第30話 自己紹介くらい

 暗くて陰気臭い外れの森には、いつも通り少女たちがたむろしている。前までの四人ではなく、いまは一人脱落して三人。うちふたりがあくびをしながらも残る一人であるこっくりさんを待ち、そんな都合も知らずにこっくりさんは一夜明けてから森へやって来た。


「どうしたんですか~、最近あんまり来てないじゃないですか。やっぱり元カノエミリちゃんのこと引きずってます?」


「おぬしは黙っておれ。わらわはドリームに用はない」


「つれないこっくりちゃんですね~」


 ドリームはこっくりさんにつめたくあしらわれても変わらずに目を細めて笑っていたが、つまらなさそうでもあった。だがこっくりさんにはそんなことは関係ない。ふかふかの尻尾をゆっくりと左右に振りながら、切り株に座っているアルファのほうへ近寄っていく。

 そして、アルファのにやついた目がこっくりさんへ向く瞬間、こっくりさんは袖から取り出した札を彼女へ突き付け、同時にアルファも鉈を構える。


 こっくりさんの持つ札は爆破の術が込められたものであり、アルファの側は言うまでもなく凶器だ。つまり、互いに殺意を示している。つるんでいる相手、という認識はこの時点で破綻していた。


「そんなに危ないものを持ち出して、なんのつもりです?」


「決まっておろう。裏切りじゃよ、裏切り」


 ほほう、と感嘆の声を漏らすアルファ。こうなることは予想できていたとでも言いたげな、余裕をもった態度である。


「準備は整った、ということでしょうが。わざわざ自分から私たちを敵に回すなんて、余程なことを考えているとみました」


「無論。わらわが起こすのは世界を呪う行為。仲間を増やすという名目で快楽殺人がしたいだけの下衆とは訳が違う」


 アルファが鉈を手放し、つられてこっくりさんも札を下ろす。その隙をみてドリームが小人たちへ突撃の指令を下そうとしたが、アルファが止めた。このとき、周囲に尋常ではない気配が近づいてきているのをこっくりさんはよく感じ取れていた。


「一時とはいえ、せっかくの元同胞だ。戦力差を見せつける、くらいはしてやろう」


 こっくりさんが指を鳴らし、それを合図として森の奥より四つの人影が現れる。ある者は地面に刺さっていたアルファの鉈を拾い上げ、ある者は咳払いをして声の調子を確認する。こっくりさんの元へ集った人影は、おおよそ一般人とは言い難い人物ばかりだった。

 アルファの目には四人の少女が立っている。いや、中には少女とは思えない大柄な者もいるが、可愛らしい容姿に似合わぬ不安定な印象のある者ばかりだった。


「なるほど。そういう準備をしていらっしゃったというわけですか。ですが……抵抗しないわけにはいかないでしょう?」


 咄嗟に取り出したカードを投げつけ、空間を小規模ながら歪ませる。呼び出すにはそれだけで十分であった。歪みを通って、おおよそ数えきれぬほど多くの都市伝説が現れる。人のていを成していないもの、人を象ってはいても不完全なもの、千差万別である。だが、これが所謂人面魚から半魚人といわれるものの群れであることはひとめでわかった。


「見せてやれ、ぬしらの力」


 こっくりさんはアルファの抵抗には動じず、自らは部下を動かす言葉を投げるのみで離れていく。ひとりにつき一体ずつが襲いかかっていき、皆が動き出す。


 一人目の少女は、異様なほどの体躯である。2メートル半はあろうかという長身にまとった白黒のぴしっとしたスーツからは、誠実さは感じられなかった。むしろ、他人に合わせているため猫背気味、さらに前髪が長く目がかくれがちであるせいで陰気臭い印象を受ける。

 彼女はハスキーボイスでぼぼぼ、と奇妙な笑い声を発すると、ちょうど飛びかかってきていた魚の一匹をつかみ取る。ただ、その長い手ではなく、背から伸びた黒い触手で、だ。


 触手はそのまま人面魚をひねり潰し、消滅させてしまう。無数に同じような触手が現れ、影がゆらめくように動いては魚群を散らしていく。


「ほれ、自己紹介くらいしてやれ」


「……ぼ……お姉さん、トール、って呼んでほしいな……ぽっ……」


 髪のあいだからのぞく肌は蒼白であるが、恥ずかしがりなのか耳が桜色に染まりつつあった。一方で、その照れ屋らしい性格とは関係なく触手がうごめいているのも事実であるが。


 トールは確かに魚群を減らしにかかっているが、そのペースは決して速くない。相手の量に触手が追い付ききっていない。触手どころかトールに触れたところですでに魚たちはぼろぼろと崩れ落ちていっているのだが、ぶつかった衝撃はあるのか小声であえぎ声が漏れていた。効率がよくはない。

 こっくりさんが連れている四人のうちには、トールのように触れただけで崩れていく特性を狙ってか、防戦に徹して動こうとしない者もまたいるのだった。


 それが、毛先に近づくたびに色が抜けていく長い黒髪の持ち主である。

 彼女は一見病院の入院患者さんが着るような水色の服を着用しているのだが、そこへ紫や赤のリボンやレースのフリルを多くちりばめ、本来長ズボンである下半身の衣装はフレアスカートに変えられている。女の子らしい衣装ではあったが、患者服という印象は抜けない。

 また、彼女の着けている眼鏡は割れてしまっていて、眼鏡としての役割は果たせていないように思われた。


「私はヴィオレッタと申します。以後お見知りおき、くださいね」


 ヴィオレッタは自分の周囲に障壁のようなものを展開し、魚群の進行を止めていた。鏡面が紫に塗りつぶされてなにかを映すことのない鏡の障壁だが、その呪いに触れた都市伝説は自らよりも強烈なエネルギーに塗りつぶされ、弾き返されては消滅していく。


 トールとは反対に動こうとしないのがヴィオレッタであり、また正反対であるのはもうひとつあった。ヴィオレッタは豊満なバストが目立つけれど、トールはスーツである都合ではなく元より細身であった。


「おぉ、あったまいいじゃん。キューピッドさんも負けてらんないじゃんさ!」


 次に響いたのは、砕けた口調での自信に満ちた声だった。

 現代らしいセーラー服で、やたらと短いスカートで太股を見せている。胸元もゆるめ、へそも出しているあたり、一般的な思春期の男性には勘違いされることだろう。もっとも、それほど大胆な衣装なのが幼い少女であるのには、罪悪感がついてまわる人間も多いだろうが。


 キューピッドさんと自称した彼女は、こっくりさんと髪の長さと金色だけは似かよっていたが、けものの耳や尻尾ではなく光のわっかや小さな白い翼が特徴的だった。

 突き出して透明な障壁を展開させている右手はなんともないが、左手のほうはこっくりさん同様皮膚がなく、かわりにばんそうこうがびっしりと貼られている。半透明な接着面は肉の色を透けさせており、より痛々しく見えていた。


 魚群は順調に減っていく。トール、ヴィオレッタ、そしてキューピッドさんによる対処のおかげである。一方でいまだになにもしていないでいる少女がひとりだけおり、痺れを切らしたこっくりさんにはたかれてやっと動き出した。


「ライム、おぬしはさっさと行かぬか!」


「あいたた、なにすんの!?主役は最後!なんだもん!」


 鼻唄を歌っていたところを邪魔された、ライムと呼ばれた少女。こっくりさんに言われてしかたなさそうに、トールたちのいる前方へ向かっていく。


 ライムの服装もまた、おかしなものである。まず下着がわりに旧式のスクール水着を着用しており、本来大きく記名されている部分にはなぜか五線譜があり、さっきまでの鼻唄の楽譜が記されていた。その水着の上からはロリータファッションを和風にアレンジした花柄で薄紅色のかわいらしい衣装をまとっている。


 そんなライムははたかれてからすぐに立ち直った。そのきれいにみつあみになっている栗色の髪ごと首を大きく振り、さらに音符の刺青が入っている自分の頬をたたいて気合いをいれると、大きく息をすいこんだ。

 すると、こっくりさん、トール、ヴィオレッタ、キューピッドさんとみんなが耳をふさぎ、ライムは全力で叫ぶ。


 音の衝撃波で魚群を一網打尽にし、またとっさのことで反応できなかったドリームのことをくらくらさせたライムの声。

 どうやらファの音であったらしく、スクール水着の五線譜にはひとつだけ音符が書き込まれた。さらに上の方には、fがいくつか並んで非常に大きな声であったことを示していた。


「こっくりさん!終わったよ!」


「さて。これでいいかの?」


 こっくりさんに問われ、ライムの大声による影響が残っているアルファは黙って頷くしかなかった。物量をさばききり実力があることと、得意技が知れただけでも上出来だと思っているのだろう。


 いずれアルファとドリームが立ちはだかったとして、それならそれで打ち倒すだけだとこっくりさんは思っていた。しかし、彼女らがただただ快楽殺人のみを続けるのだとしても、こっくりさんはそれを止めようとは思わない。ゆえに、この場で始末するほどの価値もない。


 そう自分に言い訳していたこっくりさんは、トールたちを引き連れて暗い森から去っていく。これからはこの森には、アルファとドリームしか集うものがいなくなった。

 これより、こっくりさんは自らの目的へと動いていくことになるだろう。









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