第33話 かくれんぼVSかくしごと

 トールとの一件があり、登下校中も狙われる可能性もじゅうぶんにある以上はひとりで出歩かせられないということになって、ルナは学校も休むことになった。


 言い出したのはネネだ。お母さんをどう説得したのやら、話を勝手に進めてきた。ただし、そうでもしなければルナはいくらでも都市伝説を連れてくるというのは自分でも薄々わかっていて、学校には行かないというのはあっさり承知したのだった。


「明日、ゲートが来るって話になったわ。この家を安全圏にするとか」


「うん……」


 家の場所は知られてしまっている一方で、メリーさんのビームは大きなダメージを与えることができていた。相手が回復するまでの猶予に頼りきるわけにはいかないが利用しない手はなく、夜が明けたら都市伝説が入ってきにくいようにするらしい。


 一夜明けないとできないのは、ゲート側にもいろいろ準備があるからで。

 また今までやっていなかったのも、マリーさんたちも同じように影響を受けてしまうからだった。


 だけど。いまのルナのとなりには、ネネもいるし、なによりもメリーさんがいる。閉じ籠っていても、心はなんとかもちそうだった。


「あ、お姉ちゃん。おはなつみのときは、みはりにメリーさんつけておいてね」


「もちろんよ、このメリーさんが乙女の時間を守るわ!」


 ネネの無邪気なアドバイスに笑ったり、理解しているのかしていないのかよくわからないメリーさんの言葉に和まされたり。話し相手に困ることはない。


 トールがぬいぐるみたちを触っていたが、特に片付けが必要なほどでもなくて、戦闘の際に学校の荷物が机から落ちたりしていた程度だった。予想よりずっときれいなままで、トールはほんとうにぬいぐるみたちも眺めていただけだったようだ。

 いつもの食事だと喉を通らないとおかゆにしてもらった夕食を食べてから、ルナがずうっとふとんにくるまってだけいれたのはそのおかげだったのかもしれない。


 メリーさんとネネと三人で、真夜中まで談笑して、自然とやってきた眠気に身を任せ、次に目を覚ますといつの間にか日が高くまで昇っていた。

 ルナは久しぶりに朝食を抜いた。メリーさんとネネもいっしょに、お昼まで寝過ごした。叩き起こされたのは家にゲートが到着したからのようで、あわててメリーさんが迎えに行って、部屋にゲートを迎え入れた。


「意外とオカルト要素はないんだな」


 そういえば、ゲートを自宅へ呼んだのはこれが初めてだろうか。だとしたら、こんな時が最初で申し訳なかった。本当なら、もっともてなしてあげたかったのに。


「あぁ、それはまた今度な。いまはお前らが生き延びるほうが重要だろ」


 確かに、ここで作業が遅れてトールの襲撃を許せば、もう自宅へ呼ぶことも、お話すらもできなくなるかもしれないのだ。それが嫌なのはルナ自身でも痛いほどわかっていた。


 メリーさんのようなオカルトな力をもった存在があると作業がうまくいかないとのことで、メリーさんとネネには外で待ってもらった。何もネネまで、と思ったけれど、もしかするとメリーさんへの配慮かもしれない。


 ゲートがただ眠りこけていただけなわけはなく、事前の準備でほとんど終わらせてくれていたらしい。幾度か首をかしげていたゲートだったが、一時間と経たずに作業を終わらせて、もう大丈夫だと言っていた。ルナが感謝を伝えると、照れているのをごまかそうと顔を逸らしてきた。


「こっ、こんくらい当然だろ。んじゃ、メリーさんとネネにちゃんと見張っててもらえよ」


「あ。でも、ネネちゃんは普通の女の子だから、なるべく巻き込まないであげてね」


「……そうだったっけ。この家から何個も人間じゃない気配がするわけだし、てっきりこっち側だとばかり」


 ネネのことを勘違いしていたのは、そういう理由だったようだ。いや、ネネはルナのいとこなのだから、ネネが都市伝説だとするとじゃあ親族のルナは何者かという話になってしまう。


 それにしても、何個も気配がするとはどういうことだろうか。この家には仕事中のお父さんを除けば、ルナ、お母さん、メリーさん、ネネ、そしていま来てくれたゲートしかいないはずだ。なのに、どうしてふたつ以上も都市伝説の気配がするのだろう。


 もしかして、すでにトールの手下が潜んででもいるとか。


 最悪の可能性が脳裏をよぎって、ルナは首を振った。そんなことを考えてばかりいたら、不安でなにもできなくなってしまう。


 ◇


 まずいことになった。


 もともと自分はときどきこっそり報告をしろと言われて隠れていただけなのだが、その抜け出すことができなくなってしまった。


 あのゲートとかいう都市伝説によって、この家から都市伝説に類する者は出ていきにくく入りにくくなったとのこと。

 そのゲート自身は、いま自分の力で門をひらいて自宅へ戻っていった。あんなワープに入退室制限が適用されるわけもなく、ついていって出る方法を盗み見する機会もない。


 詰んだ。私こと「スキマ女」は他人の家に潜伏しようとして閉じ込められた。回収できなくなった盗聴器と同じになってしまった。どうしよう。


 メリーさんという、間違いなく人間ではなく都市伝説に類するものだろう人形が最初に戻ってきた。彼女にはまず家から出る気はないだろう。

 次に、ネネというらしい少女も戻ってくる。先程は都市伝説と間違えられていた、派手な服の子だ。スキマ女には、ルナと話しているときは特異な気配も感じられなかったのだが。


 じっと息をひそめて観察していると、ルナがすこしもじもじして、恥ずかしそうにメリーさんの袖をひいていた。トイレに行くのだろう。頬を赤らめるルナに対して、メリーさんは嬉しそうについていく。頼りにされているため気分がいいのかもしれない。


 ふたりが退室したことで、部屋にはスキマ女とネネしかいなくなった。棚のすきまに潜んで覗き見しているだけのスキマ女は、ばれないか常にひやひやしているのだが、ネネだけならまだ大丈夫かと気を抜いた。


「うん、ルナお姉ちゃんもいないし、いまのうちの話を聞こうかな」


 誰に向かって言っているのだろう。スキマ女は気になって視線を戻し、ネネのことを見る。するとなんと、目があってしまった。


 ああ、終わった。


 それがその瞬間に出てきた感想で、もはやまっすぐに近づいてくるネネと視線をあわせたまま縮こまるしかできなかった。


「ねぇねぇ。たぶんあのせいたかお姉さんの差し金だと思うけど、合ってる?」


 ネネの視線には、いつもならまったく見せない未知の恐怖が漂っている。都市伝説であるはずのスキマ女ですら本能が拒否し始める何かがあるのだ。


 スキマ女は思わず目を逸らした。そして、はい、と答えてしまう。これでトールのところには戻れない。元から、よく知らないくせにルナのことばかり話してくるような女だったから、裏切るのに抵抗はなかったけれど、ネネに対しては自分の意志よりも恐怖が勝っていた。


「じゃあ、いくつか聞くね。せいたかお姉さんたちみんなの目的は?」


「し、知らないです」


「じゃあ、せいたかお姉さんひとりだけの目的」


「それは……ルナさんを妹にすること、かも」


 ネネは顔をしかめた。


「わからなくもないけど。ルナお姉ちゃんはお姉ちゃんがいいなぁ」


 それはネネ自身の趣味の問題ではないだろうか。


 このあともスキマ女は、メリーさんとルナにばらされればそこで一巻の終わりであることを引き合いに出されて質問攻めにあった。ほとんどに答えられなかったが、それらはほんとうに知らないことだった。

 けっきょくその質問攻めはルナたちが帰ってくるまで行われ、ネネはルナたちがいるあいだはスキマ女には触れずにいてくれた。


 ときにルナやメリーさんが近くに来てひやひやさせられたものの、その日は見つからずに夜を迎えることができた。スキマ女は夜のうちに場所を移動してしまいたいと棚のところから出ていき、部屋から出ていこうとした。


「どこ行くのかな?」


 残念ながら、ネネにはすべてばれていたわけだが。

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