王族のカリスマ

 王族のカリスマ。その言葉に、ソフィアや騎士達がざわつく。

 当然だ。流れの冒険者がそんなものを持っているなど思わないだろう。

 持っているのであれば、何者だという話になる。


「姫様……!」

「落ち着け。妾は他の大国の王子とも会った事があるが、その中に「茶髪の王子」や妃は居らぬ。なれば有り得るのはどこぞの私生児……あるいは、その子孫やもしれぬ」

「……そう考える理由についても?」

「その答えがお主が何処ぞのマトモな王族でないことの証明じゃ」


 アンゼリカはそう言うと、ひらひらと手を振る。


「固有能力は血筋に組み込まれ、受け継がれる。発現するかは別じゃが……逆に言うと、固有能力を発現させた王族は絶対に「王族」以外には嫁がん。つまりセイル、お主がマトモな王族の子であれば、私生児であろうとも何処ぞの王宮で暮らしておるのじゃ」

「しかし、今の論で言うと受け継がれた固有能力が発現するかは別だと」

「うむ。しかし過去の例からいって「固有能力を発現させなかった王族」の子もまた固有能力を発現させんのじゃ。故に、こうした王族は有力な貴族へと婿なり嫁なりとして行く事になる」


 なるほど、固有能力があるか否かが王族としての全てであると……そういうことなのだろう。


「しかし、二つも発現させている例は聞いたことが無い。しかも「王族のカリスマ」とは……くくっ、こんな如何にもな固有能力があるとは、笑うしかないのう!」


 正確に言うと、ヴァルスラッシュと王族のカリスマはヴァルブレイドによる変化だ。

 セイルがヴァルブレイドを持ち続けている限りそれは変わらないが……ヴァルブレイドをカオスゲートに入れていても変わらない辺り、ひょっとすると一度変化したら戻らないのかもしれなかった。


「……だとして、俺に何を望む」

「ん? うむ。まさかここまでとは妾も思ってなかったからのう!」


 本当に困った様子でアンゼリカはそう言うと「うーむ」と顔を天井へ向ける。

 つられたようにセイルも天井を見上げてみるが……そこに何かがあるわけでもない。


「そうじゃのう。お主をますます他国へはやるわけにはいかなくなったというのは確かじゃな」

「そう言われてもな。俺達とて、他国に行くなと言われても困る」


 当然だ。

 いつか、セイル達とてヘクス王国を出る日が来るだろう。

 今日今すぐというわけではないが、その日だって近いかもしれない。


「なに、困らんものをくれてやる。妾の婿となり、王配となればよい。お主の仲間にも望みの地位を与えよう」

「なっ……」

「姫様!?」


 セイルだけでなくソフィアが慌てたような声をあげるが、当の本人はしれっとした顔だ。


「何を驚いておる。この国で「有効」な王女は妾のみ。なれば、妾がセイルを夫とするのが当然であろう?」

「し、しかし……レヴァンド王国からの話はどうなさるのですか!」

「ああ、あの第三王子を寄越すとかいうやつか? かの国の第三王子は凡愚ともっぱらの噂。持っている固有能力は「嗅覚上昇」じゃったか? そんなもん要らんわ」


 唾でも吐きそうな顔のアンゼリカだが、セイルを見るとニマッと笑う。


「それに引き換え、見よ。セイルの美男子な事よ。おまけに固有能力まで大盤振る舞いときとる。これを放置してみよ、すぐに大国が自慢の姫を送り込んでくるぞ」


 アンゼリカからしてみれば、セイルの固有能力にはそれだけの価値がある。

 更に顔が良く、武勇にも優れる。

「王族のカリスマ」などという、まさに神に与えられたという伝承に相応しい能力に、それだけの付加価値がついてくるのだ。

 知ればどの国も欲しがる。女王を立てセイルを王配とすることだって厭わないだろう。

 

 勿論アンゼリカは教えるつもりなど微塵もないが、そういう能力を持っている王族が他国にいるかどうかなど分からない。

 一度知れれば、すぐに広がるはずだ。

 そして、それが争奪戦の合図となる。アンゼリカとヘクス王国が出せる条件など吹き飛ぶようなものがセイルに提示されるのは間違いない。


「のう、セイル。妾とこの国を盛り立てんか。こう見えて尽くすタイプじゃぞ?」


 身を乗り出してくるアンゼリカを、セイルは静かな目で見る。

 なるほど、アンゼリカの夫となりヘクス王国を手に入れる。

 そこから始まる何かが、あの少年神のさせたい事なのかもしれない。

 それが、この国に送り込まれた理由なのかもしれない。


 けれど、そうだとしても。


「そんなのは、間違っている」

「ぬ?」

「俺も君も、互いを知らなさすぎる」

「なんじゃ、そんなものゆっくりと」

「それでは、あまりにも不幸だ」


 読み物程度ではあるが、セイルとて王族の婚姻が自由にならないものだということくらいは知っている。

 王族は国の利益の為に婚姻を行うし、今セイルが求婚されたのもそうなのだろう。

 それは理解できる、理解できる……が。


「俺がとんでもない男だったらどうする。アンゼリカ、君を一生不幸にすることになるぞ。子供を作れない身体だったりしたらどうする、君の狙いは水泡に帰す。いや、もっと酷い何かがあるかもしれない」

「……ふ」


 しかし、セイルのそんな説得にアンゼリカは気の抜けた笑い声を漏らす。


「とんでもない男はそんな事は言わんよ、セイル」

「む」

「しかしまあ、お主の言いたい事は理解した。ならば、此処は一つ約束をしようではないか」

「約束?」

「ああ。なに、簡単じゃ。妾が再度求婚するまで、他の話を承諾せんでくれ。どうじゃ?」


 なるほど、要は他の国の王女とやらを近づけたくないのだろうとセイルは理解する。

 まあ、そうだとしてもアンゼリカ王女と結婚するかどうかは別の話なのだが……。


「……分かった。とはいえ、永遠にと言われても困る。この約束は1年更新ということでどうか。異議や変更点があれば互いに協議することにしよう」

「うむ、それでよい」


 契約成立じゃな、と言うアンゼリカの差し出した手を、セイルは握る。

 妙な約束をしてしまったな、と。そんな事を考えながら。

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