死都リゼンブルグ10

「オオオオ……オオオオオオオオオオオオオオ!」

「ダーク!」

「ギアアアアアア!」


 何度目かの暴走精霊による襲撃をイリーナのダークが撃退する。

 幸いにも暴走精霊はさほど強くないようで、しかも視界に入ると同時に襲ってくるため大した苦労もしていない。

 これが壁を通り抜けて来るとか床から出て来るとか、そういうゴーストじみた攻撃をされたら相当に苦戦したかもしれないのだが、そういうこともない。


「順調だな」

「このくらいなら、幾ら来ても問題ないです」

「だといいんだがなあ」


 セイルとイリーナの会話に混ざってくるイザンナ=カオスアイにイリーナが不満そうな視線を向けるが、内容自体は無視できなかったのだろう。

 軽く舌打ちしながらも、イリーナはイザンナ=カオスアイへと視線を向ける。


「……どういう意味ですか」

「このままでは済まないと言わんばかりだな」

「おう、言葉通りだぜ」


 ふよふよとイリーナの上で気楽に答えるイザンナ=カオスアイは状況を楽しんでいるかのようだが、「お前はどう思うよ?」とクリスに話しかける。


「僕は精霊の生態は良く知りませんが、ゴーストのように通り抜けを行ってくる……とかですか?」

「いやあ。精霊はゴーストとは違うからなあ。そういうのが出来る精霊が居ないとは言わねえけどよ」

「では、何を懸念しているのですか?」

「いやあ……数が少ねえな、と思ってな」

「数……?」


 そんな二人の会話を聞いていたセイルは足を止め、「確かに」と頷く。


「件の儀式とやらは確か、この地下全体が範囲内という話だったと思うが……それにしては少なく、散発的ではある……か」

「そういうこった。もっとギッチリ埋まっててもいいもんだが……こうなると、違う可能性が出てくる」

「強力な個体に魔力が集中しているということか」

「正解だ、髭のおっさん」


 ゲオルグに頷くと、イザンナ=カオスアイは通路の奥へと視線を向ける。


「たぶんだが、『イザンナ』以外の1人か2人か3人か、そこら辺は分からねえが実体化してるな。たぶん同じような状態だろ」

「……会話が通じる状態、ということですか」

「おう、その通りだ鎧のお嬢ちゃん。とはいえ、俺もあまり意識を分割するのは宜しくねぇ。そもそも、儀式の暴走が進んでいる以上はマトモに会話できるかも分からねえ。契約できるっつー望みは捨てた方がいいだろうな」


 つまり、出会えば戦闘になるのだろうとその場の全員が理解する。

 強力な暴走精霊。どの程度の強さであるかは分からないが……。


「カオスアイ。強さの予測は出来るか?」

「さあ? だがどっちにせよ……倒せないようじゃ、死霊術士を倒せるとも思えねえなあ?」

「……言ってくれるじゃないか」


 だが、確かにその通りではあるとセイルは思う。

 この場所を抜けた先、相手にしなければならないのは無数のアンデッドと、それを操る魔族の死霊術士だ。

 ここで強いから勝てそうにないなどと弱音を吐くようであれば、死霊術士に勝てるはずもない。


「で、どうする? 戦いたくないなら出来る限り会いそうにないルートを選んでやるけどよ」

「必要ない」

「当然だな」

 

 即答するセイルに、ゲオルグも同調する。


「どのみち敵であるなら、押し通るだけだ」

「ハッ……そうかいそうかい。それじゃ最短ルートでいくかい?」

「ああ、勿論だ。というか……今までは違ったのか?」

「いやあ? 多少配慮したのは確かだがな」


 そう笑うとイザンナ=カオスアイは壁の一方を指し示す。

 しかし、そこは別に隠し扉というわけでもなさそうだ。

 試しにセイルはそこに触れてみるが……押しても、何も反応しない。


「この壁がどうした?」

「斬っちまえ」

「何?」


 言っている意味が分からずセイルが聞き返せば、イザンナ=カオスアイはやれやれと肩をすくめてみせる。


「斬って道を作っちまえよ、セイル様?」

「……! 出来るのか?」

「普通の武器では手間がかかると思うがね。いい剣なんだろう、ソレ?」


 言われて、セイルは手の中のヴァルブレイドを見下ろす。

 なるほど、確かに出来るだろう。

 そして今まで、セイルはその手を思いつかなかった。

 迷宮は当然「正解の道を選んで進む」ものと考えていたし、その為にイザンナ=カオスアイの導きに従うのが最善の手と思っていた。

 しかし、しかしだ。

 考えてみれば、馬鹿正直にそんな進み方をする理由が何処に在るのか?


「……壁を壊したら地下迷宮自体が崩れたりしないだろうな」

「心配いらねえよ。こういうのは帳尻が合うように出来てる」

「その言葉、信用するぞ」


 そう言うと、セイルはヴァルブレイドを壁へと向ける。


「……はあっ!」


 気合一閃。縦に、そして横にヴァルブレイドを振っていく。

 そして切り裂かれた壁はゆっくりと向こう側へと倒れていき、そこに道が出来上がる。


「あ、ねえねえセイル! ボクにやらせてー!」


 キースやクリス達を押しのけながらやってくるサーシャに、セイルは頷く。

 サーシャがやるとなると拳だが……まあ、なんとかなるだろう。

 次の壁を前にしてセイルが場所を譲ると、サーシャは腕をブンブンを振り回す。


「よぉーし……いっくぞお!」


 ドゴン、と。迷宮を揺らすような一撃が壁に蜘蛛の巣のようなヒビを入れ崩壊させる。

 サーシャの物理攻撃力は、この地下迷宮に入る前の時点では980。

 その威力がどれ程のものかを再確認すると、次の壁へと向かっていくサーシャの肩にセイルが手を置く。


「どしたの、セイル?」

「……やはり俺がやろう」


 壁はともかく、衝撃で地下が崩れそうだ。

 そんな懸念をセイルが抱いたのは、仕方のない事だっただろう。

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