第28話 答えは未だ見えず
温泉は楽しかった。ルナとメリーさんは昔からの付き合いのように距離が近くて、ゲートはハスミのことを気にかけているらしい。ルナのいとこ、ネネとはシグがなじんでいるろ見える。ウィラは、まぁあの場にはいなかったが、リュウタの前ではより元気になる。
マリーさんを取り巻く環境は、ルナに出会ってから大きく変わりはじめた。
誰にも知られることなく、ただ敵を退治し、異界へと送り返すのみ。褒美もなにもなくたって、マリーさんは自分の正義のために戦っていた。
ゲートの手を借り、助けを得ていたのは事実だ。だが、彼女とは行っても相棒までである。友人やその先の恋人として接するなんて、マリーさんにとっては想像がつかないことだった。
それが、今はどうだろう。自分とゲートの間柄よりもみんなずっと近い距離でいる。相手を守るために戦っている側面も強いのだ。仲間がいることで、賭ける想いは変わってくる。それは、きっと間違ってはいない。
だが、マリーさんに必要なものではない。
マリーさんは正義のために戦う。自分を見失ってしまわないために拳を構える。そして、償いのために力を振るう。
誰かと肩を並べて、ではない。マリーさんはひとりでいい。血を浴びるのは、自分だけがいい。
あれだけ幸せそうだったみんなには、もう都市伝説に関わってほしいとは思えなかった。
◇
ルナの通うこの旭日高校は、週替わりといえるほどの頻度で流布されている噂が移り変わっていく。むろん、原因となっている都市伝説をマリーさんたちが退治しているというのもあるだろうし、それだけ豊富に語れる話があるということだった。
そして、毎週のようにクラスメイトから情報をかき集め、知りたいだけ知ってしまい気をおさめるのがいつものルナだった。ルナの好奇心をくすぐり、そそのかしてくるクラスメイトはトラオやリュウタのほかにもいるのである。
「やっほールナ! 新しいお話あるんだけど……ねぇ、そのお弁当のたまごやきでどう?」
それが彼女「
最近のルナはトトキといっしょにごはんを食べているのだが、ケイカはお構いなしにやってくる。そして、笑いながら取引を持ちかけてくるのだった。
「たまごやきだね、はい」
「まいど! それじゃ、例の話でさぁ!」
ケイカはたまごやきをおいしそうに食べてから、ルナに耳打ちをしてくれる。交遊関係が決して広いわけでないルナにとっては、最初に情報を得る経路がいくつかあるのは嬉しいことだった。
今回の都市伝説は「怪人アンサー」だそうだ。10人で輪になって同時に隣の人の携帯電話にかける、という大変な方法で呼び出すことができ、なんでも答えてくれるこっくりさんのような存在だというが。最後には難解な質問をふっかけてきて、答えられなければ身体の一部を奪われてしまうんだとか。
そんな10人も集めてオカルトを実践なんてやれるほどの人気者は当然限られてくる。面白半分でやるためにも壁があって、試した者はまだいないようだ。
ルナは聞き覚えのある話のような気がしたが、ケイカがアンサーを呼び出すのに誘ってくれるというので、話を聞いた。もうひときれたまごやきを要求され、彼女にたべさせる。
二口目もおいしくいただいたケイカ曰く、すでに七人の友達を誘っており、ケイカ、ルナ、それにトトキをそこに加えれば10人になり実験ができるらしい。
名前を呼ばれたトトキのほうを見る。学校ではしゃべりたがらない彼女だが、この都市伝説を誘い出せるかもしれない機会を逃すまいとは思っているらしい。ルナに目配せしてきて、それに従いルナもオーケーを出した。トトキがいるなら万が一本物が相手でも心強かった。
放課後、話の通りにケイカとその友人たちのところへ加わり、全員がスマートフォンを立ち上げる。クラスメイトたちのなかにはふだんいっさい喋ってくれないトトキの姿があるのに驚いているものもいて、実験そっちのけになりかけもしたが、ケイカがまとめて進行し合図を出した。
全員同時に、隣にいる者に電話をかけにいく。成功すれば誰かひとりだけアンサーに繋がるはずだ。ルナの電話は通話中になり、トトキも同じく画面が変わる。
唯一、ケイカのものからだけは音がした。ノイズまじりに、ひっそりと聞こえてくる声がある。聞いたこともないかすれた声であり、しかし何を言いたいのかは聞き取れた。
「私はアンサー。質問を言うがいい」
ルナの耳にはそう聞こえ、クラスメイトたちがざわめきだす。実験までしておいて、成功してしまったことに驚いているのだろう。怪人アンサーは9つ目の質問までは答えてくれるはずだ。その後で質問をし、答えられなければ襲ってくる。誘き出すのなら、質問の権利はケイカたちに譲るべきだろう。
「あんたがアンサーなの。じゃあ、みんなの好きな人とかもわかってるんでしょ?」
「無論だ。誰の想い人だ?」
みんながざわめくなかケイカが切り出して、ひとりのクラスメイトの名を示し、アンサーは隣のクラスの男子生徒の名を挙げた。好きな人を暴露されたらしいクラスメイトは図星だったのか顔を赤くしている。
はじめは半信半疑のようすだったが、二回目三回目と質問に答えてもらっていると、女子生徒たちを取り巻くものは恐れからのざわめきではなくいつもの和気あいあいとした雰囲気へと変わっていく。所謂ガールズトークというやつか。ルナとトトキが苦手な雰囲気だった。
そしてしばらくすると。ケイカも含めたクラスメイトの話しているなかでもなぜかよく通る声がこう言い出した。
「では、次はこちらの番だな」
ついにやってきた。とても答えようのない質問をし、身体の一部を奪い取ろうとしてくる。その記述を思い出したのか、クラスメイトたちは一気に静かになった。そして、アンサーの続く言葉は静寂のなかに響き渡る。
「紀元前300年の冬至のときの世界人口は?」
そんなに古代から生きていて、しかも正確な数値を知っている人間などいるはずはない。全員がなにも答えを出せず、静かなままで、次に聞いた言葉はアンサーのものだった。
「今から行くね」
通話が切れる。短く悲鳴をあげたクラスメイトもいた。あまりに危険な儀式だったとやっと気がついた者もいた。うろたえるクラスメイトたちをなだめるため、タチの悪いいたずらだって、というケイカだったが、これまで都市伝説にきっちりと沿ったことばかり起きているのだから、誰もアンサーの声をいたずらだと思う者はいなかった。
「ゲート、いざとなったら戦える?」
「戦えないわけじゃない、ってか元から時間稼ぎは私のつもりだったんだ」
トトキの表情は学校での寡黙な印象のそれではなく、都市伝説と関わる際の鋭い目になっている。すぐに現れても対処できるよう、しかしケイカたちには悟られない程度に警戒心を高めているのだ。
そこへ、アンサーからではない電話がかかってくる。今度は聞いたことのある声だ。
「私メリーさん、あなたの目の前にいるわ」
まばたきをした一瞬のあいだに視界にはマリーさんが現れており、なぜかしらルナを責めるような目付きでいる。不機嫌なのか。なにかあったのかと聞いてみたくなり、トトキのほうを見て、警戒は私がやっておくという意味で親指を立ててみせてくれたのを確認すると、ルナは自分の好奇心のとおりにマリーさんへ話しかけた。
「えっと、なにかあった?」
「なにかもかにかもないわよ。また首を突っ込んで。せめて誰かを呼んでちょうだい」
「そうだけど、ゲートもいるし」
「外で全力を出せない彼女は、私みたいな殴るのが取り柄なやつより守りながらには慣れてないの。無茶はしないで」
これだけ一般の人間がいる中で、全員に気をくばりながら戦うのは難しい。それはルナでもわかる。だが、マリーさんはいままでそこまで言ってきただろうか。いや、言ってはこなかった。彼女にも心配事があるのだろうか。
それより先に背後で悲鳴が聞こえ、瞬時に振り向く。すると、片腕のない少女らしき歪な人型の影がひとりの女子生徒の腕を掴んで引きちぎろうとしているのが目に飛び込んできた。継ぎ接ぎの身体を見るに、あれが怪人アンサーだろう。
「よこせ、私は足りない、足りないんだ、だからよこせ」
かすれた声は先程まで電話口からしていたもので間違いなく、そして身体の欠損を嘆いていた。
マリーさんはアンサーが腕を引き抜こうと力を入れる直前に瞬間移動を用い、背後から後頭部に衝撃を浴びせる。普通の都市伝説なら意識がゆらぎ、人間であれば昏倒する勢いの一撃だったはずだ。
が、アンサーには効いている様子がなく、狙いがマリーさんに変わったのみだった。
それでも役には立っている。一般人を逃がすだけの時間ができたのだ。トトキとルナでいっしょにみんなを逃がそうとし、マリーさんの戦いを横目で見守った。
少女たちの身体を張り合わせたアンサーの身体は、ただ人間の身体を奪った都市伝説たちよりも何かが作用しているのか耐久力に長けているらしい。ダメージを受けている様子もなく、今度は自分を攻撃してきた相手が大した攻撃をしてこないと興味をなくしたのかルナたちのほうを狙ってくる。
まっすぐ、アンサーは足りない片腕を手に入れることを優先した。クラスメイトたちはほとんど逃がしていたが、ケイカが最後に残っていたのだ。ルナは彼女を突飛ばし、飛びかかってくるアンサーの前に躍り出てしまった。
「無茶はしないでって言わせておきながら、いきなりなにしてるのよ……!」
アンサーの攻撃は、ルナには届いていなかった。マリーさんが身代わりになってくれたのである。虚ろな瞳でマリーさんの腕を掴み、異常な力で引いてくるアンサー。みちみちと肉がちぎれているのか嫌な音がし、血が滴る。
ルナが言葉を失っているうちに、自分をかばってくれていた彼女の腕は彼女から分かたれてしまった。目的のものを手にいれたアンサーの方は光を宿していない瞳でめいっぱい嬉しそうに笑い、そこでマリーさんもケイカも狙わずに去っていく。アンサーを追う余裕はない。マリーさんは、亡くせない。
「マリーさん、ねぇ、マリーさん! なんで私をかばって……!」
「なんで、かしら。きっと、あなただけは傷つけさせたくないって、思っちゃったからね」
力なく微笑むマリーさん。ここまで傷ついた彼女を見るのははじめてだ。エミリとはじめて戦ったときも、一番傷がひどかったのはシグだった。
今度はマリーさんが、ルナをかばった。いつでもそうだ。そのシグが傷ついたのも、ルナを守ろうとしたせいだった。
ルナがなにもできずにいる一方で、トトキのほうは応急処置として包帯で止血したりと手当てをすすめている。ルナよりもずっと前から、彼女はマリーさんと共に戦っている。ルナよりもマリーさんのことを知っているのに間違いはない。ルナが下手になにかしようとするより彼女ひとりのほうがいいと思えた。
目の前で信じられないことが起きたのを目撃してしまったケイカはというと、ルナのもとへ寄ってきて、しかし驚きばかりで何もいえなくなっていた。
「なに、あれ。どうするのさ、あんなの」
彼女のこんがらがった頭からはどうしてもそれしか出てこないのだろう。ルナも同じ気持ちだ。いまのルナにはもう、目の前の光景に対する後悔しか脳裏に浮かばなかった。
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