第3話「あぶないアイドル」(3)
6
「てなわけで、あたしが柩山ギリコだ! よろしく!」
お渡し会も終わり、ステージ前の顔合わせが始まった。
「よろしく。しかし、ファンではなかったのか」
「フッ、勘違いしてもらっちゃ困るぜ」
ギリコが格好をつけて言う。
「ガチのファンなので! 冷やかしとかでは決してなく! そこは安心してもらいたい!」
「ガチか。なら問題ない」
「いや、あるでしょ」
納得するファウをよそに、ギリコサイドはいまだに揉めていた。
「なんですか、ステージの準備に集中したいって、やることがまたアレですか? お話がしたいんだったらフツーに言えばいいじゃないですか!」
「ばっきゃろー、ああいうのはキチッとした線引きが必要だろうが。職権乱用にならねーよう、ファンとして接する時はきちんと一ファンとしてだな……」
「ギリコさん、なんでアイドルになったんでしたっけ?」
「アイドルとお近付きになりたかったから」
「そ・れ・が! 既に不純だと……!」
「好きなモンは好きなんだからしょうがねーだろォァー!?」
「コーチ。アイドルとは、複雑なんだな」
「まあ、アイドルにもいろいろいるから……」
熱い叫びが飛び交うその光景を、アキラは遠い目で見ていた。
7
『お知らせ致します。3時より、一階、イベントスペースにて、無料アイドルステージを開演致します。出演は、ファウ・リィ・リンクス、柩山ギリコ。皆様、ご用とお急ぎでない方は、是非足をお運び下さいますよう、お願い致します』
「さーて、それじゃあ始めるとすっかね」
「ああ」
ステージに上ったギリコは、完全にアイドルへとモードを切り替えた。
「ちなみに、あたしの格闘スタイルはレスリング。アイドルエフェクトは、粘着性のある糸を射出する」
「調べたから知っている。しかし、なぜ急に?」
「あー。いや、知らなかったらフェアじゃねえかと思ってな。失礼」
「そうか」
開幕のアナウンスが流れ、二人はカードを構える。
「私の格闘スタイルは、特に無い。前に打撃系と書かれたが、実際は何でもやる」
「ほぅ?」
「アイドルエフェクトは……まだ無い!」
「やっぱいいねえ、お前!!」
ギリコが歯をむき出しにして笑った。
「セラフィックブレイザーコーデ!」
「ライトニングデスメタルコーデ!!」
ファウの衣装は、アイドル活動の本格スタートに際し新調されたものだ。白と緑の流線的なデザインに、散りばめられた小さな星がアクセントを加えている。
ギリコの衣装は対照的に、黒を基調とした、鎖と稲妻をモチーフにした刺々しい印象だ。
幕が上がり、まずは重低音の効いたイントロが流れる。ギリコの剥き出しの闘志に、ステージが反応したのであろうか。
「行くぜ! こいつがあたしのアイドルエフェクト……《ブラック・ウィドウ》だ!!」
大きく振りかぶると、ギリコは両手の指先から無数の糸を投網のように放出した。
「いきなり
セコンドに付いたアキラが手に汗を握る。
(まあ、あたしもよくやったけど!!)
アイドルのステージでは、初手の大技も「ナシ」ではない。まず当たることはないし、オーラの消費も少なくはないのだが……その後の歌の主導権を握りやすい、というメリットがある。
歌は、アイドルの攻防の結果生まれる……確かに副産物ではある。が、逆にその歌の流れを意識して闘うことが、戦いの流れを自分の方へと引き寄せることにもなる。それを、アイドルたちは経験により理解していた。
アイドルのステージには、そういった「理屈にならない理屈」が無数に存在するのだ。
「遅い」
ファウは余裕をもって回避する。
糸は次々と放たれるが、高速で動き回るファウには当たらない。糸の攻撃は範囲こそ広いものの、距離さえ取っていれば軽く見切れるスピードであった。
ファウは攻撃の軌道や範囲を確認すると、横の動きを駆使しつつ近づいていく。
「思い切りはいいな。けどっ!!」
ギリコは糸の放出をやめ、キャッチの体勢に移行する。
(来るぞ。ファウ……)
アキラは息を呑んで見守る。
最初のステージで見せた様に、ファウは打撃のダメージコントロールが抜群に上手い。しかし、相手に組み付かれればそうもいかない。
自分より体格で優る相手が捕まえに来た時、どう対処するか。それは体重別階級制度のないアイドルをやっていく上での、一つの課題であった。
(闘技場時代なら、そういう時こそ八百長を指示されたんだろうけどな……)
ファウは得意のフェイントを織り交ぜ、ヒットアンドアウェイで攻撃を組み立てる。決して深追いはせず、捕まりそうになったら距離を取る。もちろん、糸への警戒も怠らない。
そしてギリコは一方的に殴られ蹴られながらも、一切ひるまない。積極的にキャッチを狙っていく。その顔には余裕さえ見られる。
事実、ギリコはクリーンヒットを何発も食らっているにもかかわらず、歌が表す戦況はほぼ互角であった。
(この余裕は……。まだ、何かあるのか?)
一瞬の、迷いとも呼べないほどのわずかなファウの思索。
その隙を、捕らえられた。
「!」
「つーかーまーえーたー!」
体重の軽いファウは一気に担ぎ上げられ、片手で首、もう一方の手で太腿を固定される。そのまま力を加えられ……。
「サンダーバックブリーカー!!」
背骨折りの圧力に、激痛が走る。
「かーらーのー!! ライトニング・ボム!!」
流れるように、ファウはステージに叩きつけられた。
「ファウ!!」
ファウは一瞬だけ意識が飛んだが、即座に跳ね起き、距離を取る。
しかし――。
「む……」
ギリコの両手から、再び糸が――先程までとは違い、よじられ頑丈そうな太い糸が伸びている。
その先端は、既にファウの両腕に貼り付けられていた。
「これでもう、ちょこまか動けねーだろ!」
もはや縄の様になっている蜘蛛の糸を巧みにたぐり、ギリコはファウのバランスを崩した。
そしてそのまま、両手を組んで上から振り下ろす。
「グッ……!」
前のめりになった所にダブルスレッジハンマーを食らい、ファウがステージに突っ伏す。
「両手を拘束されてちゃ、まともに受け身も取れねーだろ? そろそろ終わりにするかい?」
「……心配はいらない。こういうのも……慣れている」
ギリコの降伏勧告を、突っ伏したままのファウがはねつける。
「やれやれ……あんま強がってると、もっと痛い目見るぜ!」
ギリコが片方の糸を掴んで引っ張り、ファウを無理矢理立ち上がらせる。
と、その勢いに乗じ、ファウは一直線に突っ込んでいった。
ギリコが糸を使って体勢を崩そうと試みるも、ファウは流れに逆らわず、時に身体を回転させ、巧みに力をいなしていく。
「何ィ!?」
突進力、回転力をそのままに、ファウは地面に両手をつき、倒立した状態で二発、三発と蹴りを入れる。
(やられた……!)
柩山ギリコの《ブラック・ウィドウ》は、糸を放出する際、その太さや本数を自在に変えることは出来るが、放出後の動きは基本的に手動となる。実際今出している糸は、ただのロープと大差ないのだ。
「つってもすぐに対応してくるか? おかしいだろ!」
困惑するギリコを見て、事情を知るアキラは思わずにやけた。
(まあ確かに、チェーンデスマッチを経験してる奴はそうそうおらんしな……)
これで状況は五分五分……いや、むしろ勢いはファウにある。
このまま一気に押し切ろうと、ファウは足を踏み出す。
「……!?」
違和感を覚えて、ファウは足を止める。
否。足がステージから離れないのだ。
「念のため仕掛けてたが、まさか使うハメになるとはな……」
息を切らしながら、ギリコが笑みを浮かべる。
「めったに見れねえ技だ。ありがたく思えよ」
ファウが足元をよく見ると、これまでに放出された蜘蛛の糸が、ステージいっぱいに消えずに残っている。
「蜘蛛の巣……か」
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