第4話 決意

「僕は一体どうなってしまったんでしょうか」


 自分の体に触れながら眉間にしわが寄るのを止められない。


「来るべき時が来たという事だよ」


 初老を過ぎて真っ白になった眉を弄りながら院長先生は呟く。


「あぁ……なるほど」


 それで僕は納得してしまった。

 前々から言われていたことだ。

 来るべき時とはつまり――。


「もう戻れませんか」


「ああ」


 短いやり取り。だけどそれだけで十分だった。


「彼女は……」


「残念だが」


 間に合わなかった。助けられなかった。


「君の中で生きていけることが唯一の救いだろう」


「……」


 それが救いになるのか、僕にはわからない。


「前にも言ったが」


「分かっています」


 言われなくても。それは覚悟していたこと。


「普通ではいられない、そういうことでしょう」


 僕は少しの間、目を閉じる。

 親もいない。親戚とも面識はない。友達もいない。誰も助けてくれない。

 そんな中でも普通であろうとした。彼女が唯一僕の綺羅星だった。

 その星も今はない。輝くことすら許されない。

 もう甘えの時間は終わり。弱い自分は許されない。

 何より自分が――許さない。


「いいでしょう」


 僕の決意は揺るがない。


「あの話、受けましょう」


 もう二度と大切なものは失わない。


「いいのかい?」


 分かり切った答えを求める人だ。


「はい。それが僕の進む道です」



 こうして僕は『普通』であることをやめた。

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