第29話 私のアンサー

 怪人アンサーは「答える」都市伝説である。故に、こっくりさんとは相性がいい。呼び出す側と似た性質をもっているほど引き寄せられやすいのは知っている。アルファは刃物を好み、ドリームは夢とうつつをあいまいにする。


 質問に答えるが、時に害を及ぼすこともある。その点においてアンサーと重なるこっくりさんは、彼女を呼び出し、いままさに使役していた。まずは彼女に身体の完成を目指すよう指示し、病院へ侵入するなどして予想の何倍もの成果をあげてきた。

 頭部だけだった都市伝説が、もはや人のカタチを得ている。しかも最後の腕にはあのエミリを倒したメリーさんのものを奪ってきたのだ。大金星である。


「こっくりさん、次は何をすればいい」


 自分にメリーさんの腕をぬいつけ、ちゃんと動くことを確認したアンサー。その光のない瞳が、こっくりさんを急かすように見つめてくる。こっくりさんの返答は決まっている。計画は実行に移るのだ。


「狙ってもらいたい者がおるのでな、そやつを襲ってもらうぞ」


 アンサーが頷く。人間とやり取りを行うため、都市伝説には人語を解する知能は伴ってくるが、その目的は自身の実現あるいは人間への害意が主である。すなわち、アルファやドリームのようなよけいな遊び心や美徳が薄く、よって誘導しやすい。

 難点は、エミリのようにこっくりさんを楽しませてはくれないことだろうか。エミリのようにこっくりさんを安心させてくれない、従順ではあってもこっくりさんのしたいことを察してまではくれないことも挙げられる。どうしても、足りないのは特定の一個人になってしまう。


 いまのこっくりさんに必要なのは手札だ。自由に使え、そして強力なもの。目星はつけている。材料の候補は何年も前から確保してある。それまでは、こっくりさん自身でも動かなければならない。

 お札に覆われた腕を撫で立ち上がった。こちらへ好機が巡ってきているのはわかっている。あとは、掴むだけだ。


 ◇


 マリーさんがルナをかばって傷ついて、ルナは狙われているかもしれないケイカを連れてトトキの家へ帰投した。

 戻るまでにルナは日ノ出海周辺の事件を探し、そのなかに病院から遺体が盗まれるという亡くなられた方にも遺族にも無礼どころか最悪な事件を見つけた。

 しかも何度も連続していながらそれぞれ別々の部位だけが消えているのである。質問に答える形ではないが、アンサーの仕業とみていいかもしれない。


 これをゲートに話すと、他に事件がないのならまず間違いないとの判断だった。遺体を戻すのはできないだろう、とも言っていた。ルナはもし亡くなった親族の遺体が傷つけられたらと考えると、アンサーのことが許せなかった。


 マリーさんを心配して集まるみんなのおおよそ一般人とは思われない格好にはもはや驚くこともなかったケイカだったが、自分の頭で理解することをあきらめたらしく、ルナに向かっていろんな言葉を呑み込んだすえに一言だけ話してくれた。


「なんか……ルナが遠くにいるみたい」


 ケイカの不安はわかる。説明もされていないのにこんな腕がちぎれ血が滴るような光景を見せつけられればただの女子高生は恐怖するに決まっている。ケイカはかなり気丈な方だろう。


「え、えっと。マリーさんの攻撃、効いてなかったんですよね。ど、どうすればいいんでしょう」


 ハスミが言葉に出したのは、誰もが思っていて、どうすればいいかわからないことだった。一番戦い慣れているはずの彼女の攻撃で通用しなかったのだ。マリーさんの攻撃の重さは、特に直に食らったハスミはよく知っているだろう。

 あれよりも強力な、というと。人形のメリーさんに吹き飛ばしてもらう、という選択になる。だが、それだと問題がひとつあった。


 アンサーにはマリーさんの腕が奪われている。奪った腕は、現在のアンサーの身体がそうであるように、繋ぎあわせて一部として使うのだろう。その腕ごと吹き飛ばしてしまえば、マリーさんの身体が元に戻るまでには途方もない時間がかかる。一からつくりなおすのだから当然だ。

 マリーさんの力がまだまだ必要なルナたちにとっては、なるべくつなぎあわせる形で早急に戻してあげたかった。


「あ、あの、よくわかってないんだけど、いい?」


 ここで口を開いたのは意外にも最も事情を知らないケイカであった。


「私、怖くてわけわかんなくて、ただびびってたんだけど、さ。気付いたんだ。あの女の子の縫い目、マリーさんって子に蹴られてちぎれてたって」


 ケイカの言葉を聞いたとたん、ずっと黙々とマリーさんの手当てをしていたゲートがそれだ、と声をあげた。ケイカが気づいたその点は、攻略の糸口になると思ったのだろう。

 だが、確かにいくら身体そのものに攻撃が効かなくとも、縫い合わせているその糸が切れてしまえばばらばらになるだろう。他人から身体のパーツを集めているアンサーならなおさらだ。


「そうと決まればさっさと奪還しないとな。っつっても手分けして捜すしかないがな、もう質問に答えられなかった奴の身体を奪う必要はないんだし」


 アンサーは幸いなことに、質問に答えられたために助かった事例の人間が発生していないらしく誰かの身体を奪うまでは行っていないらしい。マリーさんの腕のこともあり、ゲートたちはすぐに行動を起こす。


 ルナはケイカを自宅まで送り届け、安全を確認するのが担当になった。

 ケイカとふたりきりで帰る、ということはまずなかったし、はじめてのことだった。その下校風景はまったく明るくない。相手がクラスの中心人物であるのにだ。仕方のないことだが、ルナも悲しかった。


「おや、ぬしらだけか」


 そんなとき。いまのルナたちが聞きたくない声がした。

 甘く、しかし氷のように鋭く突き刺してくる冷たさがある声だった。振り向いたルナの視界には、けものの耳と尾を備えた少女の姿が映る。さらに彼女は、別の人間の身体を継ぎ接いでいるために歪な影をした怪人を従えていた。


「こっくりさん……!」


「メリーさんもたかがしれるのう。この状況で、巻き込まれた人間を放っておくとは」


 ルナはケイカをかばって立つ。が、アンサーもこっくりさんも注意をケイカよりもルナに注いでいる。狙いはルナ自身のようだ。なら、ケイカには先に逃げてもらったほうがいい。

 背後で固まっている彼女に二手に別れて逃げることを伝え、頷いてもらう。そしてあるとき、合図と同時にふたりで駆け出した。無論こっくりさんもアンサーもルナのほうを追ってくる。あとは賭けるしかない。スマートフォンを操作する余裕はどこにもない以上、気づかれなければこのまま捕まるだけだ。


 しかし、ルナの賭けは外れた。脚はやがて動かなくなり、喉は声をあげることを拒否し、ついにルナは道の真ん中に膝をついてしまう。そんな中でもふたりぶんの近づいてくる気配と足音は止まることもなく、ルナは振り返る勇気を失った。


「よい。わらわはおぬしに興味があるわけではない。エミリのことは他のやり方で取り返すゆえな。おぬしが諦めたのなら、あとはわらわに従えばよいのじゃが」


 アンサーがルナのすぐ隣で、こっくりさんがそれより離れた場所で歩みを止めた。こっくりさんの言う通りにはなりたくない。目的は読めないが、ルナが従えば多くの人が危険な目にあうことは予想がつく。


 ルナが反抗の意思を示そうと視線を向けたが、しかしアンサーは表情を変えなかった。マリーさんの細腕がそのまま、目の前の継ぎ接ぎの身体についている。あれはルナのせいだ。そう突きつけられていると感じ、ルナは目をそらすしかなかった。


 胸ぐらを掴まれ、服のなかをまさぐられる。手つきは粗雑で下着は引きちぎるように扱われ、しかしもがく体力は残されていなかった。やがてポケットから黒い、幾度かルナのことを助けてくれた珠が取り出されて、アンサーからこっくりさんへ投げ渡された。力が発動する様子もなく、こっくりさんは回収を終えたようだった。


「それでは、用済みじゃな。抵抗した以上文句は言わせぬぞ」


 けっきょく、アンサーはルナを殺してしまおうとしはじめた。マリーさんの腕でルナの首を掴んでくる。締め付けられる力は見た目に対して不釣り合いなほどに強く、喉が潰されるかとも思い、目をつむった。

 その、目をつむった一瞬。そのあいだに、状況は一変するのだが。


 響き渡ったのは女の子の叫び声だ。悲鳴ではなく、勇気を振り絞った少女の自分を奮い立たせるための叫び。聞こえてきたのはアンサーの背後からで、そこには先ほど別れたはずのケイカが立っていて、その手には白い糸が握られていた。

 アンサーの身体から、縫い合わせたばかりの片腕がはずされた。マリーさんのものだったそれはルナの首に取り付いたままで、急いではずすとケイカのほうへ投げつけた。


「人間め、余計なまねを!」


 こっくりさんが腕を再び奪おうとし、ケイカのほうへ駆け出した。ケイカが受け取った瞬間を狙っているのだ。

 ケイカが受けとることはなく、空中で別の人影がその腕を取り戻すのだったが。


「やっと戻ってきたわね、私の身体」


「マリーさん!? もう動いていいの?」


「これだけの時間で全回復まではいかないけれど。弱点の話は聞いていたわ、それなら戦える」


 自分の傷口に腕を当て、すると魔方陣が現れてちぎられた面を接合する。今のは応急処置らしくマリーさんは動かした感覚に首をかしげていたが、アンサーに向かって構えをとった。


 そんなマリーさんにみとれていたケイカとルナは、ゲートによって突然抱き上げられ、おおげさな掛け声とともに安全な場所にうつされる。遭遇したことに気づいてくれたらしい。ゲートはルナの視線に気づくと、行かなきゃと言い出したのはマリーのやつだ、といった。


「リベンジマッチね。今度の私はひとあじもふたあじも違うわ」


 こっくりさんがアンサーに指示を出し、マリーさんのことを攻撃させる。だが、アンサーの身体は強靭であっても、技巧はみられない。攻撃が受け流されて、マリーさんの手が肩甲骨のほうに伸ばされる。

 マリーさんの目的をこっくりさんが理解し、次の指示をアンサーへ伝えようとするが、時すでに遅い。糸が引き抜かれ、もう片方の腕も縫合がなくなってしまう。


 すかさず異界の門が開いて外れた人の一部を回収し、マリーさんによけいに注意を裂かせないようにした。これにより、マリーさんはこっくりさんの指示が下されるまでの猶予でアンサーにはしる白い糸を捜すことができる。


 腕がなくなった以上、次は脚から攻撃が来るのは簡単にわかることだ。だが、脚は鼠径部に糸がはしっており、引き抜くのは難しい。そこでマリーさんは胴を狙った。

 ハイキックはやっと戻ってきた腕で止め、その隙を突き脇腹にある糸のはしを引きちぎった。蹴りが止められてバランスを崩したアンサーは抵抗する術も持たず、下腹部にあった縫合部分がはずされて、残るは胸から頭のみ。さすがに動けまいと思ったところを宙に浮き、こっくりさんのほうへ戻っていった。


「やはりよくばりはよくない、か。だが目的のものは手に入れた。次こそは覚悟しておれ」


 乱雑にアンサーの頭部をひきちぎり、残った部分を投げ捨てたこっくりさん。

 一度ルナに渡したはずのあの珠は、たしかトラオの親父さんいわく「だらを封印している力の一部」だったはず。そんなもので何がしたいのか、とにかくさらなる脅威になることだけはわかっていた。


 ばらばらの人物から奪われた身体の一部は、ゲートが異界の扉でそれぞれの場所へ戻しておいてくれるという。ひとまず一件落着、だろうか。

 その話をしていたところ、ケイカは歪に造られたアンサーの身体のことを思い出してしまい、いまさら吐き気がこみあげてきたようだった。ルナは彼女の背中をさすり、当初の目的どおり彼女を家まで送っていって、学校帰りに体調崩しちゃったみたいで、とケイカの親には説明したのだった。


 そして、戻ってきてから。ゲートの姿はもうなくて、マリーさんがルナのことを待ってくれていた。


「さて、ルナ。それにお友達もだけど、とんでもない無茶をしたわね」


「うっ、ご、ごめんなさい」


「……でも。その無謀が私を助けてくれた。あなたたちの手も借りないと、これからの敵とは戦えないわ。だから、勝手なことを言うけれど、たまには頼ってもいいかしら?」


「それは……もちろん、だよ」


 ルナはマリーさんの力になりたかった。こうして認めて、頼ってくれるなら、そんなに嬉しいことはない。


「ねぇ、マリーさん!」


「なにかしら、ルナ」


「手、つながない?」


 マリーさんはルナの提案を受け入れてくれて、帰り道はふたり、手を繋いで歩いていった。マリーさんの能力なら一瞬で帰れたけれど、どこか懐かしいような、ふたりっきりで並んで歩くこの感覚を長く味わっていたかったのだ。


 いつの間にか傾いていた陽のあかね色は、ルナとマリーさんの頬にこれから始まる逢魔ヶ時の予兆を届けるとともに、それに立ち向かう心を持った彼女らを照らしてもいるのだった。

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