セイルとアンゼリカ2
「うむ、いくらなんでも……もう少し日をズラすわけにはいかんのか?」
「それは……」
セイルは、言われて考える。
何か確信や事情があって急いでいるわけではない。ないが……行動を遅らせる理由も、また無かった。
世界が激変しつつある現在、僅かな遅れが何か致命的な事態を引き起こすかもしれない。
そう考えると、やはり「急いでいる」のだろう……が、これはセイルの勘に近いものだ。
それをアンゼリカにどう伝えたものかと思案していると、アンゼリカは少しだけ苦笑を含んだ表情になる。
「そんな顔をせんでくれ。妾とて、お主を困らせたいわけではないのじゃ」
「……そんな顔?」
「ひどく困った顔をしておった」
「そう、か」
言いながら、セイルは自分の顔に触れる。
ここ最近は「セイルの演技」などしなくても、自然と振る舞えるようになっていた。
しかし、それは同時に他人を気遣い表情を繕うといった事に疎かになっている証でもなかっただろうか?
僅かな自省と共に、セイルは「すまない」と呟く。
「どうして謝るのじゃ。むしろ謝るのは妾じゃろう」
そう言って、アンゼリカは小さく息を吐く。
「立場上、あまりワガママも言えぬでな。少しお主に甘えておったようじゃ」
「それは……」
「気を付けて行くのじゃぞ、セイル。妾はお主を失いたくはない」
そう言って身を翻そうとしたアンゼリカの腕を、セイルは思わず掴む。
それは咄嗟の反応、しかしこうしてなければならないと。セイルはそう感じていた。
「な、なんじゃセイル。どうしたのじゃ?」
「……アンゼリカ。俺はやはり残れない。残れない、が……」
「が、なんじゃ?」
迷うように、セイルの口が僅かに動く。
何と言えばいいか。何を言うべきか、セイルは必死に考えて。
「お前との協力関係は……その。得難いものだと思っている」
そんな事を、言った。
言ってから「これはないな」と思ってしまったセイルだが……言われた本人であるアンゼリカは、しばらくキョトンとした表情を見せた後、プッと吹き出してしまう。
「ハ、ハハ……ハハハ! なんじゃそれは! いくらなんでも、そんな口説き文句はないじゃろ!」
「あ、いや。口説いているわけでは」
「分かっとるわ、そんな事! 本当に嘘のつけぬ男じゃのう、ふふ……困ったものじゃ」
アンゼリカは微笑むと、セイルに掴まれたままの腕を軽く動かしてみせる。
「で? いつまで妾の事を独占するつもりじゃ?」
「ん……重ね重ねすまない」
「構わんとも」
慌てて手を離したセイルを見上げ、アンゼリカはセイルへと笑顔を向ける。
「あれだけの綺麗どころに囲まれておるからの。そっち方面でやり手なのかと少し心配しておったが……そんな事も無さそうで何よりじゃ」
「む」
「のう、セイル」
セイルに一歩近づくと、アンゼリカは至近距離からセイルを見上げる。
「妾は、お主を諦めてはおらんぞ?」
そう言うと同時に、アンゼリカはセイルからパッと離れる。
「とはいえ、自分を安売りするつもりもない。そのうち、お主の方から妾を欲しいと言わせてみせよう」
クスクスと笑うアンゼリカに……セイルは「そうか」とだけ答える。
他にどう言っていいのか思いつかないのだ。
何故なら、セイルには理解できていないのだ。
「なあ、アンゼリカ」
「ん?」
「俺は……そこまでお前に好かれるような事をしてはいない」
「じゃろうな。妾もお主に恋物語のような事をされた記憶はないのう?」
「なら、何故」
「そうじゃのう……勿論、打算もある」
セイルの持つ固有能力は、アンゼリカにとっては魅力的なものだ。
いつの間にか「協力攻撃」などというものが増えているし、「王族のカリスマ」などという前代未聞の固有能力は知る限りでは各国の歴代の王族も持っていなかっただろうものだ。
一体何処の何者か分からないという点を含めても、充分すぎる程にセイルには価値がある。
セイルという人物の人柄が、疑いようも無く善であるというのも、当然あるだろう。
キングオーブにより「人間の英雄」なるものである可能性が示されたのも大きい。
しかし、しかしだ。
そんなものは所詮「理屈」に過ぎない。
「一目惚れじゃよ、セイル」
「ひと、めぼれ?」
「くだらないと、笑うか?」
結局は、そうでしかない。
理屈をベタベタゴテゴテとくっつけたところで「好き」も「嫌い」も作れるものではない。
そんなものは「自分がそうである理由」を納得させる為のものでしかないからだ。
しかし、人が聞けばやはり笑うだろう。
一時の気の迷いだと物知り顔で諭す人間だって居るかもしれない。
しかし、それでも。アンゼリカはそう思うのだ。
だからこそ、アンゼリカは真剣な目でセイルの言葉を待つ。
「……笑うわけがない」
そして、セイルはアンゼリカにそう返す。
クロスのような本気か冗談かも分からない好意ではなく、アミルのような尊敬や忠誠にも似た好意でもなく。混じりっけなしの、純粋な好意。
それを笑えるはずなどない。セイルが「セイル」になる前であったなら、跳び上がって喜んでいただろう。
「だが、すまない。俺はお前の気持ちには応えられない」
セイルには、やるべき事がある。
此処でアンゼリカの好意に応え、立ち止まっているわけにはいかなかった。
「……誤魔化す手もあるじゃろうにのう。本当に不器用な男じゃ」
「……すまない」
「謝るなと言ったじゃろ? それに諦めておらんとも言ったぞ」
アンゼリカはそう言うと、今度こそ身を翻す。
その姿は、この国の女王らしく堂々としていて。
敵わないな……と。セイルは、そんな事を小さく呟いた。
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