イベントステージは同じ場所で継続する

「ま、とにかく風呂に行こう。クロスもこっちの町がどんなものか見ておいた方がいいだろうしな」

「……うん」


 その言葉に納得したかは分からないが、クロスはセイルのベッドから……どうやって判別したかは分からないが、エイスのベッドではなく間違いなくセイルのベッドであったが、それはともかく……立ち上がって再びセイルに抱き着いてくる。


「……お前、こんなに甘えん坊だったか?」

「私だって違う世界に来れば寂しくもなる」


 放たれたその言葉に、セイルはズキリと胸が痛むのを感じる。

 違う世界。

「元の世界」なんてものは存在しない。その一点において、セイルは全員を騙し続けている。

 しかし、そんな事実を説明するわけにはいかない。

 そんな事を説明すれば、今此処にある全ては瓦解するだろう。

 故に、その事実だけは言うわけにはいかない。セイルが、生涯隠し続けなければならない事だ。

 セイルが、皆の知る「セイル」ではない事と同様に。


「……そうか」


 だから、セイルは抱き着いてきたクロスの頭を撫でる。

 セイルに出来る事なんて、そのくらいしかない。


「とにかく、風呂に行こう」

「一緒に入る?」

「それはダメだ」


 そんな事を言いながら、セイルはクロスをくっつけたままドアを開けて。


「おお、良いタイミングじゃったな! ……む、その娘は?」


 お供の騎士を連れて廊下の向こうからやってきたアンゼリカと遭遇する。


「……アンゼリカ王女。何故此処に」

「アンゼリカと呼べと言ったであろう、セイル。お主には許すとも言ったはずじゃが」

「ではアンゼリカ。何故此処に?」


 セイルが言い直すと、アンゼリカは「うむ」と頷いて人差し指を立てる。


「城では妾も気長に待つ風の事を言ったがな? これで中々不安になることに気付いての?」

「不安……?」

「うむ」


 言いながら、アンゼリカの指はクルクルと宙で円を描くように動かされる。


「つまりじゃなー。放っておくとセイルが妾とは別の縁談を持ってくるんじゃないかと考えたらソワソワしての。ここはもう少し攻めてみるべきかと思ったのじゃ」

「……なるほど?」

「それで、まずは夕食でも一緒にどうかと思ったのじゃが……出かけるところじゃったかの?」

「風呂屋に行こうと思っていたが……」


 セイルがそう言うと、アンゼリカは「おお!」と嬉しそうに声をあげる。


「なるほど、なるほど。それでは城の風呂に案内しよう。中々いいものじゃぞ?」

「いや、流石にそんな歓待を受けるわけにはいかない」


 外堀を埋めるような事をされても困るとセイルは断るが、アンゼリカは一歩も引かない。


「なあに、気にするな。そんなものは歓待に入らぬ。むしろそのくらいもせねば妾が婚約者候補として疑われてしまうわ!」

「いや、そんな事は……待て。今聞き覚えの無い単語が混ざったぞ」

「そう、お……セイルの嫁は私。これは変えようのない未来」

「ていうか、なんじゃお主は。妾のセイルに何しとる」


 アンゼリカとクロスがにらみ合いを始めるが、セイルは溜息を一つすると「やめろ」と仲裁する。


「アンゼリカ、俺はお前のじゃない。クロスもだ、俺はお前の夫じゃない」

「いずれそうする予定のつもりじゃが」

「どうせそうなる。気にしなくていい」


 全く譲らぬ二人にセイルは軽い眩暈を覚えるが、後ろで何か言おうとしていたアミルを制してウルザが進み出てくる。

 ウルザならではの何か含蓄に満ちた言葉で仲裁するのかとセイルは期待して。

 背中に押し付けられた何かの感触に「む」と唸る。


「そういう台詞は育ってから言いなさい? 5年早いわ」

「ぐぬ……!」


 クロスは言うまでも無いが、アンゼリカも大人の女性……というには色々足りなかったりする。

 その点で間違いなく「大人の女性」なウルザを悔しそうに見上げながら、アンゼリカは唸る。


「ぐ、ぐぐ……! 城で見た時も思ったがセイル、お主の供は女が多いのう……!」

「不可抗力だ」


 まあ、男に関しては重装兵の召喚をしていないので色々と否定し難い部分が多すぎるのだが……それはさておき。


「まあ、確かに仲間は気の合う者でなければ意味が無いからのう。その辺りは如何ともし難いが」


 言いながら、アンゼリカの視線はここぞとばかりにセイルに顔を擦り付けているクロスに固定されている。


「し、しかしのうセイル。あまり侍らすような事をするのは良くないと思うぞ?」

「侍らしてはいない。クロスは、その、なんだ。まだ子供だからな」

「でも子供も出来る」


 その言葉にセイルが思わず咳込むが、耐えきれなくなったらしいアミルがクロスを引き剥がす。


「そ、そそそ……そういう事を気軽に言ったらダメでしょう!」

「私はいつでも本気」

「猶更ダメです!」


 アミルとクロスがセイルの背後でやり合い始めるが、それを聞こえないふりをしながらセイルは「あー……」と誤魔化す台詞を考える。


「……冗談の上手い子なんだ」

「洒落にならん類の冗談じゃった気がするがのう……」


 しかしとりあえず、アンゼリカもセイルの意を汲んで冗談だった事にするらしい。


「まあ、なんじゃ。風呂と夕食くらい招待されておくがいい。泊まれとは流石に言わんからの」


 それは追々じゃ、と。

 そんな全く安心できない事を言うアンゼリカに……セイルは今は断れまいと、「ああ」と頷いた。

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