第31話 迎えにいくから
アルファとドリームのふたりを裏切って、こっくりさんはかつてのつるんでいた相手たちから離れた。エミリのことを忘れたかったわけではない。こっくりさんには、あの二人は邪魔だった。
企んでいることを隠しながら立ち回るには、あのふたりは賢しすぎた。かといって、味方につけるには目的がかみあっていなかった。こっくりさんが殺したいのは人間ではないのだから。
今度出会えば、恐らく敵同士になる。そうなったら、こっくりさんにふたりを殺せるだろうか。
「……いや。エミリならともかく、あのふたりなら生かす意味もなかったのう」
こっくりさんにとって、彼女らといて得だったのだろうか。考えても答えは出ない。エミリといた時間は幸福だったのは確かでも、アルファやドリームとは違う。
こっくりさんは考え事をやめた。考えるまでもなく、歯向かう者は自らの配下がやってしまうだろう。なにも言わずとも、彼女らに道徳というものはない。自分なりの美徳はあっても、他人を思いやる心を都市伝説どもは持ち合わせていないのだから。
自分達でわいわいとはしゃいでいる四人のほうへ耳をかたむける。聞こえてくるのは、ほとんどライムの声だ。それからキューピッドさんの適当な相づちもたまにある。トールは口が動いているのに声が小さくて、ヴィオレッタに至っては話す気もないのか読書に勤しんでいた。
「ヴィオレッタ、なに読んでるの?」
「官能小説」
「なにそれ?」
「いや、あんた見るからに18行ってないっしょ」
「……私は彼女の火照る身体に手を這わせ、その魅惑の」
「それ以上言うな、やめろー!」
ヴィオレッタの冗談に、よくわからなかったライムが首をかしげ、キューピッドさんはつっこみを入れる。トールはそれをあわあわしながら右往左往するのみだった。
四人に力を与えたのはこっくりさんだ。都市伝説をかき集めて奔走したのもこっくりさんだし、自分で自分に功労賞をあげたい。
そして、彼女らは集めてきた都市伝説を使って同時に産み出された。にも関わらず知識の差が出ているのは、恐らく元となった人間の人生経験に影響を受けているようだ。ヴィオレッタになったあの少女は読書家だったゆえに、そちらの世界があるということも知ってしまっていたのだろう。
あわてて話をそらすべくキューピッドさんが取り繕い、ライムの興味は別のものに移り、無知ゆえの危険な会話は終わってくれた。自分で産み出した、いわば娘のような者らがそういう話をはじめるのはあまり気分がよくない。こっくりさんにとっては新発見の事実であった。
「おぉ、そうじゃ。ぬしらにひとつ、頼まねばならぬことがある」
「……ぼ、お姉さんに、なにか?」
「うむ、わらわたちのことが知れれば確実に邪魔をしてくる者どもがいてな。奴等の目をそらすため動いてほしい」
「なにしてもいいの?」
「よいぞ、ライム。おぬしの好きなように目立てばよい」
ライムは目を輝かせる。語り継がれてきたものが都市伝説なのだから、人々のあいだで有名になれば逸話が増え、より強くなることができるのだ。もっともライムの場合はただ目立ちたがりに生まれてしまっただけだろうが。
乗り気なライムが急かしてくるような視線を送ってくるので、こっくりさんは目標の写真をいくつか取り出し、地面に広げた。州手ルナや颯トトキをはじめとした邪魔者たちを写している。先の温泉宿へ向かう一行を撮影したものがほとんどだ。
うちのひとり、九音宮ネネの写真のみは姿を見るだけでも吐き気がこみあげてきたが、どうにか抑え込んだ。心配の視線を向けられるが、なんでもないとごまかした。
「……ぼっ」
「トールお姉さん、何か見つけちゃったカンジ?」
「お姉さん、この子がいいな……」
トールは州手ルナの写真を指した。ルナは彼女に魅入られてしまったのである。
「うわー、かわいそ」
キューピッドさんはトールには聞こえないように小声で呟いた。トールに目をつけられるのがどういうことか。彼女が害を及ぼしてくる都市伝説を元としている、なんて知っている者にはすぐに察しがついた。
「いちおう聞いとくけど、どのへんがヒットしちゃったわけ?」
「……えっとね。この素直そうな表情が、妹力」
「いもうとぢからね。なるほどね。わかんない」
「ぼっ……」
頬を染めるときも、トールは地声とは違う特有の低い鳴き声を発する。照れているのか、それとも今から呪いを発揮しているのだろうか。
「待ってて、お姉さんが迎えにいくから」
その言葉は、ただ見ていただけのこっくりさんにまで背筋に冷たいものを走らせる。冷や汗をひとつぶ垂らしながらも、こっくりさんはキューピッドさんと同じように苦笑いを浮かべるのだった。
◇
一方、裏切られた側であるアルファとドリームのふたり。彼女らは森の中でそのまま、特にドリームがいつもより不満そうにしていた。頬をふくらませていて、珍しくも笑顔にはあまり見えない。彼女らが切り株はふたつ空いており、四人から欠けていったことを明らかにしていた。
「なんで人面魚しか出さないでやめちゃったんですか~?」
「向こうの手の内を分析しないままでは、こちらが不利ですからね」
アルファの言葉に、よりいっそう頬がふくらむドリーム。アルファのほうはこっくりさんの裏切りをある程度予測していたようだが、ドリームはよく考えていなかったようだ。
「では、こちらもお迎えといきましょうか」
「お迎えって、誰のです~?」
何か考えがあるらしく、突然立ち上がったアルファ。唯一残った仲間の言葉には答えず落葉を踏みしめてゆく。あわててついていくドリームは説明を受けていない困惑の表情があり、いつも不敵に笑う彼女よりも柔らかく見えた。
アルファの足取りはいつも通りといったふうで、動揺はみられず、まっすぐに道なき道を辿っていく。森は昼間だというのに木漏れ日はほとんどなく、いかにもよくないものが出そうな雰囲気の立ち込める風景ばかりが続いている。
「こんなとこに何の用があるんですか~……」
しばらく奥へ奥へと進み、やがて歩くのも億劫になってきたドリームが嘆き、前を歩いていたアルファが立ち止まったのに気づかずに激突した。やっと目的地へ着いたらしい。そこには打ち捨てられていたものを拾ってきたのであろう即席の屋根を繕ったベッドがあり、ひとりの女性が眠っていた。白いワンピースを着ており、近くには顔を覆うマスクと磨かれた鉈が転がされている。
何より目につくのはその頬だった。大きく裂けており、まるで有名な怪人のようだ。
「誰ですか~、こいつ」
「彼女を迎えに来たんですよ。ほら、起きてください、リップさん」
上体を抱き起こされた彼女は、まず眠い目をこする。それからドリームのことを見つけ、まず出会い頭に彼女らしいことを口走った。
「ワタシ、キレイ?」
「うっわ、その都市伝説さんでしたか~。もっと怖いカオしてるかと思ったら、意外に可愛いじゃないですか」
リップは『口避け女』である。実現し人間の身体を奪ったのはつい最近だ。一度メリーさんと交戦し敗北、ぼろぼろの状態でさまよっていたのをアルファが拾ったのだ。
ドリームが可愛いと評したリップの顔立ちはもちろん元の人間のもので、兵戸ミリヤという新米の正義感あふれる婦警だった。その面影はもはやどこにもないのだが。
「キレイかどうかはともかく。私はドリームです、よろしくです~」
挨拶とともに手を差し出されたリップは、まだ裂けた口で話すのに慣れていないのか、たどたどしく返事をしようとした。が、あきらめて握手に応じるだけとなる。
治療を施してくれたアルファやその仲間として現れたドリームのことは敵と認識していないようで、リップは協力者となってくれそうである。
彼女は鉈を手に取ったかと思うと服の中へとしまいこみ、またマスクで最大の特徴である口元をかくした。目元だけでも、リップが表情を歪めているのが見てとれた。
ここでようやっと、ドリームは前までの笑みを取り戻した。裏切り者も、邪魔者も、まとめて引っ掻き回してやればいいのだ。
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