第34話 諦めが悪いのね
ゲートによる施術の翌々日、学校に行かないどころか家のなかにひきこもってるという生活にも慣れ始め、だんだん生活が崩れ始めるころ。昼寝をしようと布団のなかでまどろんでいたルナのことを、ネネがゆさぶって起こしてきた。
「ルナお姉ちゃん。マリーさんたちから連絡だよ」
「うーん……もしもし……」
「私メリーさん。いえ、マリーさんだったわね。ルナ、起きてるかしら?」
ネネに端末をやや強引に渡され、寝ぼけた声でおはようというしかなく、ひとまず顔を洗う時間は待っていてもらった。それからいったい何の用件で連絡をよこしたのか聞いて、ある程度クリアになった頭にマリーさんの話をつめこもうとした。
「さっそく本題でいいかしら。ルナが出会した、トールって女、いたじゃない。彼女の元の人間がわかったみたいよ」
「えっ?」
「決め手は血痕よ。おとついゲートがそっちへ行ったでしょう、そのときに地面から、ね」
警察でもいればもっと早かったのに、と言い出すマリーさん。方法には触れなかったが、たぶん異界的な儀式なのだろう。寝起きのせいかあまり興味をそそられず追求はしなかった。それよりも、あのトールの入っている身体の持ち主が誰か、が問題だった。ルナとしては知識欲はそちらに傾いている。
「その人間は……簡単に言うと、もうこの世にはいないわ」
はじめは、ルナのほうでは驚きはなかった。実現した都市伝説は、誰かの心を塗り潰して人の身体を手に入れるのだから。その過程で誰かが犠牲になっているということは、もう知っていて告げられる覚悟をしていた。
「いえ、都市伝説が塗り潰したんじゃないわ。死因は刃物ね」
「え、どういうこと?」
どうやら事情が違うらしい。トールにされてしまった人間は「高木モミ」というそうだが、そのモミは何年も前の凶悪な殺人事件で亡くなっているというのだ。自治体からは死亡しているものとして扱われているし、犯人も逮捕されて現在服役中とのことだった。
だが、そんな女性がどうして都市伝説に塗り潰されるのだろう。
まずゲートが出した結論が間違っているとは疑わないにしても、事件が本当にあったかを疑ったりときりがなかった。
ただわかるのは、その事件においてモミの「妹」もまた刺されてしまっていたとのことだった。
思い出すのはトールの行動や言動だ。ルナだけを狙い、傷つけるのではなく連れ去ろうとしてくる。自らを「お姉さん」と称する。など、いくつか引っ掛かる点は思い付いた。
もしかすると。トールにはモミの意志がかすかにでも残っていて、それが影響しているのではないか。
なんて考えてみると、トールのことがかわいそうに思えたし、同情の思いが芽生えてくる。
そんなルナの様子を見抜いていたのか、ネネはルナにこう言った。
「ルナお姉ちゃん。いくら相手がかわいそうだからって、ルナお姉ちゃんが犠牲になったら元も子もないんだからね。メリーさんも、ゲートおねえさんも、マリーさんも……ボクもそう。ルナお姉ちゃんを守りたいと思ってるの。勝手なことを言っちゃうけど、それだけは覚えておいてほしいな」
ルナはネネの言葉を無視できない。少しでも、自分が妹になれば事がすむのかなと考えてしまっていたからだ。
そうだ。その事実を知ることができたのも、みんながルナのためにがんばってくれている証拠なんだから、諦めるわけにはいかない。
「ありがとう、ネネちゃん。みんな。私、がんばってみるよ」
感謝の気持ちは確かにあった。何をがんばるべきかは、よくわかっていなかったけれど。
◇
誰もが寝静まったころに、彼女は現れる。いくら妨害の工作があったとしても、強引に押し入って、無理矢理にでもこじ開けて、彼女は迎えにいく。
妹が欲しい。自らの愛が必要で、自らの愛を受け入れてくれて、自らの愛を注いでくれる存在が欲しい。いつもなにかが足りなくて、その大柄な身体の傍らにはなにかが必要だった。
故に、いつだって長身の都市伝説は誰かを連れ去ってゆく。
ガラスをひっかき、きいきいと鳴らす。窓越しに小さな悲鳴と、目的の少女を安心させようとする邪魔な人形の声がした。
もう我慢の限界に近かったトールは、力任せに窓を叩き割ることも考えた。考えたが、ただの人間どもが集まってくるのはいただけない。再びそっと、自らの背から影を伸ばした。
「ぼぼぼっ、ルナちゃん、今度こそ、来てくれる……?」
伸ばした影は、何かしら妨害を受けつつも窓の施錠をはずしてしまう。前と同じように、直接二階のルナの部屋へと侵入し、またしてもルナをかばうように立っているメリーさんを見下ろした。
「あら。うどの大木って、諦めが悪いのね」
「……ぼぼ。でく人形こそ、諦めが悪い」
影を伸ばしてメリーさんのことを攻撃する。身体能力はあっても、戦うには狭いルナの部屋では全力が出せないのをトールは知っていた。
光線を屋内で使いたがらないのも、トール自身ではなくこっくりさんの推測だが、知っていた。
「遅い……ぼっ、ぼぼ、あくびがでちゃう」
メリーさんが影への応戦に気を取られている隙に、トールはその腕を本来よりも長く、異様なまでに伸ばして彼女を拘束した。何度か巻き付ければ、締め付けられてなかなか動くことができない。
なによこれ、とうめくメリーさん。トールにとってその人形は必要がなかったので、適当に頭を壁に叩きつけさせて黙らせた。さすがの諦めが悪いでく人形といっても、ひびが入れば大人しくなった。
「……もう邪魔なのはいないよ。ほら、ルナちゃん、お姉さんにまかせて、ね」
空いている腕を差し伸べた。ルナは応えようとしない。隣にいる派手な格好の人間、たしかネネといったか、に抱きついて動こうとしない。
トールとしては、ネネのほうはいらなかった。だから、メリーさんでも鈍器に使って黙らせようと考えた。軟体動物のようにうねる腕を振り回し、ネネを叩き潰そうとする。
ルナはあわてて目を逸らし、ネネに逃げる素振りはなく、トールも事務的に終わるだろうと見積もっていた。
「ぬ、ぐぅうっ……!」
しかし、ネネを叩き潰すことはできなかった。
なぜならば、棚のかすかなすきまから飛び出してきた乱入者が受け止めようと踏ん張っていたからだ。
「ぼっ……スキマ女?」
「トールさん、知ってますか。たくさんの人がルナさんを守りたいと思ってるって」
トールは黙りこんだ。自分が遣わしただけの都市伝説が裏切ったとき、なにを言い出すのか興味がわいたからだ。
「ネネさんも、メリーさんも。ルナさんのために戦ってるんです」
「……ぼぼ、それがどうかした?」
表情を変えることなく、聞き返した。
そんなことがあるからといって、トールが諦めると思っているのだろうか。裏切った理由が弱すぎる。元の雇い主に啖呵をきるのなら、もっとちゃんとした主張を用意してもらいたいものだが。
「高木モミさん。でしたっけ、その身体」
トールは首をかしげた。そんな名前をトール自身は聞いたことがなかった。
が、記憶のどこかに、かすかに残っている名前のような気もした。
「モミさん。あなたはたしかに妹を亡くしたかもしれません。けど、ルナさんはあなたの妹さんじゃないし、あなたはもう──」
「ぼぼ、もう飽きた。いいよ、スキマ女」
メリーさんを拘束している腕をすこし動かして、やかましい相手の首を適当な方向にねじまげる。これで黙ってくれるのだから簡単だ。
せっかく呼び出したのに幻滅した。スキマ女はトールに向かって使うつもりだったろうナイフを落とし、力の抜けていくままに倒れこんでいく。
やがて消滅し、元の世界へ戻っていくだろう。もっとも、ちゃんとした人型でこっちへ帰ってこれるのはかなり先の話になるだろうが。
「……トール、お姉さん」
次はルナが立ち上がった。ついに観念してくれたのだろうか。トールはなるべく自然な笑顔をこころがけ、再び手をのばす。
「私、あなたを許せない」
だが、ルナが手に取ったのはスキマ女の持っていた刃物だった。がむしゃらに振り回すことで飛んでくる素人の斬撃はトールにとって予想外で、とっさにメリーさんを拘束している腕で防御してしまう。
その拘束が痛みでゆるんでしまった瞬間、メリーさんがすかさず追撃。トールの腕から脱け出されたのだ。
「ぼ、ぼぼ……!」
「やっと出られたわ。あなた、よくも私の高級ボディーにひびを入れてくれたわねッ!」
動揺していたトールは、メリーさんが懐へ飛び込んでくるのに対応しきれなかった。叩き込まれた拳で軽く吹き飛び、さらに追撃のドロップキックでそのまま窓から突き落とされ、地面に叩きつけられる。
衝撃は背中の触手で和らげたが、メリーさんによってルナの部屋から引きずり出されてしまった。すなわち、メリーさんが全力で戦えるということに他ならなかった。
「もう一回食らいなさい……メリー、ビィームッ!」
両手から放たれた二本の光線。交わりあってひとつになって、トールの身体を呑み込んだ。
熱くて、痛くて、熱くて、熱くて、それでもまだなにかが足りなくて。手を伸ばそうとして、痛くて、動けなくて。
そしてそのまま、トールは意識を手放していった。薄れゆく意識の中に最後にあったものは、ぐいっと何かに引かれる感触と、焼けつくように痛む肌の感覚だった。
◇
メリーさんはトールを撃退することに成功した。
途中はほんとうに駄目かと思ってしまったが、ルナはメリーさんとネネ、そしてスキマ女に助けられ、こうして生還したのだ。
スキマ女がいつからいたのか、そしてルナたちを見ることでなにを思っていたのかを知ることはもうできないが、確かに彼女はルナのことを助けてくれた。感謝の気持ちしかない。
ただ、肝心のトールを何者かに連れ去られてしまったのは残念だった。まさかメリーさんのビームの中から引きずり出そうとする者がいるなどとは思わなかったのだ。
ビームの中へ飛び込んだ、あの小さな影。恐らく少女だろうそれを囲んで、鈍く光るものがあった。鏡で間違いないが、ルナの顔を映してはいなかったものだ。
「塗り潰されてたみたいだけど……紫の、鏡……?」
開け放たれている窓から入り込んでくる夜風に吹かれながら、ルナは首をかしげていた。
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