たったふたりの異世界ファンタジア
朶骸なくす
ver 00.1
今日もお祈り申し上げます、と言われた。
祈られてもいない手紙をベッドに放り投げて、次はメールのチェックをしないといけない。もちろん書かれていたのは「お祈り申し上げます」とのこと。
巷で噂の百社から本番とはなんだったんだろうか、もうゆうに百社を超えて祈られすぎた自分は神様にでもなれそうだ。
少し眠い。
明日も面接がある。その面接のあと予備で違うところへエントリーシートを提出しないといけない。
疲れた。
その一言で片付く毎日に、ちらりと偶然にも懐かしいゲームにカーソルが重なった。それは就職活動前までにやっていたMMOゲームだ。広大なステージ、色々な人と出会えるギルド、ダンジョン攻略にギルドバトル。もう遠い昔に感じるが「就活だから」と言って休止して、まだ半年も経っていない。
ギルドマスターやらギルドメンバーは快く送り出してくれたし、百社から、は先人のギルメンから貰った言葉だ。
「うそじゃん、もー」
キサララギさん元気かな、今日も社畜してんのかな、と思い出す。職業は治療師。ネタ武器が大好きでブラックなネタと下ネタ大好きな社会人さん。ギルドマスターのレーラズさんも社会人で、暴走するキサララギさんを止めたりしていた。壮行会では「いつでも帰っておいで。ギルドはなくならないから」と言ってくれた。懐かしい、涙がでてくる。
祈られすぎていると逆に呪いにでもかかっているんじゃないかと錯覚してしまいそうで。
「……怒られるだろうな」
レーラズさんは締める所は締める人だから壮行会をしたのに戻ったら……。いやキサララギさんや富田さんに色々言われそうだ。でも、それが欲しい。
ゲームだけども、されどゲーム。小さいアイコンのギルメンたちの絵が目の前によみがえってくる。
眠気と戦いながら、ちょっとだけ、とダブルクリックした。そうすれば開かれるウィンドウとロード画面。入力するところを入力してクリック。早く会いたい。少しなじってもらっても構わない。我ながら甘えん坊だなと思いつつ、ギルメンたちの言葉を待っているはず、だった。
画面にはギルドホーム、ギルドメンバー画面を開こうとして瞼が閉じた。意識は、あ、寝落ちる。そんな感想。きっと起きた時には沢山のコメントが並んでいるのだろうな、そう思いながら何かに引っ張られるように眠りについた。
ガンッと響いた音に身体を揺らす。それは寝ていた時、不意に訪れる落下の衝撃にも似たもので机から落ちたかと目を開ける。
そこは部屋ではない。石の壁、赤毛布の絨毯、古さを思わせる木製の机、飾られたエンブレム、それは、
「――は?」
何度も光の箱の中で見たギルドホームを立体化したような場所だ。我ながら立派な想像力の夢だ。
まだ重く鈍い頭を起こして周りを見る。やっぱりそうだホームだ。ぐるりと見渡して気づく。起こされた音の発生源はすぐ傍にいた。
「あ、あ、ミドガルズさん」
それは自分の名前だ。ゲーム名。それを呼んでくれたのはギルドメンバーで最年少の、
「トワイライト、くん?」
法師の職で所謂殴るお坊様なジョブの彼を覚えている。初めてのゲームだということ、誘ってくれたのはレーラズさんということ、そして互いに親戚だということ。
そんなんだから皆で弟のように世話を焼いた。彼がなりたかったステゴロ坊主さんに就職して低姿勢な彼に「困っている人がいたら、その人に施してあげればいい」坊主なんだし、とキサララギさんが言ってたっけ。
「どうして」
彼の顔がくしゃりと泣き顔になった。
「どうしてきちゃったんですか」
ぽろぽろと泣き出してしまう彼に手を伸ばそうとしてパンッといい音で跳ね返される。
「どうして!!」
「どうしてって……」
まだ頭が重い。のっそりと起き上がった時、自分の手を見て驚いた。それはテレビでしか見ない百戦錬磨のスポーツ選手や職人の手に似ている。鍛えて鍛えて鍛えぬいた先にあるゴツゴツとした手。自分の手ではない。
そりゃそうだ。周りにあることは事実ならば自分の手であるのはおかしいだろう。でも夢にしてはリアルすぎる。
なんだこれ――と思いたいのに、そんなことよりも泣き出してしまったトワイライトをどうにかしなければと起き上がり再度、手を伸ばした。
次は叩かれなかった。彼は大きな体躯を丸めてボロボロと泣くことに忙しい。
ああ、こういう時はどうすればよかったんだっけ――。
色々と入り混じる気持ちより年下の弟分を抱きしめた。冷静な部分で中性的なキャラメイクしといてよかったと思い、そんなに泣かなくてもいいと想う。
「大丈夫、大丈夫」
根拠のない「大丈夫」だけども腕の中の彼は安心したようで、背に手が回ってくる。寂しかったのだろう、苦しかったのだろう。ぐちゃぐちゃに踏み荒らされた心を誰かに抱いてほしかったんだ。分かる。だから私もゲームを起動したんだ。
「大丈夫だから」
それはトワイライトくんにも、この未知なる現象に対面した私への言葉でもあった。
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