王女アンゼリカ

「二組目……?」

「ええ、数日前には物凄い美形が来ましたよ。いえ、貴方程ではなかったですが……」


 予想外の賛辞にセイルが思わず身を引くと、兵士は慌てたように手を振る。


「い、いえいえ! おかしな意味じゃなくてですね!」

「ああ、分かっている」


 言いながらもセイルは身を引いたままだが、兵士はなんとかフォローしようと言葉を探している。


「あー、ほら。名のある冒険者の方々っていうのは大抵荒々しいんですよ。美形とかそういうのとは程遠くなるんですね?」

「なるほどな」


 確かに歴戦の者はそれに応じた傷がつくだろう。

 鍛えるほど身体も出来上がり、恐ろしげな風貌になることもあるかもしれない。

 レベルアップなどというものが出来るセイル達がズルいのであり、普通はそうやって実力を増していくものなのだ。


「それなのに、この前来られた方は随分と線の細い美形で、驚いたものです」

「そうなのか。その言い様からして一人なのか?」

「ええ。なんて名乗ってましたかね。確か、えーと……」

「お待たせしました!」


 その名前が出るその前に、先程の兵士がガシャガシャと音を立てて走ってくる。


「確認がとれました。中にお通しするように命令を受けておりますので、どうぞ」


 そう言うと、兵士二人は一糸乱れぬ動きで橋を挟んだ両側へと立つ。

 カンッと斧槍が地面を打ち、それを合図とするかのように橋の奥……門の前に立つ兵士も同じように門の両側で同じ姿勢をとる。


「ああ、ありがとう。では入らせていただく」


 セイル達がそう答え歩き出すと、「くれぐれも姫様にご無礼無きように」との声が追いかけてくる。


「勿論だ」


 そんな問題を起こすつもりはない。

 そんな意思を込めて橋を渡り、門の前へと辿り着く。


「セイル様ご一行、入城ー!」


 叫ぶ兵士の声に追い立てられるようにセイル達は門の奥へと進む。

 セイルは確かに「王子」ではあるが、それはこの世界では何の意味もない設定に過ぎない。

 それでも「様」付けされているのは、アンゼリカ王女の客であるからなのだろう。


「お待ちしておりました、セイル様とそのお仲間の皆様方。私は執事のエイワズでござます」


 そんな挨拶と共に頭を下げるのは、白髪の目立つ老齢の男だ。


「セイルだ。招待に応じ参じた」

「伺っております。此処よりは皆様の案内を私が務めさせて頂きます」


 腰の低い態度で話す執事……エイワズだが、ピリピリとした感覚をセイルは感じていた。

 どうやら腰は低くともセイルにある程度の警戒を向けているようでもあった。

 まあ、何処の馬の骨かも分からない男相手ではそれも当然だろう。

 気にしない事にしてセイルは頷いてみせる。


「お願いする。冒険者という無頼の身の上故、不作法もあるとは思うが」

「存じております。姫様は大らかなお方故、その程度でお怒りになられることはありませぬ」

「有難い」


 セイルの卑下については一切フォローしない辺り、本当に無頼者と思って居るのがよく分かるが……ひょっとすると、セイル達の前に来たという冒険者が何かをやらかしたのかもしれない。


「そういえば、俺達の前にも来た冒険者が居ると聞いたが」

「そうでございますね」


 エイワズはそれ以上話す気はない、と言うかのように端的に答え足を速める。

 なるほど、どうやら「前に来た誰か」が何かやらかしたのは確実そうだ。

 そんな事を考えながらセイルは苦笑する。

 

 城の扉を潜り、広間を抜けて一つの扉の前へと案内される。


「セイル様ご一行をお連れしました」

「うむ。ではセイルだけ入れよ」

「承知致しました」


 エイワズは「では、セイル様のみ。どうぞお入りください」とセイルに伝えてくる。


「……俺は武器を持ったままだが。預けずともいいのか?」

「姫様から良いと伺っております。無論、何かあれば命の保証は出来かねますが」


 目を細めるエイワズに「そうか」とだけ答えると、セイルはアミル達へと向き直る。


「そういうことだ。お前達は待っていてくれ」

「はい、お気をつけて」


 アミルが代表してそう答えるのに頷きで返し、セイルは扉を開ける。

 そうして露わになった部屋の中には……ソファに座る一人の少女と、その背後を固める何人かの完全武装の騎士の姿があった。


「おお、貴方がセイルか。さあ、早く入れ。待ちくたびれたぞ」


 待ちくたびれたという程待たせてはいないはずだが……恐らくは兵士からの連絡がいった時点で姫がもう部屋に移動していたのだろう。

 セイルが「失礼する」と言って部屋に入ると、騎士達がジロリと睨みつけてくるのが分かる。

 

「お待たせしてしまいましたか。それは申し訳ありません」


 可能な限りの笑顔を作ってセイルがそう言うと、少女は嫌そうな顔をする。


「あー、やめろやめろ。そんな慣れていない敬語を使われても薄気味悪いわ」

「む」

「冒険者に殊勝な態度など最初から期待しとらん。素の貴方を見せてみろ」


 言いながらニヤニヤと笑う少女を見て、セイルはふうと息を吐く。


「ご無礼無きように、と言われておりますが?」

「それは私よりも上の者の言葉か?」

「……さて。俺はまだ貴女が何処の何方かであるか伺っておりませんので……お答えできかねます」


 セイルがそう答えると、少女はキョトンとしたような顔をした後……クスクスと可笑しそうに笑いだす。


「……なるほど」

「お名前を伺っても?」


 セイルがそう聞くと、少女はソファから立ち上がり一礼する。


「はい。私はアンゼリカ様の侍女、ソフィアと申します。試すような真似をしたこと、申し訳ございません。姫様はすぐに」

「おお、ソフィア! どうやらその様子だとセイルは合格のようじゃの!?」


 扉を開けて金髪の少女が飛び込んできたのは、その瞬間の事だった。

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