激震する世界

 走る。走る。

 何かが起こった。起こってしまった。

 確信にも似た想いを抱きながら、セイル達は走る。


「おかしいです、セイル様……! なんだか周囲の魔力が高まってるです……!」

「うむ、ワシも感じるぞ! 何かが起こっておるのか!?」


 イリーナとオーガンの言葉に、セイルは思考を巡らせる。

 正直、セイルにはそこまでは分からない。

 分からないが……今セイルが感じている空気が濃厚になったような、この感覚が「魔力が高まる」ということであるならば、確かに変わったのだとセイルにも思えた。

 それがグレートウォールなるもののせいであるかは分からないが……。


「セイル様!」

「うっ!?」

 

 突然木の上から降ってきた何か。それにセイルは反応が一瞬遅れてしまう。


「キアアアアアアア!」


 それは、サルの化物。サルという生き物の牙を伸ばし、毛並みをゴワゴワとしたものに変えて。

 大きさを人間の若者くらいにすれば、そうなるのではないかという何か。

 そんな化物がセイルに向けて牙を剥き出し腕を振りかざして。

 しかしセイルの突き出したヴァルブレイドに貫かれ、そのまま両断される。


「この化物は……」

「ぬっ!? 上じゃ!」

「ひゃっ……」

「これは……!」


 オーガンの言葉にイリーナが怯えた声をあげ、アミルが警戒したように剣と盾を構える。

 そこに……木の上に居たのは、今襲ってきた化物達。

 セイル達を見下ろすように目を光らせ、口からは涎を垂らしている。


「キキキ……」

「キキキキ……」


 先程まで、森の中にあんなものは居なかったはずだ。

 いや。仮に気付かないだけで居たとして。冒険者ギルドの事前情報から洩れるものなのだろうか?

 事前情報では、この北メルクトの森にいるのはゴブリンとウルフのはず。

 幾らなんでも、あのサルの化物がゴブリンの派生形だとは考えられない。

 ならば、一体何なのか。


「……突破するぞ」

「え?」

「襲ってくる奴以外は相手にするな! 素早く森を突破する!」

「は、はい!」


 状況は不明。敵の総数も不明。

 ならば、殲滅戦は下策だとセイルは判断する。

 今まで居ない敵がいた。その事実を甘く見る程、セイルは楽天家ではいられなかった。

 

「いくぞ!」


 叫ぶセイルが走り出し、その後を全員が追う。

 サルの化物達は追ってくるつもりはないのか、声が遠くなっていくが……あるいは、先程の不意打ちを撃退したのが効いているのかもしれないと。セイルはそんな事を考える。

 だが、そのセイル達の前を……突如動き出した木が塞ごうとする。


「邪魔だ……どけえええ!」

「ダーク!」

「ギアアアアア!?」


 セイルを襲うように振るわれる枝を回避し、カウンターのようにヴァルブレイドがその枝を断つ。

 直後にイリーナの放ったダークの魔法が動く木の一部を消滅させ、まるで切り倒されたかのように動く木は倒れていく。

 その倒れた木を踏み越えながら、セイルは「トレント」と呼ばれた樹木型のモンスターの事を思い出す。

 先程のサルの化物同様、この森にいるとは聞いていないモンスターだ。

 冒険者ギルドから得た情報に抜けがあったと考える事も出来るが、そうだとしたら行きに出てこなかった事の説明にはならない。


 だとすると。そうだとするならば。

 グレートウォール。そうアガルベリダが言っていたモノが関係しているとしか思えない。


「……」

 

 答えは出ない。出るはずもない。

 走るセイル達はやがて、森の出口が見える場所へと辿り着く。


「よし、森を抜けるぞ……!」


 そうして、北メルクトの森を抜けて……先に見える王都と、赤くなり始めた空を見上げて。

 セイル達は……絶句する。


「な、んだ。あれは……」


 沈み始めた太陽。昇り始めた月。そこまではいい。

 その月が……赤色に輝いていなければ、だが。

 赤。紅。如何なる表現が一番正しいのかは分からないが、その月は赤かった。

 あるいは熟れたリンゴのような。

 あるいは滴る血のような。

 そんな輝きを湛えた月が、空にある。


「セイル様、あの月は……」

「単なる自然現象ならいいんだがな」


 平原を呑気に跳ねるグミ達が何も変わっていないのは、一つの救いだろうか。

 視界の先に見える王都でも、何かが起こっているようには見えない。

 見えない、が。あのアガルベリダのような何かが入り込んでいないとは言えない。


「あの、セイル様……」

「なんだ? アミル」


 恐る恐る、といった様子で声をかけてくるアミルに、セイルは振り返りそう問いかける。

 自分では気づかない何かに気付いたのではないだろうか、と。そんな事を思ったのだ。


「え、と。私の気のせいかもしれないんですが……黒いグミの数が、増えてませんか?」


 言われて、セイルは平原を跳ねるグミ達を見る。

 青、赤、黒、緑、紫、黒、赤、黒、黒、緑、黒、赤、黒……なるほど、言われてみると確かにブラックグミがよく目につく。


「……確かに多い、な」

「ですよね……」


 グミの中でも、黒いグミ……ブラックグミは凶暴だ。

 だからといってたいした強さはないし、倒しても然程の経験値も得られない。

 更には1ブロンズも得られない為、稼ぎだけでいえば「時間の無駄」レベルでもあった。

 しかし、だとしても。


「一応注意して進むぞ。未知の強力なグミが発生していないとも限らん」


 そう声をかけて、セイル達は王都へと戻っていく。

 未知のグミ。それはセイルが何となく発した言葉ではあったが……今のセイルの抱く不安を、もっとも的確に表す言葉でもあっただろう。

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