レジスタンスの村

 石を切って積み上げた一般的な形の家の中は、内装も普通だった。

 違いといえば、椅子に背もたれがない事くらいだろうか?


「前にメルトにも聞かれたから言っておくけど、背もたれがないのは文化だよ」

「そうなのか」

「うん、僕達は羽があるからね。いざという時に使えないと不便だろう?」


 言われてセイルは納得しかけ……しかし、やはり首をひねってしまう。


「……室内で羽を使うのか?」

「使えると推進力が違うんだよね。勿論、信頼してる証として背もたれ使う人もいるけど」


 ハハハ、と笑うアークにセイルは確かな文化の違いを感じながらも頷く。


「さ、座って。今お茶を出すよ」

「樹液とかじゃないんですね……」

「おい、コトリ」

「ハハハ。メルトも同じことを言ってたよ」


 思わずセイルはメルトを見るが、メルトはサッと目を逸らす。

 どうやら中々に奔放な男らしいが、とりあえず放置してセイル達は勧められた椅子に座る。

 やがて運ばれてきたお茶は多少渋いもののセイル達にも飲める味で、こういう点ではあまり変わらないのだな……とセイルは変な納得をしてしまう。


「さて、では何から説明したものかな……」

「出来ればこの国の現状についてが知りたい。レジスタンスと言っていたが、何か統治体制に問題があるのか?」


 緑の月神も蟲人に何か問題があるような事を言っていたのだから「何か」はあるはずだが、レジスタンスが存在するというのであれば間違いなくアークが抱える問題がそうであるはずだとセイルは思う。

 問題は、それにどう関与していくかだが……。


「統治体制、か。簡単だよ。この国の王は蟲人の英雄だ。彼がこの国の全てを決め、全てを動かす。それで上手くいっていたんだ」

「独裁体制ということか?」

「人間だって、あまり変わらないだろ? 王が居て、その支配下で暮らしているんだから」

「……まあ、な」


 それに関しては確かに変わらないといえるが……人間の国は王に最終決定権があっても決して独裁というわけではない場合が多い。

 たとえばセイルのガイアード王国はセイル一人では動かないし、アンゼリカのヘクス王国とてアンゼリカ一人が動かしていたわけではない。

 貴族が居て、大臣がいる。そうして分担して動かしていたのだ。


 アークの言い様もそれと同じように聞こえたが、どうにも違うようにセイルは感じていた。

 だから、セイルはそれを確認するべく問いを投げかける。


「変わらないとはいうが、大臣……王の部下として政治を担当する者はいるのか?」

「ジェネラルの事かい? 担当するのは政治じゃなくて配下となる部隊だけどね」

「では、政治は本当に王が一人で?」

「ああ、王の命令をジェネラルが実行する。そうしてこの国は動いている」

「で、そこのアークもジェネラルの一人ってわけだ」


 壁に寄りかかって座っているメルトが最後に一言付け加え、セイルは小さく頷き考える。


「……なるほど」


 つまり、この国は……蟲人は本当に虫の集団のような関係構築がされているのだ。

 王となる個体が居て、多くの配下を従える。

 それは人間国家における王への中央集権体制と似ているが、より強い独裁体制とも言えるだろう。

 何しろ、王以外の意思の入り込む余地が其処にはない。

 だが、虫と完全に違うのは……そこにアークのような逆らう者がいるという事実だ。


「上手くいっていた、と言ったな」

「ああ。いつからだったかな、急に王の行動がおかしくなり始めたんだ」

「それは、心変わりや何らかの方針転換という形ではなく……か?」

「唐突に獣人や人間を滅ぼすと言い出すのが『おかしい』と言わないのであれば、あるいはそうかもしれないね」

「……かつての戦いの時、獣人は人間を庇ったと聞いている。それを不満に思っていたということは?」


 セイルがそう聞くと、アークは答えずにメルトへと顔を向ける。


「なんだメルト、やっぱり君が知らなかっただけなんじゃないか?」

「えー? いや。そりゃ俺はあんまりモノ知らねえけどさ」

「いや、きっとそうだよ……ああ、すまないね。メルトは僕を最初虫のモンスターとか言ってたくらいだからね。人間は何もかも忘れたんじゃないかと危惧してたんだ」

「はは……」


 まさにその通りだとは言えず、セイルは乾いた笑みを浮かべる。

 だが、わざわざそんな事を言う必要もない。


「それで質問だけど、それはないと思う。僕達はそんなに長生きじゃないから親世代から聞いた話になるけど、ご先祖様は当時『弱い者を庇うとは、中々やる』って言ってたそうだからね」

「……ふむ。だとすると、確かにその線は薄い……か」

「ああ、実際僕達は巨人と睨み合いをしてたからね。その巨人は今魔族とやり合ってるみたいだけど」


 魔族はこっちに来ていたのか、とセイルは思うが……ひょっとすると本拠地は元々こちらの大陸であったのかもしれない。


「魔族の英雄シングラティオとなら向こうの大陸であったぞ。確かに何処かに行くようなことは言っていたが」

「げっ! あの戦闘狂、戻ってきてるのか!」

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