第2話「負けないアイドル」(4)

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「アキ姉!!」


 ふて寝していたところを妹に叩き起こされ、アキラは部屋から引っ張り出された。

 引きずられるように玄関まで来ると、そこには先刻別れたはずの少女の姿があった。


「……なに、忘れ物?」


 この期に及んでとぼけたことを言い、妹にスリッパで引っぱたかれる。

 頭をさすっていると――


「交換条件だ」


 唐突に発せられた言葉に、アキラは虚を突かれた。


「え、なに……」

「私はアイドルになるために来た」


 ファウは言葉を紡いでいく。


「闘技場では、勝ったり負けたりしていた。勝てる試合でも、負けなければいけない時があった。仕事だったから、そうしていた。でも、仕事でも、負けるのは嫌だった」


「アイドルには、台本は無いのかと聞いた。無いと言われた。自分で決めろと」


「ずっと勝ってもかまわないと言われた。嬉しかった。昨日、初めて自分で決めた試合をした。いつもどおりの、『勝つ試合』をした。楽しかった」


「……私は、アイドルがやりたい」


 相変わらず感情は見えにくいが、しかし、その想いはハッキリと伝わる言葉であった。


「だから、交換条件だ」

「交換条件……って」


 二人の目が合う。


「私はアイドルを知りたい。誰よりもアイドルを知っている人に、アイドルを教えてほしい。その代わり……」


 ファウは一息置いて、はっきりと言い放った。


「私は負けない」

「それ、交換条件か!?」


 アキラはずっこけそうになるが、ファウの目は至って真剣である。


 咳払いして、アキラが返す。


「そうは言うけど……簡単に勝ち続けられるほど、アイドルは甘くないよ」

「わかっている。だから教えてほしい」


「アイドルって、楽しいことばかりでもないよ。辛いことだってある」

「楽しいことがあるなら十分だ」


「……あたしで、いいの……?」

「最高のトレーナーだと聞いた」


 気恥ずかしさのあまり、頭を掻いて目をそらす。


 しばらくの沈黙の後、アキラは呟いた。


「……条件がある」

「条件?」


 ファウの頭にポンと手を乗せると、同じ目線までしゃがみこんだ。


「あたしのことは、コーチと呼びな」


 アキラの後ろでは、ミサが噴き出しそうになるのを必死に堪えている。

 目にはうっすら涙が浮かんでいた。


「あとそれから、日本語ちゃんと勉強し直そうな。また何かありそうで怖い」

「了解だ、コーチ」



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 月曜日。


 アキラはいつも通り、職場のスポーツジムに出勤した。

 トレーナーを引き受けるにしても、いきなり「今日辞めます」「はいそうですか」とはいかない。筋は通さなくては。


 事務所の扉を開けたところで、アキラは何か騒ぎになっていることに気づいた。


「あ、染匠さん! 大変ですよもう!」

「え、なに? 何かあったの?」


 アキラに気づいた同僚のインストラクターが駆け寄ってくる。


「会長がなんかトラブってたらしくて、事務所のお金持って夜逃げしちゃったんですよ!」

「はあっ!?」

「高価な機材も休み中に運び出されちゃって……。それで、今月の給料も出ないかもしれないって……」

「……」


 アキラの顔が一気に青ざめる。

 想像したくないことを想像してしまう。


(いや、そんなまさか……)



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「いや、だからファウちゃんのことは本当に悪かったと思ってますって。いくらセンパイを焚き付けるためとはいえ、さすがにやり過ぎました。後ですぐ、本人にも謝りに行きます」


『お前な……。あたしが引き受けなかったら、本当どうするつもりだったんだよ!?』


「そりゃあ、きちんとウチでサポートするつもりでしたよ。決まってるじゃないッスか。炎上騒ぎだって、『演出の一環だろマジレス乙』って感じで消火工作するつもりでしたし」


『お前今夜あたしんトコ来て土下座しろ。百発ぶん殴る』


 本社高層ビルの役員室から、リアが街を見下ろしている。その顔には、全く反省の色が見られない。


『ところでお前、こっちは確証の無い話ではあるんだが――』


 電話の向こうのアキラが、今朝あったことを話し始める。


「――センパイ、いくらウチが繁盛してるからって、わざわざそんなヒマなこと出来ると思います? 常識で考えてくださいよ」


『まあ……さすがにそうだよな。偶然だよな。悪かった。それはそれとして千発ぶん殴るから今すぐ来い』


「はいはーい。それではー」


 かつての先輩の恫喝を全く意に介さず、電話を切る。

 そして一息つくと、仕事をやり遂げた風に満面の笑みを浮かべた。


「いやー、センパイが常識的な人で助かった!」


 そんな非人道的総合プロデューサーを一瞥すると、役員席に深々と腰掛けた少女――氷室エルが言った。


「とにかく、あの子はリーグに出てくるんですね?」

「あーもちろんもちろん。これで確定。諸々の工作は結構無駄になっちゃったけど」

「そうですか……」


 エルを茶化すように、リアが鼻息を荒らげる。


「フフーン、やっぱりファウちゃんの事、気に入っちゃったんスか~?」

「別に……」


 エルは興味なさげに答える。


「最初の計画通りですよ。あの子をエサに、いろんなアイドルが現れてくれる……。その中の一人でも、私の退屈を紛らわせてくれればいいんです」

「そうッスねえ。出てきてくれるといいねえ。……でも、そんなに退屈ッスか? トップアイドルは」

「退屈ですよ……死ぬほど」


 けだるそうに、冷たく言い放つ。リアは相変わらず、いやらしいニヤケ顔だ。


「ねえ、リアさん」

「はい~?」

「どうして、さっさとアイドル辞めちゃったんですか? もう少し残っていてくれたら、もしかしてこんなに退屈せずに済んだかもしれないのに」

「あー。それはね」



「大好きだったセンパイが、先にアイドル辞めちゃったからだよ」

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