花咲かぬ国3

 セイルに口を塞がれモガモガと言っていたアミルは、セイルの言葉を頭の中で整理するように黙り込むと、やがて静かにセイルの手をそっと自分の口元から剥がす。


「……事情は理解しました。状況も……完全ではないですが概要は。ですが、この場に居るのは私とウルザ……コトリは戦力外として、セイル様と、そこの魔族の英雄。前衛に偏ってますが、本当に私でよろしかったんですか?」

「どういう意味だ?」

「イリーナのように後衛を呼んだ方がよろしかったのでは……と」


 胸の前で人差し指同士をアミルに、セイルは「そんな事か」と頷く。


「つまらない事を言うな。俺はお前を信頼している。不足など何処にもない」

「……確か副官設定は今は変えられないとかもがー」


 余計な事を口走りかけたコトリがウルザに素早く口を塞がれるが、流石に間に合わずにアミルが訝しげな顔になる。


「副官設定……?」

「俺がお前を信頼しているという話だ」

「そ、そうなんですか。それでしたら、その……私とした事が、余計な事を申しました」

「……気にするな」


 言いながらセイルは視線を僅かに逸らすが、その視線の動きをアミルは目ざとく追いジト目になる。


「……何か隠してますね」

「そんな事はない」

「嘘です。『大丈夫だ、今はガチャ引かない』って仰る時と同じ顔してます」

「俺を信じろ」

「基本的に全肯定したい気持ちはあるのですが、こういう時のセイル様はダメです」


 視線を逸らすセイルと、回り込むアミルを見て……コトリはウルザに「あのー……」と問いかける。


「私、外回り多いからよく知らないんですけど……あの2人って、どういう関係なんでしょ」

「見ての通りよ。私達の王と、その側に最初から控えていた一番の古株」

「いえ、でも」

「……貴女はただでさえ余計な事を口走るんだから、黙ってなさいな」

「もがー」


 再び口を塞がれたコトリだったが、そんな騒ぎもシングラティオの一声で終わる。


「仲がいいのは結構な事だがよ。お前、俺の前でソレ見せてよかったのか?」


 ソレ、というのがカオスゲートの事を示しているのは明白で……セイル以外の全員が身構える。

 そう、セイル以外の……だ。セイル自身は何の反応も示してはいない。


「別に構わない。今は仲間だろう?」

「まあな。だが、いつまた敵になるかも分からねえってのに。そんなアーティファクトっぽいものを見せるたあ、緩んでるんじゃねえのか?」

「お前相手に警戒心が緩んでいるのは認めるが、要らない心配だろう」

「へえ?」


 セイルは手の中でカオスゲートを遊ばせながら、シングラティオへと向き直る。


「……お前は戦いに関しては素直で、ある意味で誠実と言ってもいい。来るなら真正面からで、小細工なんかしないだろう?」

「どうかな。搦め手だって立派な戦術だ」

「そんなものを魔族が出来るなら、お前は今此処に1人でいない。違うか?」


 魔族が言う事を聞かない、自分優先の戦闘バカの集団であるのはシングラティオ自身が説明しているし、シングラティオの行動もそれをよく示している。

 ついでに言うと、今まで会った異種族の誰よりもシングラティオは真っすぐであると……セイルはそう感じていた。

 だからこそ此処でカオスゲートを見せても問題ないと、そう判断しているのだ。


「ある意味で俺はお前を信用している。卑怯な手段は戦術であろうと、とらない男だ」


 その言葉にシングラティオは驚いたような表情を見せ……やがて、頬を軽く掻く。


「……魔族相手にそんな事言う奴がいるたあな。人間が此処まで変わるってんなら……確かにグレートウォールは無駄じゃなかった、か」


 それに関してはセイルは答えられない。セイル自身は正確にはこの世界で育った人間ではないし、この世界の人間達は魔族どころか異種族の事を忘れ去っていた。

 しかし、それは流石に口にすることは出来ない。セイルが墓までもっていかなければならない秘密だ。


「グレートウォールの件に関しては、俺からは何も言えないが……」

「それでいいさ。向こう側も退屈しない場所ではあったからな」


 言いながら、シングラティオは笑みを浮かべ歩き出す。


「お前とはバトル無しでも仲良くなれそうな気がするぜ、セイル……さ、行くぞ。時間は無限じゃねえ」

「ああ、そうだな。状況を考えれば、早めに精霊の協力を得たい」


 歩き出す2人の後を追い、アミル達も慌てたように歩き出し……アミルはセイルの横に来ると「あの、セイル様」と話しかける。


「ん? どうした」

「精霊との話し合いとのことですが……」

「ああ」

「具体的にどのような」

「何も」

「えっ」

「まずは話してみないとな。そうしなければ何も分からん」


 たとえばカオスディスティニーには「精霊使い」という召喚士の亜種のようなユニットもいるが、以前引いた怒涛の連続ガチャでも引くことはできなかったし、カオスディスティニーの「精霊使い」がこの世界の精霊の常識と合致するものであるとも思えない。

 もしかしたら、その辺りが「精霊使い」をガチャで引くことが出来なかった理由なのではないか。

 セイルはそんな事を考えながらシングラティオの後を追い歩みを進めていく。

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