第1話「戦うアイドル」(4)
6
目を覚ますと、そこは控室であった。
傍らにはモコと潤、二人の友人がいた。二人とも、目には泣きはらした跡がある。
めぐるの意識が戻ったことに安堵しつつも、あまりの出来事に、何と声をかけてよいかわからない様子であった。
「二回戦は?」
その様子を察してか、めぐるの方から話を切り出す。
「えーと、全部終わったわ。決勝も……。これから、優勝者にインタビューを……」
「モコちゃん!」
モコはしまったと思いつつ、恐る恐るめぐるの顔を覗き込む。
そこに表情は無かった。
「テレビつけて」
「え、でも……」
「お願い」
「……うん」
言われるがまま潤が中継モニターをつけると、ちょうどインタビューが行われている最中であった。
「それでは、見事優勝を決めました、ファウ・リィ・リンクスさんにお話を伺います」
「こんばんは。ファウです」
「えー、まずはおめでとうございます。激戦の末、優勝をもぎとりましたね。今のお気持ちは?」
「勝てたので良かった。自分の仕事はできたと思う」
「ファウさんは養成所出身ではないとのことですが……」
「地元で格闘技の試合に出ていた。スカウトされて、アイドルになるためにここへ来た」
「なるほど、では勝負勘はそこで培われたと」
「それでは、初めてのアイドルステージは、いかがでしたか?」
「……」
一瞬間を置いた後に、ファウが答える。
「これがアイドルか?」
「え……?」
「アイドルは、これでいいのか?」
場が一瞬にして凍りついた。
構わずファウは続ける。
「私は、アイドルになるためにここへ来た。ここへ来れば、アイドルがわかると言われた。今夜の試合では、正直よくわからなかった」
「あ、あの……」
「教えてほしい。誰でもいい、私にアイドルを教えてくれ」
デビュー間もないアイドルの、突然の暴言。その場の誰もが、すぐには反応できずにいた。ネット上では、かねてよりの祭に、さらに燃料が投下された形となった。
EXIAの逢坂万里は、しばらく頭をフル回転させた後、やっとそれがアイドル界全体に対する挑戦、挑発だと理解した。
そこからはノータイムである。後先も考えず、即座に殴りかかろうとした。
その時――
「いいでしょう」
エンプロの頂点、《神アイドル》、氷室エルが前に進み出た。
さすがの万里も動きを止める。
「構いませんね、御鏡さん?」
何故か息を切らしている総合プロデューサー、御鏡リアが、笑顔でゴーサインを出す。
それを確認すると、エルはマイクを受け取り、その場にいる全員に向け語りだした。
「アイドル協会は、近々アイドルリーグを設立します」
会場全体がざわめき出す。
「一年をかけて行う、大規模な個人戦リーグです。参加資格は、協会員であるかどうかを問いません。プロ・アマも不問。つまり……」
「いわゆる、地下アイドルの参加も歓迎します」
「地下アイドルって……」
「マジか……」
ざわめきがいっそう大きくなる。
スタッフにとっても、この場での発表は寝耳に水であった。が、部門のトップが許可した以上、誰も止める者はない。
「業界全体の隆盛を願って……というのが協会の言い分ではありますが、それはそれとして、私自身の思いは別にあります」
と、ファウの方へ向き直す。
「要は、本当は誰が一番なのか、それを決めようという話です」
エルとファウ、互いの目が合った。
「アイドルを知りたいというのなら、そこへ来なさい。そして、私の所まで来ることが出来たなら……」
風が吹いた。そして――
「私が、アイドルを教えてあげましょう」
神と呼ばれたアイドルが、冷たく微笑んだ。
ドームの天井が開けた先に、満天の星空があった。
その中でも、青く輝く星が一際大きく映る。いつか、地球と呼ばれた星だ。
――かつて、アイドルが戦わない時代があった。
今、それを知る者は少ない。
新大歴百年。白い大地に戦慄が走る。
今は、アイドルが戦う時代――
7
最終電車に揺られ、アキラが家に帰り着く頃、時計の針は既に0時を回っていた。
帰りの距離を考えればもっと早く店を出るべきだったのだが、結局最後の最後、アイドルリーグ発表のくだりまで見入ってしまった。
(しっかし、あの子も災難だったな……)
初戦で敗退した、七月めぐるに思いを馳せる。華々しく飾るはずだった大舞台で負けただけにとどまらず、その後のあの騒ぎである。しばらく立ち直れないかもしれない。
エンプロのアイドルとはいえ、一人の少女が心に受けた衝撃を思うと、アキラには複雑な思いがあった。
「まあ、それとトレーナーを引き受けるかどうかってのは、また別の話だけどな……」
大発表でごまかしたとはいえ、大型新人のお披露目は盛大にコケたのだ。もしかしたら、あの依頼も立ち消えになるかもしれない。
そんな事を考えながら、マンションの扉を開ける。
「あ。アキ姉やーっと帰ってきたー。ホント何やってたの?」
二十近く年の離れた妹が、頬を膨らませて迎え入れた。
「なんだよミサ、まだ起きてたの? 先に寝てりゃ良かったのに」
「あたしだってそのつもりだったけどさー、あ、ちょっと!」
「わり。疲れたから、さっさと風呂入って寝るわ」
「だから、アキ姉ー!」
わめく妹を尻目に、アキラは脱衣所の扉を開けた。
「……え?」
「あ、」
風呂から上がったばかりで、雫を滴らせる小柄な少女が、そこにはいた。
翠の髪。青い瞳。褐色の肌。白い傷痕――。
意外と、胸はそこまで控えめでもなかった。
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