第3話「あぶないアイドル」(4)
ファウは何とか巣から逃れようとするが、糸の粘着力が強すぎて全く剥がれない。
この戦法は、ファウもアキラも知らなかった。ギリコの言葉通り、いざという時の奥の手なのだろう。
もちろん、あからさまに糸が残っているのが見えていたら、ファウとて警戒はしていたはずだ。
しかしギリコは、糸を維持するオーラを限界まで弱めることによって、気づかれにくい状態にしていたのだ。
「言っとくが、靴の中まで浸透させてるから、脱ごうとしても無駄だぜ。嘘だと思ったらやってみな」
ファウは言われるまでもなく試していたが、やはり徒労に終わった。
そうこうしている内に、ギリコは新たな糸でファウを拘束し直す。そうした後、ゆっくりと近付き後ろを取った。
「さすがにコッチもそろそろ限界なんでな……最後は優しく決めさせてもらうぜ」
そう告げると、ファウの首に腕を絡める。スリーパー・ホールドの体勢だ。
「ヤバい!!」
アキラが叫ぶ。
ファウの両腕は、胸の前でクロスした状態で縛り上げられている。足も相変わらず地面から離れない。
これでは、一度決まったらまず抜ける
「じゃあな。楽しかったぜ」
暴れるファウを押さえつけ、ギリコは首を締め上げた。
「うぁっ……」
最後の抵抗か、ファウのオーラが両腕に集中していくのが感じられる。だが、その程度では糸を外す事など出来ないのは実証済みだ。まして、万が一それが出来たとして、このスリーパーからは――
バシュッ。
「あ……っ!?」
ギリコは――いや、他の観客たちにも、一瞬何が起きたのかわからなかった。
ファウの背中から、何かが弾けたような衝撃が襲ってきたのだ。
間近で目撃し、アイドルをよく知るアキラだけが、瞬時にその現象を理解した。
「
それはアイドルエフェクトですらない。基本技術の応用だった。
体内でオーラの流れを制御し、腕から胴体を通し、背中へ。拘束の隙間から炸裂させる。アイドルであれば、確かに訓練すれば習得可能な技術であろう。
しかしファウは、そんな練習などしていない。当然だ。糸に捕まった状態で、相手が身体を密接させてくる状況など限定的すぎる。わざわざそんな想定はしない。もっと他にやるべきことが山ほどある。
ぶっつけ本番、意識を失いかけた状態での、苦肉の策である。だがこんな土壇場で、尋常ではない集中力を要する制御を実行できるアイドルが、いったいどれほどいるであろうか?
アキラは身震いした。やはり、本物だ。
警戒を解いていたボディに思いもよらぬ強い衝撃を受け、ギリコはたじろいだ。同時に、ファウの自由を奪っていた糸も消滅する。
(まだだ! もっかい糸を……)
考えたその時には、既に自分の方を向いたファウの腕が、首に絡まっていた。
「――私も、楽しかった」
ファウが耳元で囁く。
「あ――」
これまで蓄積したダメージに加え、先程の寸勁でボロボロになっていたボディを、無数のヒザ蹴りが無慈悲に刺し貫く。
歓声とファウの独唱が渦巻く中、ギリコは夢の世界へと旅立っていった。
○レッドフロント ファウ・リィ・リンクス
●Heart Under Grave 柩山ギリコ
(FH:ヒザ蹴り(首相撲))
(FS:Morpho)
8
――ステージが終わって数秒後、ギリコは夢の世界から帰還した。
「お、もう起きた。頑丈だな」
ファウが見下ろす。ギリコも状況を飲み込めたようだ。
「負けたぜ。完敗だ。強いなお前」
「ありがとう。だが――」
手を差し伸べながら、ファウが疑問を口にする。
「最初の方の攻撃、あまり防ごうとしてなかったな。投げを狙っていたにしても、もう少し上手く出来たはずなのに」
「その事か……」
ギリコがファウの手を掴む。
「安心しな。別にお前がメインのステージだから気を遣ったとか、そういうんじゃねーから」
「それでは、何故?」
「ふっ……」
ギリコは立ち上がり、堂々と言った。
「アイドルの攻撃は、避けちゃいけねーのさ」
「初耳だな。地下ではそんなルールがあるのか?」
「ははっ。ルールじゃねえよ。ポリシーだ!」
ギリコの後輩たちはやれやれといった態度であったが、ファウはその答えに満足したようだった。
「そうか。ポリシーなら仕方ないな」
9
「見に来てくれた皆さん。今日はありがとうございます」
ステージを無事に終え、ファウが挨拶をする。
「まだデビューしたばかりの新人だが、これから躍進していくので、応援してほしい、です」
まだ敬語の使い方は怪しいが、アキラは今回、敢えて台本を作らずアドリブで言わせることにした。
前のインタビューの件もあるし、その方が気持ちが伝わるだろうという判断だ。
「――さて、知っている方もいるだろうが、私はアイドルリーグに参戦す……します」
「前に大口を叩いたので、期待してくれている方もいましょう」
「最高のトレーナー、最高のスタッフに恵まれ、コンディションは万全しま……です?」
(嬉しいこと言ってくれるなあ……)
思った以上にちゃんとした挨拶に、やはり狙いは間違っていなかったとアキラは安堵した。
「もちろん、簡単に勝てるものとは思っていませ……ん」
(うんうん)
「ただ、やるからには出来るだけ上を目指して、期待に応えられるよう、頑張ります」
(そうそう)
「とりあえず、氷室エルを倒します。EXIAを倒します」
(ん……?)
「あとは、えーと、エンプロを倒して、他の事務所を倒して、地下アイドルを倒して」
(んん~……?)
「リーグ戦で勝率9割以上取り、決戦トーナメントに進んで、そこで全部勝てば優勝できる。できます。そういう計画です。優勝します」
会場は一瞬静まり返った後、熱狂の渦に包まれた。
おそらくすぐに速報が飛び、今日中にはイベントレポートがまとめられ、拡散されることであろう。
(お前何やらかしてくれてんだフォローするこっちの身にもなれやしかしよく言ったぁぁぁ!!!)
(うあああああ、やっぱ最高だ結婚してくれええええええええええええ)
アキラとギリコが、それぞれの想いを胸に、大体同じような表情を浮かべて声にならない叫びを上げた。
こうして、はじめてのリリイベは幕を閉じた。
そして、すぐに次の舞台の幕が上がる――
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