やがて本当の英雄譚 ノーマルガチャしかないけど、それでも世界を救えますか?
天野ハザマ
俺は選ばれたらしい
「ようやく目が覚めたか」
そんな声とともに、健は目覚めた。
身体は妙に重くて、自分のものではないような感覚さえある。
見上げた天井はただひたすらに白く、どう見ても知っている天井ではない。
「……ああ、これが「知らない天井だ」ってやつか」
「天井なんかどうでもいいだろ。それより起きろ」
イライラとした様子の声に、健は身体をゆっくりと起こす。
ガチャリ、となった不思議な音……自分が鎧を着ていると知ったのは、その瞬間だ。
「は? 鎧……って、ええ!?」
起きたら鎧を着てた。わけが分からない。
しかもこの鎧、なんとなく見覚えがあるようなないような……そんな気がする。
いや、それよりも。なんで知らない場所で寝ているのか?
寝てしまう前、自分は何をしていた?
「いい加減にしろよ、ケン・シドウ。君の混乱は理解できないでもないが、僕の時間は貴重なんだ」
再度聞こえてきたその声に、健は……志藤 健は、その声の聞こえてきた方向へと振り向く。
「子供……?」
「そう見えるなら、少しは罪悪感を感じることだな」
「は? いや、君は誰だ。此処はどこだ? 俺はなんでコスプレしてる? そうだ、確か俺は……」
思い出してきた。健は確か、仕事から帰ってきた後ウキウキ気分でガチャを回していたのだ。
スマートフォンのソーシャルゲーム「カオスディスティニー」。
古き良きファンタジー世界の設定を踏襲する魅力的なストーリーと、運営による搾取精神に満ち溢れた凶悪かつ魅力的……そして無数の怨嗟と一部の勝利の雄叫びを響かせるガチャで名を馳せるゲームだ。
魔族との戦いによって国を失った亡国の王子「セイル(変名可)」が仲間を集めて義勇軍を作り、平和を取り戻すために戦う……というゲームなのだが。
このガチャが、恐ろしく凶悪だ。
一昔前に流行ったノーマルとかレアとかいう表記を捨て、全てのレア度は星の数で示される。
最高のレアは星7であり、全て星7に到達可能……外れなしというのが売りだ。
これだけ聞くと酷く良心的に思えるのだが、現実は残酷だ。
初期の星が低いものと高いものでは同じ星に到達したとしても残酷なまでの性能の差があるし、星7に到達するまでには気の遠くなるような苦労を要する。
つまり、強くなりたければ課金要素であるレアガチャを引かなければいけないわけだが……このレアガチャからのみ排出されるものがカッコよかったり可愛かったりと、とにかく購買欲を煽る。
一定の間隔で限定キャラが排出されるピックアップガチャも存在し、健もちょっと考えたくないくらいに金を貢いできたものだ。
そう、今日も確か……。
「そうだ、思い出した。俺のスマホ! 俺の虹演出! アルファは……!」
『古代の機姫アルファ』、ピックアップガチャ。確か星5を約束する虹演出が出た瞬間までは覚えている。
だが、そこから先の記憶がない。スマホは、アルファはどうなったのか。
「度し難いな。死んでまでガチャのことか。まあ、そんなんだから混ざってしまったんだろうが……ちょっと哀れになってきたぞ」
「は? 死んだ……?」
「そうだ、君は死んだ。 分かりやすく言うと、その虹演出とやらに興奮し過ぎて死んだ。あまりにも酷すぎて、君の魂は死後にSR分類されたくらいだ」
SR。スーパーレア。懐かしい響きに一瞬和みかけるが、健の頭をすぐに混乱が埋め尽くす。
「死んだって……え、じゃあ此処は死後の世界ってことなのか!? じゃあまさか俺が鎧着てるのって転生とかそういう……」
「話が早いな、流石に異世界好きピックアップガチャだ。話が早いのは助かる」
言いながら、少年は虚空から大きな鏡を取り出し健へと向ける。
「は……?」
サラサラの、ちょっと前髪長めの茶色の髪。
身に纏うのは、ちょっとくすんだ鋼色の胸部鎧。
腰のベルトには一本の剣がぶら下がり、身体も健のものとは比べようもないほどに引き締まった筋肉質。
その姿は……どう見ても「カオスディスティニー」の主人公、セイルのものだ。
「はああああ!? セイル!? 俺が!? え、じゃあまさかカオディスの世界に転生とかそういう流れ!?」
「うんうん、実に話が早くていいがそうじゃない。カオなんとかってのがアレだろ。カオスディスティニーとかいう、君が死ぬ直前に遊んでたゲームの」
「そうだ神様! 俺のガチャ! アルファは引けたんだよな! ならアルファをお供としてつけてくれよ! そしたら世界でも何でも救うから!」
「待て待て、話が早すぎる。あと近い、寄るな」
急に鼻息荒く近づいてくる健をウザそうに押し返すと、少年は溜息をつく。
「そもそもだな、僕の世界はそのゲームの世界じゃない。それと、君が引けたのはそのアルファとやらじゃない」
「……え? まさかのすり抜け?」
「君が引いたものはそら、腰に下がってるだろう」
言われて、健は自分の腰に下がった剣を見る。
「鑑定、と言ってみろ」
「……鑑定」
名称:王剣ヴァルブレイド
レア:☆☆☆☆☆★★
物理攻撃:500
・セイル専用
・アビリティ「ヴァルスラッシュ」追加
・「統率」が「王族のカリスマ」に変化
「あ、ああああああああ……」
すり抜けだ。それも、キャラじゃなくて武器である。
そう、カオスディスティニーのガチャが凶悪と言われる所以の一つが此処にある。
キャラガチャと装備ガチャの区別がなく、しかも汎用装備も専用装備もゴッチャに出る。
一つのキャラを装備含み完品で揃えるのはリセマラではほぼ確実に不可能であり、それ故に誰もが重課金という地獄に望んで落ちていく。
「で、心残りも消えたところで。そろそろ話をまともに聞く気になったか?」
「え……あ、はい」
崩れ落ちた健に、少年は小さく溜息をつく。
「いいか。君は死んだ。そして地球の神にトレード用のガチャ景品にされたんだ」
「え……神様の世界にもガチャとか」
「ある。公平な取り引きの為にな。あらゆる次元から集められた魂のトレード用のガチャがある。何の為かは想像がつくな?」
「は、はい! 世界を救うためですよね! 異世界の魂を呼んでチート能力がどうのっていう!」
「そうだ。詳しい理屈は省くが、異世界の魂というものは規格が違うせいで加工する余地が大きい。強力な能力を付与しやすいわけだな」
それを聞いて、健は興奮する。
異世界転生。密かに憧れていたものが今、此処にある。
しかも、今の自分はカオスディスティニーのセイルなのだ。
そう考えると、ヴァルブレイドも悪くない……いや、むしろ最高だ。
「で、だ。端的に言うと君はゴミレアだ。SR……スーパーレアとは思えないほどにな」
「……え?」
「まず、魂全体の価値が恐ろしく低い。拡張性もほとんどない。何処かを削って改造しようにも、削れる部分がほとんどない。正直言って、君を混ぜ込んだ地球の神に怒鳴り込むレベルだ」
「えーと……」
「しかし、それでも代償として50の魂を他世界に放出している。引いた以上は、君でどうにかするしかない」
「えっと、そのガチャって……もしかして」
「自分の世界の魂50と引き換えに、他世界の「英雄と成り得る魂1」を召喚する。そういうものだ。理解したか」
「あ、はい」
再びイライラし始めた少年に、健はそう答える。なんだかこれ以上刺激してはいけない気がしたのだ。
「とにかく、僕の世界をどうにかするには君にやる気と実力を持って貰わなければどうしようもない。そこでまず僕は、君にカオスディスティニーとやらの「セイル」の身体と、君が死ぬほど嬉しがった「ガチャの最後の結果」を与えた」
「あ、ありがとうございます」
「ああ。で、だ。ゴミレアの君を改造する為に僕自身の力を注ぎ込んだ結果、君は本来の性能からでは有り得ないほどに強化された。その代償に僕は力を一時的にほとんど失ったがな」
なるほど、と健は理解する。
つまり、この身体にはやはりチートな能力が与えられているのだ。
定番で考えるに、やはりガチャ能力だろうか。
カオスディスティニーはガチャを引いて軍団を揃えるシミュレーションゲームだ。
たぶんレアガチャを引くには結構な苦労が必要だろうが、そんなもの……。
「で、君にはセイルの能力に加えて「ノーマルガチャ」の能力を与えた」
「え、ノーマル……? レアガチャは……?」
呆けたように聞く健に、少年は舌打ちをする。
「そんな余力が僕に残ってるように見えるのか? 君をその身体に改造して武器を与えてやるだけでも、かなり苦労したんだぞ。ハッキリ言うと、ゴミ通り越して産廃レアだったんだ君は」
「え、ええー……」
「だが、そんな君でも僕の世界に来た以上は愛すべき子の一人だ。最大の愛を混めて可能な限りの強化を施した……当然君にも、それに応えて貰うぞ」
有無を言わせぬ威圧を放つ少年に、健は少しビビリながらも「はい」と答える。
すると、少年の威圧が和らぎ……少しだけ満足そうになる。
「君の性根が善なのは救いだな。さて、君に僕の世界でやって貰うべき事だが……簡単だ。英雄として振舞え。それでいい」
「は? 英雄って……」
「健闘を祈る、ケン……いいや、セイル。精々、世界の模範となれ」
そんな言葉を最後に、健の……いや、セイルの意識は遠のいていった。
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