第1話「戦うアイドル」(3)

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「あーもう、まーた一方的じゃん。つっまんない」


 もう大会の観戦にも飽きたのか、VIP用観覧室にて、一人の少女が愚痴り始めた。


「てかさー、あたしら本当に来る必要あった? 最初に姫のオマケでちょこーっと挨拶しただけじゃん」


 テーブルの上には、持ち込んだお菓子の空箱やら袋やらが積み上がっている。


「最後にもまたコメントがあるよ。だからあまり食べすぎないほうがいい。お腹が出ていたらみっともないし」


 暴食をたしなめた長身の少女は、さりとてその光景をパシャパシャ撮影してはネットにアップし続けている。


「ちょっ……何勝手に撮ってんの!」

「スイーツは別腹だブー(笑)」

「おいこら!」


 投げつけられる空箱をひょいひょい避けながらも、さらに煽っていく。


「おー、いいぞー、やれやれー」


 ソファーに寝転がって携帯ゲームに興じている少女も、画面から目を離さず無責任に焚き付ける。


「おうおどれら! ええかげんにせえよ?」


 あまりの騒々しさに、赤髪の少女がたまらず怒鳴る。


「新人の観戦も、立派な仕事じゃろうが! ワシらが呼ばれとるっちゅう事は、そんだけこのイベントが……」

「言われなくてもちゃんと見てるってば。ただ、結果なんて最初っからわかりきってるんだしさー」

「まあ、一回戦は全部エンプロうちとそれ以外の組合せだからね。……あ、でも一つ、番狂わせがあったっけ」

「ププッ。瀬戸内養成所ってさー……。あれ、バンちゃんの後輩だよね。負けてんの、ウケる」

「うっさいわ!!」


《スウィーツランド》、江藤ミミ。

《プランテーション》、草薙さなぎ。

《ヴァーチャルガール》、生駒サリエ。

《パニッシャー》、逢坂万里ばんり


 アイドルユニット、EXIAエクシア。エンプロの誇る天使級アイドルたち。今、最も神に近いと呼ばれる四人である。

 そして――。


「ってゆーか? そーゆーお小言なら、まずそっちで寝てるお姫様に言ってやったら?」


 ミミが指差した先には、部屋の真ん中の特別席で悠々と寝息を立てている――言葉通りの、眠り姫の姿があった。


「アッホかおどれは! エルさんはえーんじゃ! ワシらとは比べモンにならん程多忙なんじゃぞ。今日もここに来る前に別の仕事が……」

「やめなよ、お暇な私達が虚しくなるだけだろう? ま、あんたがそれで納得してるんだったら、私は別にいいけど」

「つか、さっきからバンちゃんうるさーい。それこそ姫も起きちゃうんじゃないのー?」


 さなぎとサリエの横槍が入り、万里の憤りはますます強くなる。


「お、ど、れ、ら……」


 いよいよ、爆発するかと思われたその瞬間。


「!」


 眠り姫――氷室エルが飛び起きた。


 突然のことに呆気にとられ、EXIAの四人は一瞬で静まり返る。


 エルは誰に何を言うでもなく、おもむろに歩を進めると……観覧席のガラス張りの前に立ち、ステージを見下ろした。


「エル、さん……?」

「何を……」


 皆が一斉にステージへと目を向ける。

 そこでは――



        5


 一瞬、何が起きたのかわからなかった。

 朦朧とする意識の中、めぐるは現状の確認に努める。


 ――何故、自分の方が倒れているのか?


 力を振り絞って身体を起こす。次第に意識ははっきりしてきたが、ダメージが脚に来ている。立ち上がることが出来ない。


(ステージは……まだ、終わっていない? あの子は……)


 探すまでもなく、相手の少女――ファウは、真正面に悠然と立っていた。


 あれだけの連打を食らったというのに、その立ち姿には些かのブレも無い。アイドルのオーラも淀み無く流れている。まるで、何事も無かったかのように。


「ひとつ、ききたい」

「え……?」


「さっき、私のヒジがお前のアゴをワケだが……」


 少しずつ、思い出してきた。


 めぐるの横蹴りで吹っ飛んだファウであったが、すぐに立ち上がると、今度は異様に俊敏な動きで攻め立ててきた。虚を突かれためぐるは応戦しようとするも、ガードが間に合わず……。


(それで、脳を揺らされて……)


 事態を飲み込んだめぐるに対し、ファウが続ける。


「アイドルのルールでは、『アイドルは顔が命』と聞いた。だから顔を狙ってはいけないと」


「だが、レフェリーは止めに来ない。警告がない。どういうことだ?」

「それは……」


 逡巡の後、めぐるは答えた。


「顔はアイドルにとって、とても大事だから……まず、自分自身でそれを守らなきゃいけない。アイドルにとっては逆に、『守れなかった方がマヌケ』だって、そういう意味があって……」

「ふむ」

「もちろん、好感度が下がっちゃうから、普通は狙ってやったりしないし……。一部の地下アイドルなんかは、わざとやったりするってウワサもあるけど……」


 ただ、親切心で説明してあげているわけではない。まだ脚が動かないのだ。

 とにかく、時間を稼ぎたかった。


「そもそも、アイドルに審判はいないよ」

「そうなのか?」

「勝ち負けの判定とか、そういうのはこの場所……が決めるの。もちろん、危険だと判断したら運営とかセコンドが止められるって、ルールにはあるけど……」

「そうか……不思議なものだな」


 基本的なことを説明している内に、めぐるはますます困惑していった。


 こんな基本的なことを、何も知らずにここへ来たというのか?

 そして――


(そんな子に、追い詰められた……?)


 不慮の一撃とはいえ、現実として圧倒的に不利な状況に置かれてしまった。プロデビュー前とはいえ、アイドルとしての経験なら、確実に自分の方が優っているはずなのに。


 焦燥にかられながらも、今はただ、話を引き伸ばす以外の手が思いつかなかった。


「アイドルの練習……あんまりしてないの?」

「試合は初めてだ。ここに来る時、急いで動画をいくつか見た。あとは……大事なことを、いくつか教えられた」


 歌は拳。

 人気も実力の内。

 そして、アイドルは顔が命。


「……それだけ……?」


 めぐるは唖然とする。


「それだけだ。あとは……今夜は、いつもどおりやればいい、と」


 いつもどおり……その本当の意味を、めぐるは知る由もない。が、言い様のない不安――というより、先程から感じている妙な違和感。それがますます強くなる。


「ところで……」


 一度途切れた音が、再び鳴り始める。


「さっきからカウントもないが、もしかして、アイドルは……」


 めぐるは、息を呑んだ。


「ダウンした相手を、攻撃しても良かったりするのか?」


 もはや猶予はなかった。


 ここで「ダメだ」と言えば、もしかしたら騙せる可能性はあったかもしれない。

 だが、さすがにそこまで己の道を曲げることは、めぐるの信念が許さなかった。


「《サテライト・ラバー》!!」


 気合を入れて無理矢理立ち上がると同時に、めぐるは切り札を発動させた。


 収束したオーラが、球状の物体を形成していく。

 およそサッカーボール程度の大きさに形作られたそれは、めぐるの周りを円を描いて周回し始めた。次第に自転速度も公転速度も上がっていく。


「……アイドルエフェクト、か」


 ファウが静かに呟く。さすがにこれは知っていた口ぶりだ。


(一回戦では温存しろって、先生には言われてたけど……。形振り構っていられない!)


 めぐるは呼吸を整えると、自分の能力を活かすための、迎撃用の構えを取った。


 予想外の展開に、再び観客たちが盛り上がる。それに伴い、めぐるに流れ込むエネルギーも増大している。


「なるほど、人気も実力の内……」


 ファンの応援が多く、強いほど、アイドルが使える力は大きくなる。ステージの掟を肌で理解しつつ、動じる様子もなくファウは動いた。


「いつもどおりやれと言われたからな。いつもどおり、やる」


 疾い。光速のブローが、めぐるに襲いかかる。

 脚の感覚こそ戻ってきたが、反応が間に合わない。


「ンッ……」


 だがその拳は、高速回転する球体によって軌道をずらされた。


「鉄壁の機動衛星が……どんな打撃からも、あたしを護る!」


 その言葉通り、ファウの攻撃は尽く阻まれる。

 衝撃を正面から受けず、逸らすことに特化したその動きは、同時に相手のバランスを崩すものでもあった。


「これで決める!」


 めぐるは、全力を込めて拳をねじ込んだ。体勢を崩した所に、これはひとたまりもない。


 ――はずだった。


 オーラは派手にはじけ飛んでいた。ダメージは入っているはず。なのに――。


(手応えが……軽い!!)


 この時――集中のあまり、めぐるは気づいていなかった。

 二人のオーラが奏でる歌が、すでに拮抗……いや、ファウの方に傾きつつあるということに。


「こんなところか」


 仰け反ったファウの鋭い目に、めぐるは気圧される。


(やっぱり効いていない……)


(やられたフリ……。今までの、全部?)


(でも、なんでわざわざ……)


 ふと観客席を見上げ、めぐるはハッとする。


(……盛り上げる、ために……!?)


 その一瞬の隙が、決定打となった。


「がっ……」


 衛星の自動迎撃をすり抜けて、ファウのミドルキックがヒットした。


 この機動衛星は周回をしているため、どうしても防御に間隔が空いてしまう。

 通常ならばそれを餌に相手を引き込み、自身が迎撃する――つまり、相手の攻撃タイミングを操作する効果もあるわけだが……。


「これ以上は、やらせない!」


 衛星の制御に集中し、軌道と回転速度を操作する。追い詰められためぐるは、一旦防御を固める道を選んだ。

 だが、そんなめぐるの意図とは裏腹に、ファウの攻撃は次々と衛星をすり抜けてくる。


(動きが読めない……。それどころか……誘導されている!?)


 言うなればフェイント、ただの格闘技術である。

 だが、ファウがやっているそれは、腕、脚、指先、腰の動き、視線はもちろん、重心移動、さらにはオーラの流れさえ駆使している。

 一つのアクションに無数に織り込まれたそれは、めぐるが今まで体感したことのないものであった。


 何度目かのクリーンヒットを腹に食らい、めぐるの心身は共にボロボロになっていた。

 それでも、まだ諦める訳にはいかない。歯を食いしばり、顔を上げる。


 ――そこに、相手の姿はなかった。


「めぐる! 上!!」


 モコの声に気付いたか否か、めぐるは天井を見上げる。


 まばゆい照明の光の中から、高く跳び上がったファウが迫る。


 思いきり高く上げた右脚を、両手で抱えている。変則カカト落としの体勢だ。


「サテライトぉ!!」


 衛星で最後の迎撃に打って出る。ここで攻撃を逸らせれば、まだ逆転の目はある。


(間に合う! あとはタイミング……)


 衛星軌道の微調整は完璧だった。だが……。


 ファウはそこから、わずかに脚の軌道をずらした。



 誰もが息を呑み、ただ見ていることしかできなかった。


 めぐるの肩口に、ファウのカカト落としが突き刺さる。

 土壇場で、衛星の自転方向まで気を回す余裕はなかった。回転を攻撃の加速に利用されたのだ。


 その場に崩れ落ちるめぐる。


 残響とともに、ステージの光も消えていく。


 、終わりを告げたのだ。



 ●エンパイア・プロダクション 七月めぐる


 ○レッドフロント ファウ・リィ・リンクス


 (FHフィニッシュホールド:ジャンピングカカト落とし)

 (FSフィナーレソング:妖精は密かに嗤う)

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