の近い者同士を組合せていく形となる。

 そうして一人あたり年間20戦を行い、上位12名で決戦トーナメントを行う。そこで優勝した者が、新たな神アイドルの称号を得るのである。



「何でじゃ! 何でワシがあのガキとれんのじゃ!」


 EXIAの逢坂万里がわめき散らす。


 あのニューカマーカップからこっち、万里はファウとのステージをセッティングするよう、事務所に何度も要望を出していた。

 しかし、その要求は当然のごとく却下される。


「そりゃ常識で考えたらさあ。せっかくリーグを盛り上げてくれてんのに、わざわざ本腰入れて潰しに行ってもしょうがないよねえ」


 サリエの嘲笑に、万里はムキになって反論する。


「じゃから! リーグが始まっちまえば問題ないじゃろうが!」

「そこは上のサジ加減でしょ~。まだ実力とかも全然未知数だし?」

「私達の敵になり得るアイドルが、どれほど出てくるかもわからないしね。エサを与えて肥え太らせるのも一興って事さ」


 さなぎが補足する。と同時に、さりげなくミミをディスり、睨みつけられる。

 万里とは対照的に、他のメンバーの反応は薄いものであった。


「ナメられとるんじゃぞ! ワシらは!」

「だーからさー。それこそ本当に口だけだったら、ボクらが何もしなくったって、本人が恥かくだけじゃん?」

「そうそう。ほら、始まっちゃうよ。その子のステージ」

「ぐぬぬ……」



        2


 四月の第1土曜日。アイドルリーグ開幕初日。

 世間の注目を集めていたファウは、この記念すべき日の最初のステージを飾ることとなった。


 相手は虎鋏とらばさみるるか。老舗の事務所である《ワイバーン・プロモーション》に所属するベテランアイドルである。


 決して簡単な相手ではなかったが、事前のステージ研究と能力対策により、ほぼ想定通りのステージメイキングでファウは勝利を収めた。



「あ、おつかれー」

「ん、ありがとう」


 アイドルの聖地のひとつ、新日本武道館。

 その関係者観覧席にて、ファウとアキラは応援に来ていたミサと合流した。


「ファウちゃんのステージ、初めて生で見たけどさ。すっごい良かったよ。めっちゃ殴られてたけど、大丈夫?」

「ん、全部微妙に外したからな。検査でも異状なしだ」

「まあ、それでも今日はもう、ゆっくり休ませてやりたい所なんだが……」


 アキラがファウをこの席まで連れてきたのには、明確な目的があった。


「ま、この後何組かはあくまで参考だな。今は普通に楽しめばいいさ」


 アイドルリーグを戦い抜くにあたり、アキラはどうしてもファウに見せておきたかった。


 そう、本命は今日のファイナル――氷室エルのステージである。



        3


「そもそも、人の身でありながら神を名乗ることがおこがましいのです。我らが偉大なる唯一のしゅは、常に我らと共にあります」


 地下アイドル、大京橋リュウカがステージに舞い降りる。


 リュウカは地下アンダーグラウンドにてカルト的人気を誇る、実力派アイドルである。

 その熱狂的なファンの統率と行動力には目をみはるものがあり、一説には、実際に《仏教》と呼ばれる新興カルトを取り仕切っている、ともいわれている。

 また氷室エルに対する敵愾心を露わにしており、リーグ参戦発表と同時に挑戦的なメッセージを発信し続けていた。


 そんな彼女であれば話題性も十分、ということで組まれた対戦である。


「本日この時! このわたくしの手によって! 貴女をその偽りの玉座から引きずり下ろし、主の御許みもとへ還してあげましょう!!」


 リュウカの挑戦的なマイクパフォーマンス。それにエルも応える。


「どうも、神です」


 真顔の神ジョークに、リュウカの顔が引きつった。


「あなたが何者であろうと構いません。楽しいステージを期待します。以上」

「氷室エルゥゥゥゥ!!!」


 そして、幕が上がった。


「マジェスティックオーロラコーデ」

「ホーリークロスコーデ!!!」


 輝きとともに、二人をドレスが包んでいく。



 ――、それは起こった。


 パンッ。


 エルがのけぞり、背中から倒れる。


 ――銃声だ。


 信じがたい状況の中、リュウカが高笑いを上げる。


「ご心配なく、本物の拳銃ではありませんわ。わたくしのアイドルエフェクト、《ソウルリボルバー》です」


 まだイントロも流れていない。装着すら済んでいない。

 薄笑いを浮かべながら、何の悪びれもなくリュウカが続ける。


「いえね。『よーいドン』が必要かと思いまして。ほら、地上の皆様って、そういう所でお行儀が良いそうですから?」


 アイドルエフェクトである限り、それが本物の武器ほどの殺傷力を持つことはない。アイドルのステージは殺し合いではないのだから。

 しかし、限りなく強い想いを込めて形成されたアイドルエフェクトは、かなり強い衝撃を相手に与えうる。あくまで、ステージが許す限りではあるが……。


「いろいろ仰りたいことはあるかもしれませんが、これはステージでのこと。ほら、現にステージは続いているでしょう? ステージがわたくしを認めているのです」


 怒号と歓声が入り交じる中、リュウカの弁は続く。しかし――


「そうですね、ステージは続いている」

「!?」


 そのはっきりとした言葉に、勝ちを確信していたリュウカは動揺する。


「今のは……よっと。なかなか、期待通りでした。面白かったですよ」


 エルが事も無げに立ち上がった。撃たれたはずの顔も、特に何ともなっていない。


「で……。次は何を見せてくれるんですか?」


 中断していたドレスの装着が完了する。

 そして、エルの冷たい眼が光った。


「クッ……死に損ないがっ!!」


 リュウカが銃を連射する。弾速400m毎秒。エルに向かって狂気の弾丸が飛んで行く。


 だがそれらは全て、エルの手前で何かに当たり、あさっての方向へと消えていった。


 リュウカが震えだす。焦りだけによるものではない。

 辺りを、エルの歌と共にオーラの冷気が包みこむ。


 リュウカは――いや、この場の誰もがそれを知っていた。氷室エルのアイドルエフェクトだ。


「《アイスエイジ》」


 激しい冷気を纏いながら、エルが無造作に歩を進める。


「そんな……、そんなものでっ!!」


 リュウカは左手にもう一丁の拳銃を具現化すると、二丁とも狙いも付けずに乱射した。


 その尽くが、《アイスエイジ》によって形成された氷の結晶に弾かれる。


「わたくしの弾が! たかだか氷ごときに!!」


 もちろん、リュウカは相手の能力を想定していなかったわけではない。しかし、今までこの銃で貫けないアイドルエフェクトなど存在しなかった。圧倒的自信があったのだ。


「ねえ、知ってる?」

「!?」

「氷の上に弾丸を撃ち込むと、表面でクルクル回転し続けるんですって」

「は……?」

「面白そうじゃない? 実験してみましょうか」


 エルは既に、手の届く位置まで歩み寄っていた。


「ふざけるなァァァァ!!」


 リュウカは零距離戦闘術ゼロレンジコンバットへと移行する。


 ――しかし、全てが遅すぎた。


「冗談よ」


 氷の微笑が剥がれ落ちる。


 たった一発の、目にも留まらぬボディブロー。リュウカの体が宙に浮く。

 

 そして――


「……氷柱花」


 リュウカと周囲の空間が一瞬にして凍りつき、ただのオブジェと化した。


「ナ……ナムアミダ……ブ……」

 

 リュウカが、もはや声にもならない断末魔を上げる。

 その表情は、芸術的なほど絶望に彩られていた。



 ○エンパイア・プロダクション 氷室エル


 ●刻霊會 大京橋リュウカ


 (FH:氷柱花)

 (FS:Nobody knows now)



        4


「ま、実に予想通りの展開だったな。かませ乙」

「めっちゃウケる」

「フン……エルさんの相手をしようなんざ、百万年早いんじゃ」


 EXIAのそれぞれが敗者をディスりながら、しかし心境は複雑であった。


「ま……でも、これでわかったんじゃないの?」

「あ、何がじゃ?」


 ミミが、キャンディを噛み砕く。


「他の奴らなんて、所詮あの程度。姫を倒せるのは、やっぱあたしらだけってコト」


 全員の目つきが変わる。


 そう、このアイドルリーグは、そういう場でもあるのだ。


「……邪魔するやつは誰だろうと、砂糖の海に沈めてやる」


 チャンスは平等に与えられる。誰にでも――。

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