ver 00.2

 腕の中の彼は泣き止む様子は見せず、小さく吃逆しながら背にある手は服を握りつぶしていた。

 子どもをあやすように何度も私は背を撫ぜる。ゆっくりゆっくり規則正しく撫でていると突然、彼の身体から力が抜ける。

 おっと抱きとめると矢張りトワイライトは寝てしまっていた。よくよく見れば綺麗だったろう栗色の髪は絡み合い、服はボロボロだ。手の傷も多いし顔は見るからに疲れ果ててた。

 ――今の私の顔と一緒だね。などと思いながら彼を抱き上げる。本当に男性キャラで作っておいてよかったと思った。体格はトワイライトよりがっちりしているパラディンという前衛職がミドガルズわたしだ。

 別段とこれといった職業は考えてはなかったがホームページを見てマントがカッコイイという理由でなったジョブ、やり始めたのは友達に誘われて、なんてことのない理由で始めたMMORPGで出会ったかけがえのない仲間たち。現実逃避とか言われていることも多いけれど私にとっては息抜きに過ぎない。

 ギルドマスターのレーラズさんも憩いの場になればいいと放任主義なところもある。怒ると怖いけれど。

 確か、ここが作戦会議場を兼ねた居間みたいなものだから、記憶を頼りにベッドのある寝室へトワイライトを抱き上げる。

 随分と軽い。いや今まで画面越しにしか見たことがないのだから重さやら格好やらリアルに寄っている分、とても新鮮だ。

 私だって現実から非現実に飛ばされて混乱していることは確かだけれど、それ以上に混乱し泣きじゃくる弟分を見れば冷静にもなる。

 肩を貸してトワイライトを運んでいけば目的の部屋の到着だ。空いている手でドアを開ける。

 絶句した。そこら辺に散らばる布団、おそらく男女分けたであろう衝立で仕切られた部屋。何より異様なのは布団のセットがゆうに十以上あることだ。

 まだ過程だけれど『トワイライトは何らかの理由で、このMMORPGに閉じ込められてしまった』そしてそれは他のギルメンも同じだったのだ。

 私だけ、そこにいなかった。正直、身体に電撃が走る。私の知らない所でギルメンが傷つき、最終的にはトワイライトしか残らなかったのである。

 その事実は彼の心に多大なる傷を負わせたことだろう。

 女性たちが使っていただろう大きめのベッドにトワイライトを横たわらせて一息つく。

 どうしてこうなったのか分からない。彼の言う「どうして」を思えばログインをしてほしくなかったのだ。

 ならログインすることで異世界に取り込まれてしまう、という事だろう。我ながら冷静だ。しかし戻り方は? 他のギルメンは?

 他に閉じ込められた人は?

 疑問は次々と浮かぶ。なら、簡単だ。こういうことに対して日誌を書いてくれる人がいる。レーラズさんだ。

 とてもマメな人で、その日のギルド対戦のデータを逐一とって再戦となれば意気揚々と「リベンジです。わかりますか?」と発破をかけるほど苛烈さを持ち合わせた人だから、そう日記ぐらいはあるだろう。

 トワイライトに布団をかけ、私はギルドマスターの執務室に向かった。そんなに遠くない。

 それでも急ぎ足で向かい木製の扉を開け放った。

 気品のある赤絨毯に執務机、背のエンブレム、気取った羽根つきペンと散らばった紙と目的の本。パソコンにとってあった情報が本化したのだろうか、画面上で見たことのない本棚の群れが部屋の壁に沿って並んでいた。

 そして本命は簡単に見つかる。机の上に堂々と『ミドガルズくんへ』と紙が貼られている本があったからだ。

 少しばかり怖い、というのが本音だ。ここにあるのは私がログインしなくなった後の未知なる言葉が、トワイライトを混乱させ独りにさせた何かが書いてある。

 痛い。息が詰まる。本を手に取る。そっと表紙をめくると始まりは簡潔だった。


『ミドガルズくんへ、もし君がログインしてしまい私たちと一緒の立場になった時の為に書き記しておきます。そして私たちが消えてしまっていた場合、現実に戻れた場合、色々試してはみますが、それでもダメだった場合、出来る限りのことを書いておきます。どうか君がログインしませんように』


 ぐわっと胸から鼻の奥に衝撃が走る。正直、泣きたかった。責任感の強いレーラズさんの願いが理不尽にも私の我がままで現実化してしまい、彼の杞憂が本当になってしまったことが辛い。


『ミドガルズくんが就活で休止した後、富田さんがゲームの世界にいる、と言い始めました。なんでも眠くなり寝落ちすると思った瞬間にはゲームの中にいた。なぜか分からない、と。まだ現実にいた私たちは富田さんの冗談かと思っていましたが一挙一動がゲーム操作の時よりも細かく出来なかったことまで出来るようになっていました。例えば家具の移動、操作しなくてもできるアイテム譲渡、上げるときりがありません。とにかく何か起こっているということが分かりました。それでも私たちは半信半疑ではあるものの富田さんが現実世界に戻れるよう行動をしました。

最初は運営に連絡をしました。反応は空振り、富田さんのゲームではありえない行動も説明し本人も矢面にでましたが信じてもらえず、いえ、運営側の記録上、富田さんのキャラクターは電子情報は通常と変わらずゲームで出来ること以外のことはしていない、ログでもおかしなところがない。中に意識が入っている訳はない、なりきりだろう、と言われました。

データがそうならば、そうなのでしょう。二回目に寝落ちた瞬間ということで寝るという選択肢を取りました。これも空振りでした。そして少しずつギルドメンバーたちが富田さんと同じ状況でゲームの中に意識が入ってしまう、という現象が続き、最終的には私もこの世界へやってきました。

私は現実からゲームに意識を移された、と仮説を立てトワイライトに私の家へ来るよう言い渡しました。答えは、私は居ました。そして私と同じ行動をし仕事をし日常生活を送っていたそうです。トワイライトは、その異様な光景に耐えられなかったようで逃げ出してしまったと謝られました。本当に悪い事をしてしまった。

他のギルドメンバーも同じでした同郷同士が住所を教えて様子を見に行けば、なんてこともなく行動をしているギルドメンバーが居たと。

その中でコロコロさんが同郷のリアル友達である偽トックリさんと現実世界で話したそうです。答えは簡単でした「ゲームやっているよ」と返され恐怖を感じ逃げてしまったと後悔していました。その後コロコロさんも同じ現象に合いゲームの世界に来ました』


 そこまで読んで私は本を閉じた。理解が追い付かない。こんなにも冷静に書かれているのに現実は、この世界は酷く冷たくなった気がする。最後まで読まねばならない。それは理解できる。しかし怖い。結果的にトワイライトしか残らなかった現状が続きにあるだろう。でも耐えられなかった。

 私は本を閉じて元々置いてあった位置に戻すとトワイライトの元へ戻る。

 彼は寝ていた。安心したようで深く深く眠っているのだろう。独りになって眠れない日も多かっただろう。

 なぜならトワイライトは、たった独りきりになってしまっていたのだから。

 本に書かれた記述を思い出しながら彼の見た。規則正しく動く胸板、涙を流して腫らした目、かさついた唇、私がこの世界に入り込むまで神経を擦り減らし生きてきたんだ。

 私はトワイライトが寝ているベッドの横に椅子を持ってきて座り、目を瞑る。きっと現実世界には戻れないだろう。いや戻ってほしくない。彼を独りきりには、もう出来ない。そう願いつつ目を閉じた。

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