第2話「負けないアイドル」(1)

        1


 御鏡リアがプロのアイドルとしてデビューしたのは十一歳、まだ小学生の頃である。

 それから四年後、「学業に専念するため」と、突然の引退。


 長い沈黙の後、《神アイドル》氷室エルの専属トレーナーに抜擢され、アイドル界の表舞台へと舞い戻る。

 少し遡れば、養成所の講師として、エルの基礎育成に携わった時期もあったという。


 なんにしろ、アキラにとってはもう、関係のないことであった。



        2


 深い眠りから目を覚ます。


 頭がガンガン痛む。完全に二日酔いだ。

 時計を見れば、既に正午近い。が、休みの朝は大抵そうだ。


 まだもう少し眠っていたかったが、何やらリビングの方が騒がしい。


(そういえば……)


 昨晩の騒ぎが思い出される。


 突然の来訪者に事態が全く飲み込めず、かといって、おそらく事態の元凶にも連絡はつかない。とにかく夜も遅いため、詳しい話は翌朝に持ち越そう、という事になったのだ。


「さて、どうしたモンか……」


 寝間着のままトイレを済ませると、そのままリビングの扉を開けた。


「おーい、ミサー。とりあえず何かメシ――」


『あなたのハートにぃ……LOVEズッキューン!』


「を……」


 アキラはフリーズした。


 昨晩突然押しかけてきた少女――ファウが、テレビを食い入るように見ている。そこに映っているのは……。


「あ、やっと起きたんだ、アキ姉」


 昼食を作っていた妹、ミサがキッチンから顔を覗かせる。


「今日はファウちゃんの話を聞くって言ってたのに、いつも通りぜんっぜん起きないんだもん」

「いや、お前、そうじゃなくて、アレ!!」


 硬直の解けたアキラが、慌てふためきながら詰め寄る。


「ああ、ファウちゃんに見せてたの。アキ姉の現役時代」

「なんで!!」

「流れで」

「~~!!」


 うずくまって悶絶する。


 テレビ画面の中には、二十年以上前の自分がいる。

 ド新人時代。キャピキャピルンルン全開の、痛々しいくらいの可愛さアピールである。


「な~に今更恥ずかしがってんの。好きでやってたんでしょ?」

「あの頃は! アイドルってあーゆーもんだと思ってたんだよ!!」


 ファウが不思議そうな顔をして二人の方を向く。


「これは、アイドルではないのか?」

「アイドルだよ~」

「そりゃ確かにそうだけど! 違う!」

「?」


 グダグダな空気が部屋を包んでいく。


『みんな~、今日も応援ありがとう~♪ あたしもみんなのこと、だ~い好き♪』



        3


「日本に来る前って、どこにいたの?」


 昼食のチャーハンを頬張りながら、ミサが訪ねる。


「どこ、とは?」

「国だよ。アメリカ? ヨーロッパ? アジア領?」

「国……。よくわからない。村の名前なら、サガといった」

「佐賀エリア……なわけないか。リニアでどれくらいかかった?」

「リニアではない。船で来た」

「船……?」


 ミサが怪訝な顔をする。ファウが続けて言った。


「地球からこっちまで……三日ぐらいか。窮屈な旅だった」

「地球? どこそれ?」

「隣の青い星だ。昨晩も見えていただろう」

「星……???」


 混乱するミサとは対照的に、アキラの方は状況を理解できたようだった。


「宇宙定期便自体は、年に何本か出てるらしいな。ま、よっぽどの金持ちの道楽でもなきゃ、わざわざ行き来したりはしないけど」

「そうなのか」


 他人事のようにファウが言う。こちらもあまり、星間の事情などはよく分かっていないのかもしれない。


「あの星、こちらでは何というんだ?」

「ロスト」

「かっこいいな」

「そうか?」


 ファウがスープを啜り、感嘆する。濃厚すぎるほどのカニ風味だ。


「前は格闘技の試合やってたんだよね。何ていう格闘技?」

「何ていう、というか、闘技場だ」

「闘技場?」


 漫画やゲーム以外では、あまり聞かない単語に面食らう。


「そこのオーナーに雇われて、お抱えの?選手をやっていた」

「格闘技……なんだよね? どういう試合?」

「いろいろだ。殴り合い、蹴り合い……道具や、武器を使ったりもした」


(それでか……)


 昨晩のステージを思い出し、アキラは一人納得していた。妙に場馴れした感覚、ステージを盛り上げるための演出、数々のテクニック。で鍛えられたとなれば、説明がつく。


「ひとつ聞いていいか? 昨日、最初してたろ?」

「した。いつも通りやれと言われたので」


 なかなか強烈なやり取りに、ミサが軽くたじろぐ。


「アレ、アイドルのオーラの弾け飛び方まで演出してただろ? それに、フェイントにもオーラの移動を使ってた。どのくらい練習したんだ?」

「えっ!? そんなすごいことやってたの!?」


 ミサが驚く一方、ファウは事も無げに答えた。


「特に練習はしていない。アイドルの、オーラだったか? あれは、割と思い通りにできるとわかったので、やってみた」

「いやいやいやいや、ファウちゃん!? 私もそこそこは詳しいけど、それってそんな簡単なコトじゃないからね!?」

「そうなのか?」

「そうなの!」


 アキラは頭を抱えた。さすがにこれは、経験だけでは説明がつかない。


(天才か……?)



「てか、そもそも何でそんな所で闘ってたの?」


 ミサが話を切り替える。


「元々は森にいた」

「森?」

「森だ。そこでヴァジューカに育てられた」

「ヴァジュ……なに?」


 聞いたことのない言葉が飛び出した。


「こちらの言葉で……『賢い鳥』か。まあ、鳥だ」

「鳥!?」

「喋る鳥だ」

「喋るの!?」


 どんどん胡散臭い方向へ話が進んでいく。


 あの星――ロストについては、現在ではよくわからない所が多い。喋る鳥も、案外本当に存在しているのかもしれない。


「ヴァジューカには全てを教わった。言葉、知識、社会のこと。身体の使い方。狩りの仕方。雄と雌のこと。何が食べられて、食べられないか。とても大事なことだ」

「う……うん」

「日本語もそこで?」

「日本語は、オーナーの所で商売をしていた女に教えてもらった」

「そうなんだ」


「森が森でなくなり、ヴァジューカ達は奥の森へ移った。私はヒトだったから、そこで別れた。ヒトの住む所に来た」


 森林開発であろうか。アキラとミサは、神妙に耳を傾ける。


「私は子供だったが、ヒトとしては強かったので、闘う仕事を選んだ」

「えっと、ファウちゃん、今何歳?」

「十五歳だ」

「って、え? それじゃあ何歳から闘技場にいたの?」

「何歳だったか……。あそこには二、三年ほどいた」


「それから法律が変わって、オーナーが闘技場を畳むことになった。その頃だ。アイドルにならないかと言われた。ちょうどいいと思ったので、来た」


 経緯はだいたい理解したが、あまりに淡々と話す様に、いろいろ嫌な想像もしてしまった。

 そんな二人の思いとは裏腹に、ファウはまた、同じ調子で話を続けた。


「オーナーの所は水の商売もやっていた。私も本当はそれがやりたかったが、オーナーが許可しなかった」

「水……」

「あの村は迷信深かったからな。森から来た、こんな不吉な髪の女からは、誰も水を買いたくない、ということだったのだろう」

「そっか……。でも――」


「私はその髪、好きだよ。綺麗だし」


 重い空気をなんとかしようと発したミサの言葉ではあったが、そこに嘘はなかった。ファウはうつむき、もじもじし始める。


「……ヒトにそう言われたのは初めてだ。嬉しい」


 空気が柔らぐ。アキラからも、自然と笑みがこぼれる。


「ヴァジューカは言っていた。私のこの姿、このきずも、全て私が私である証明だと。誇りを持てと」

「ん、疵……? それって、闘技場でついたもんだと思ってたけど……」

「これは、森での狩りで出来たものだ」


 ファウが、静かに答える。


「ヒトにつけられた疵など、ひとつもない」


 二人は軽く震え上がった。

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