幕間 その頃のウルザ
正直、人生を面白いと思ったことはなかった。
何でも少しやってみれば人並み以上に出来たし、それは暗殺という裏稼業でもそうだった。
私を遥かに超える化物みたいな暗殺者もいると聞いたことはあるけど、会ったことはない。
だから、そんなものは単なる噂話か幽霊話みたいなもので。私を楽しませるものなんてないと思っていた。
……まあ、正直その辺りの記憶は霞がかかったように思い出せないのだけど。
きっと、それ程までに私にとってどうでもいい記憶なのだと思う。
私がハッキリ覚えているのは、王子の……セイルの暗殺に失敗した辺りだっただろうか。
夜中に忍び込んだ私を偶然か必然かは分からないけどセイルは気付いて、撃退してみせた。
その後王子の軍に追われて、帝国軍……あのゲオルグのクソジジイの部隊諸共撃退されて。
その後の事は覚えてないけど、気付いたら再びセイルが目の前に居たのだ。
あの時は殺してやると思ったけど、思い返せばあそこでセイルを殺しても……たとえあの場が元の世界だったとしても、私には何のメリットもなかったように思う。
だから、言うなればアレは私が初めて傷つけられたプライドを取り戻そうとするような、そんな幼稚な行動であったように思う。
「……ふう」
そしてなんだかんだあって、セイルの仲間になっているわけだけれど。
あの王子サマは今はアシュヘルト帝国とかいう場所に出かけていて、私は置いていかれている。
どう考えてもあの2人より私を連れて行った方が役に立つと思うのだけれど、何が起こるか分からない状況では信用できるウルザを此処に置いておきたい、と宣ったのだ。
ウルザならどんな状況でも皆を適切に動かせると。それが出来るのはウルザだけだと言ったのだ。
ああ、もう。卑怯だ。本当に卑怯だ。
そんな事を言われて、子供の駄々のようについていきたいなどと言えるはずもない。
きっとあの天然男は「向こうの世界」でも同じような事を色んな奴に言っていたに違いない。
向こうでは今と違ってかなり……異常なくらいに寡黙だったけど、基本は変わらないはずだ。
「あの人たらし」
言いながら、私は机の上に置いた金貨の袋をつつく。
この部屋の隅には同じものを山のように積んでいる。
合計で72ゴールド50シルバー16ブロンズ。中々の大金だと思う。
あの男が「ガチャ」とやらが好きだと知っているから、私はこんなに稼いだのだ。
勿論、ヘクス王国の国民経済に影響を与えないように色んな手段を使って手広く集めている。
これを渡せば、あの男はどんな顔をするのだろう?
驚くだろうか。
それとも「良くやった!」と喜色満面の笑顔を見せるのだろうか?
……いや、あの男のことだ。
「ど、どうしたんだコレ」と呆けた顔をしかねない。
そうして私が「稼いだのよ」といえば褒め……ないわね。
「色々大丈夫か?」とか言いそうだ。アレはそういう男だ。
その光景があまりにも簡単に想像できて、私は金貨の袋を思わず叩いてしまう。
……ダメだ、この思考は良くない。私にはこういう恋する乙女みたいな思考は似合わない。
でも、もしも……もしもの話だ。
あの男が喜んでくれたなら。「やっぱり任せて良かった」と言ってくれるなら。
それで乙女な思考は戻ってくるような気もするのだ。
いや、ダメだ。この思考はダメだ。
あの男があんな事を言うから、こんな乙女な思考になっているのだ。
どうせ男女の関係がどうのこうのなんて、考えちゃいない。
真面目な事を考えている時以外はガチャの事をずっと考えているような男なのだ。
あの男が毎朝起きる度に「無料ガチャ……」と呟いてカオスゲートを取り出しているのを私は知っている。
アミルの事を以前ストッパーと言っていたけど、あれは比喩でも何でもなく本気だ。
あの男は想像を絶するガチャ狂いの気がある。
王子なんていうのに「そういうの」を与えるとハマってしまうんだろうか?
本人も自制しているようだけど、いつでも破産に一直線だ。
悪い意味で危ない資質も持っている……というのが私の見立てだ。
まあ、そうなる事はたぶんないだろうけど。
少し冷静になった私は椅子から立ち上がると、宿の窓を開ける。
丁度お昼時になった王都では、緊張感のある空気が続いている。
赤い月の夜はアレから訪れていないが、いつ来てもおかしくないのだ。
逃げ出したいという声もあるけど、この王都以上に安心な場所もない。
自然と冒険者達もこの王都を中心に動き、戦力的にもなんとか安定している状況だ。
でも、森で耳の長い男を見たとか、いや女だとか……そういう話も出てきている。
森の成長が早まっている気がすると、そんな話も耳にする。
恐らくはエルフだろう。ライトエルフとダークエルフ。
グレートウォールがどうのこうのという話以前に人間が滅びかけていたというのなら、この辺りもエルフ達の住処であったとしてもおかしくはない。
「……意外と人間、詰んでるかもしれないわね」
帝国に行ったセイル達の状況はどうなのだろう。
私がいれば、ついていった連中の誰よりも役に立ってあげるのに。
そんな事を考えながら、溜息をつく。
ああ、また思考が乙女になっている。本当に困ったものだ。
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