第2話「負けないアイドル」(3)

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「ああ、いらっしゃい。久しぶりだね、アキラくん」

「ご無沙汰してます、社長。すみません、お休みの所を……」

「いやいや、いろいろ大変なことになってるみたいだね。……その子が、例の?」

「ファウ・リィ・リンクスです。こんにちは」

「はい、こんにちは」


 アキラはファウを連れて、池袋ベイエリアへと来ていた。目的地はここ、芸能の事務所である。


「僕もリアくんから、あまり詳しい話は聞いていないんだよ。預けたい子がいる。トレーナーはアキラくんにお願いしたい。最悪、名前だけでも借りたい、ってね」

「全く、あいつは……」

「まあ、エンプロに移籍した後も、いろいろ気を遣ってくれたしねえ。可能な限りは協力してあげようと思ったんだけど」


 お茶をすすりながら、初老の男性――白尾社長が苦笑いをする。


「だからって、今回のはやりすぎですよ」

「ま、そうだねえ……」


 ファウが事務所を見渡す。たくさんのトロフィーと、アキラやリアのアイドル時代の写真が飾られていた。


「社長、今ここって……」

「ウチで面倒見た子は、ケイくんで最後だよ。今は版権の管理とか……ステージのレンタルがメインかな」

「そう……ですか」

「まあ、アイドルステージが出来るところなんて限られてるからね。そっちの方は割と盛況で、いろんな子が利用しに来るんだよ。だからまあ、寂しくはないかな」


 アキラの曇り顔を察して、白尾社長は明るく振る舞う。


 しばらく話し込んだ後――


「それじゃあ社長。この子のこと、宜しくお願いします」

「そうか。やっぱり、トレーナーの話は……」

「……すみません。この子の境遇もわかるんですが……」


 アキラは暗い顔でうつむく。

 社長は少し唸って、諦め気味に言葉をかける。


「まあ、君が気に病むことではないよ。後は、僕の方でなんとかしてみる」

「すみません……お願いします」


 深々と頭を下げた後、ファウの方を見やる。


「そういうわけだから、悪いね」

「トレーナー。ダメなのか?」


 少女のあどけない瞳に、後ろ髪をひかれる。

 だが――。


「ちょっと、事情があってさ」


 アキラは悲しげに答える。

 その心情を察したのかどうか、特に表情を変えることもなく、ファウは一言だけ呟いた。


「事情があるなら、仕方ない」



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「それで、社長さんの所に置いてきちゃったの……?」


 不機嫌さを隠そうともせず、妹が言い放った。


「本気で……?」

「……しょうがないだろ。今の仕事もあるし」


 後ろめたさもあってか、アキラは目を合わせようとしない。


「……そうだよね。今の仕事があるからしょうがないよね」


 洗濯物を畳みながら、ミサは言葉とは裏腹の感情を投げつける。


「大舞台であんな事言わされて、リーグには出ざるを得なくて、リアさんは社長さんに投げっぱなしだし? 今更わざわざあの子のトレーナーを買って出るような奇特な人が出てくるかどうかなんてわかんないけど? アキ姉は仕事があるから仕方ないんだよね!」

「ミサ……」


 何も反論できない。する資格もなかった。


「ファウちゃん、アイドルのビザでこの国に来たんだよ。ここでアイドル出来なかったら、強制送還されちゃうんだよ……? 帰る場所なんて、もう無いのに……」

「それは……わかってる。けど……」

「まあ、そうだよね! もともと全部リアさんが悪いんだもんね! あの人にちゃんと責任を取ってもらえばいいよ!! それでこの話はおしまい!」

「……」


「……でもね……」


 ミサの頬を涙が伝う。


「アキ姉は、本当にそれでいいの……?」


 その涙が、ファウのためだけではないことはわかっていた。


 それでも――



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「私達、アキラさんにずっと憧れていたんです!」


「やります! 私達で、次の黄金時代を作ってみせます!」


「私、アイドルやっててよかった……。嬉しい……」


「次も絶対勝ちます! 見ててくださいね!」



 このバトンを、しっかり渡そうって。

 私達の未来を、ずっと輝かしいものにしていこうって。


 それはきっと夢物語なんかじゃないって。


 どうして、そう思えたのだろう。



「無理です……。もう、無理なんです」


「諦めちゃいけないって、まだやれるって、そう思って……。思いたいのに……!」


「何なんですか、あの子……。あれが、アイドルなんですか……?」


「怖い……。私、アイドルが怖い」


「辛いんです。ただ、勝てないのが……」



 ひとり、そして、またひとり。



「ごめんなさい、私……」

「本当に……それでいいの?」

「最初から分かってたんです。私はあの人達とは違うんだって。今回のステージで、やっと諦めがつきました」

「ケイ……」

「……でも……」


「もう少しだけ、夢を見ていたかったなあ……」


 ――そして、誰もいなくなった。


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「アキラくんはとても頑張ってくれたんだけどね」


「結局、黄金世代ほどのアイドルを排出することは出来なかった。それは、僕の力不足によるところが大きいんだけれど……」

「エンプロ、か」

「うちがもっと大きな事務所だったら、結果は違っていたのかもしれない。今更、何を言ってもしょうがないのだけれど……」


 白尾社長が遠くを見つめる。

 懐かしさと、寂しさを湛えた目だ。


「トレーナーとして実績を残せなかったから、引き受ける自信がない、ということか?」

「ははっ、そういうことではないんだよねえ……」


「ただ、辛かったんだろうね。夢破れた子たちが、ただ傷ついて去っていくのを見るのは……。僕も、同じ気持ちだった」


 ファウはしばらく考え込んだ末、立ち上がった。


「社長」

「何だい?」

「染匠アキラは、強いアイドルだったか?」


 ファウの力強い問いに、社長が返す。


「ああ」

「では、トレーナーとしては?」


 部屋に夕陽が差し込む。

 白尾社長は目を細めながら、穏やかに、しかしはっきりと答えた。


「最高のトレーナーだったよ」


 少女の心は決まった。


「わかった。それなら問題ない」

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