第1話「戦うアイドル」(2)

        2


 ニューカマーカップ会場、ニューアキバ神宮ドーム。

 そのイーストサイドの控室に、一回戦最後のステージを待つアイドルがいた。


「メイクは……うん、大丈夫だね。アイドルドレスカードドレカは?」

「うん、持ったよ」

「後は、えーっと……あ、そうだ、爪!」


 本番を前にバタつくアイドルをジト目で見ながら、もうひとりの友人が嫌味をもらす。


「ちょっと潤? あなたもうアイドル諦めて、めぐるの付き人にでもなったら?」

「ええ~!? ひどいよモコちゃん~」

「めぐるも! もうプロになるんだから自覚を持ちなさい!」

「いやあ~。そりゃ、やろうと思えばやれるけどさ。せっかくだからご厚意に甘えちゃおうかなと」


「それにホラ! プロの人だってメイクさんとか衣装さんとかにお任せしてるじゃない?」

「それは向こうもその道のプロってことでしょ! セルフプロデュースもできない奴が、プロと対等な関係を築けるかっての!」

「おお! 確かにその通りだね! あたし目が覚めたよ!」

「アンタほんとにわかってんの……?」

「めぐるちゃん、バナナ食べる?」

「食べる~」

「やっぱりコイツわかってねえ!」


 ステージを前にして呑気にバナナを貪るアイドル研修生、七月めぐるを見て、同期生のモコは大きくため息をついた。

 

「まったく、なんだってこんな子が私達より先にプロデビューなんて……」

「それはねモコちゃん。代表を決める養成所内のトーナメントで、あたしが優勝したからだよ」

「わかってんのよ、そんなこたぁ!」

「まあまあ……」


 血管が切れそうなモコをなだめながら、潤が話題を逸らす。


「そういえば、一回戦の相手ってどんな子だったっけ?」

「他の泡沫事務所の新人でしょ? ウチと違って、そんなとこの新人情報なんてほとんど出て来ないわよ」


 めぐるを締め上げた手を離すと、モコは興味なさそうに答えた。

 すると――


「パンフには、格闘スタイルは打撃系だって載ってたから、大会記録とかないか調べてみたんだけどね」

「ん?」


 めぐるが語りだす。先程までとはうって変わって静かなトーンだ。


「やっぱりめぼしい情報はなかったよ。まあ外国の子だし、あっちで鳴らした選手だと思うけど。さっき見た感じだと、小柄だけど筋肉が締まっててバランスも良さそうだったし」

「優秀な格闘家からアイドルに転身、ってパターンね」

「わざわざ外国からスカウトしてきたってことだよね。大丈夫かな……?」

「わからない。けど……」

「けど?」


「あたしは、アイドルだから」


 二人はハッとした後、同時に頷いた。

 ステージを前にした少女の目に、静かに火が灯る。


「アイドルなら、負けない」



        3


「間もなく、一回戦第八公演――エンパイア・プロダクション所属、七月めぐると、レッドフロント所属、ファウ・リィ・リンクスによるステージを開演致します」


 会場は満席。若手アイドルや研修生のイベントとしては、異例の盛り上がりである。


「せーのっ」

「めぐるちゃーん!!」


 観客席のあちこちから声援が飛び交う。両親や小学校の頃の友達、共に切磋琢磨した同期生たち、お世話になった商店街の人たちの姿も見える。そして、養成所での活躍を見てファンになってくれた、数え切れない人たち。


 それらの想いに応えるように大きく手を振りながら、めぐるはステージへと向かった。


「ねえ、潤」

「なに、モコちゃん」

「やっぱり、この舞台にはあの子が一番ふさわしいわ」

「うん、そうだね……」


 舞台袖から、二人の友人が見守っている。

 まぶしさにあてられて、これまでの日々に思いを馳せる。


「けど! 絶対、すぐ……追いついてやるんだから……!」

「モコちゃん……」


 強がるモコの肩を、潤がそっと抱きしめた。



 ステージの上で、二人のアイドルが向き合う。


「よろしくお願いします!」

「……よろしくお願いします」


 昂揚しているめぐるとは対照的に、異国の少女はやけに落ち着いている。


 やはり小柄ではあるが、それを補うかのようにオーラが立ち上っていた。研ぎ澄まされた、静かな闘志とでも言うべきであろうか。

 透き通るような青い眼に、軽く逆立った翠色の髪。褐色の肌にはいたる所に白い傷痕が見られるが、痛々しさよりむしろ紋様のような美しさを感じる。


 つい、見とれてしまうめぐるであったが……。


(いけないいけない! ちゃんと集中しないと!)


 頭を振って、即座に気を引き締め直した。



 ステージの空気がゆらめく。


「サイレントブルームーンコーデ!」

「……エンシェントフェアリーコーデ」


 ドレスを纏い終えると同時に、早くもイントロが流れ始める。

 互いに間合いを測りあい……口火を切ったのは、めぐるの拳だった。


「ッ……」


 数え切れぬほど繰り返した、飛び込みざまの正拳突き。型通りであるが、それ故の美しさと重さを備えている。


(さすがにガードされたか……でも!)


 オーラが鮮烈に弾ける。手応えアリだ。流れをつかむため、追撃をかけようとする。が……。


「危ない、めぐるちゃん!」


 潤が叫び終わらぬ内に、反撃の拳が空を切った。


(速い……。ってか、鋭い!)


 めぐるは体勢を立て直すと、再び間合いを詰める。


 激しい技の応酬が始まった。


 めぐるの格闘スタイルは、空手をベースとしたオーソドックスな打撃主体型である。その一方、相手の少女……ファウも同じ打撃系ではあるが、ヒジやヒザ、カカトを多用してくる。


(見たことのない型……。タイミングが、難しい……!)


「めぐる!」


 モコの声援が飛ぶ。それに後押しされるかのように、めぐるは覚悟を決めた。


(けど、できないわけじゃない!!)


 相手の空振りに合わせて一気に踏み込むと、正拳を連続で叩き込む。ガードは間に合わない。

 相手は苦し紛れに手を出そうとしてくるが、めぐるはそれを捌きつつ、追撃の手を緩めない。


 手刀、裏拳、鉄槌、下段回し蹴り、かかと落とし――。


 これまでの練習の成果を十二分に発揮し、強烈な攻めを組み立てる。

 完全にめぐるの独唱状態である。


「ハァッ!」


 流れを変えようとしてか、渾身のハイキックが放たれる。

 しかしそれも、宙を切るばかりであった。


 交差気味の横蹴りが綺麗に入り、翠の髪の少女は派手に吹き飛んだ。

 

 一際大きい歓声が湧き上がる。


 めぐるは吹き飛んだ相手を見据えて、呼吸を整えた。残心である。


「押忍!」


 そうして、一つの歌が終わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る