第26話 湯けむり夢なごり 前編
ネネがやってきた翌日。お休みの日曜日である。ネネはルナとの添い寝を希望したりと積極的だったがメリーさんがそれらを阻止し続け、ルナはけっきょくいつもどおりに休息をとったのだった。
朝目覚めると、早朝にゲートから連絡が入っていたようで、今日は空いているかとのことだった。ルナは大丈夫だ。ネネに関する催し、たとえば歓迎会等
はまだやらないのだという事実をお母さんに聞いて確認し、ゲートには空いていると答えた。
いったい何を考えているのか。彼女の考えていることは彼女に聞くほかにないだろう。休日なのになにをするのか、と問うと、返信はただサイトのアドレスだけだった。
ルナはすぐさまサイトをひらく。すると温泉宿のページに飛んで、しかも代表者として記されている名字が「颯」だった。ルナの知っている颯姓の人間といえば、颯トトキ。ゲートの身体だった少女だ。
もしかして、と思いながら連絡に使用しているメッセージアプリに戻ってみると、どうやら本当に親族のようだ。親戚の娘とその友人たちということで、特別に招待してくれるらしい。
いきなりの話ではあったが、予定もないし、誘ってくれたゲートの好意には応えたかった。まずお母さんに問い、メリーさんとネネにも知らせ、お母さんの手伝いもあってすぐに荷物をまとめることができた。泊まるわけじゃないが、タオルと着替えくらいは持っていくべきだろう。
おおきめのカバンに三人分をつめこんで、さっそく颯家へと向かう。温泉までは送迎車があるようで、ゲートたちとルナたちの大所帯でバスを待つ。そのあいだは、そういえば昨日こちらへ来たばかりだったネネにみんなを紹介する時間になった。
「あら、可愛い子じゃない」とマリーさん。同じく幼いウィラは素直に喜び、ハスミは怯えつつも握手に踏み切る。ゲートは相変わらずぶっきらぼうであったし、昨日会ったはずのシグはなにやら複雑そうな表情をしていたが、みんなネネのことを受け入れていてひと安心だ。
思えば、はじめはマリーさんとルナが出会っただけだったのに、いつの間にか大所帯になったものだと思う。ここにトラオとリュウタもいてもよかったかもしれないが、彼らは彼らで用事があるらしかった。一緒には行けない。元より混浴ではないし、堂々と一緒に入れるほどルナは恥じらいのない女ではないのだが。
やがて送迎バスが到着し、みんなで乗り込んだ。ルナの隣にはネネが座ろうとしてメリーさんが阻止、その隙をみてシグが座ろうとするとマリーさんが無言で制し、さらに楽しそうだとウィラが乱入。なぜか争奪戦になり、一歩引いたところで見ていたゲートが判定することとなり、結果争奪戦に参加していなかったハスミが選ばれたのだった。
「え、えっと、ふつつかものですが、よろしくおねがいします」
「あはは、ケッコンするみたいだね」
ほかのメンバーに悪いと思っているのか、ハスミの言葉は責任の重そうなものだったため、ルナはくすりと笑った。
ケッコンという単語に過剰反応してわめくメリーさんがいた一方でハスミも顔を真っ赤にしていて、ルナは彼女を愛らしく思う。初対面の印象とはずいぶん違う。
そういえば、こうしてハスミとふたりっきりになる機会はなかったはずだ。ハスミと一緒にいるのはゲートであることが多くて、先程の争奪戦のときのように自己主張をしないのがほとんどだったせいもあるかもしれない。
バスが発車し、見慣れた景色からだんだん外れていく。温泉まではけっこうな道のりがあるようだ。時間もあり、せっかくなので、ハスミに聞きたいことを考えてみた。
「そうだ、ハスミ。初めて会ったとき、ドリームのこと閉じ込めてたよね。あれってどうしてなのかな」
ルナがハスミと出会ったきっかけは、電車にゆられているとききゅうに眠気に襲われ、いつの間にかきさらぎ駅に巻き込まれていたというものだった。
ルナが眠ってしまったのは、ドリームが外へ干渉しようとしたからだというのがゲートの話だった。
つまりドリームも抵抗していたわけで、実際ハスミはドリームに襲いかかっていた。彼女と敵対しているのは間違いない。
ではなぜ敵対しているのか。ドリームたちが人間に害をなすからでもなんでもいいから、ルナはそれが知りたいと考えた。
ハスミはこれから温泉だというのときに似つかわしくない暗い顔をして、声を小さくして呟いた。
「ごめんなさい、どうしても明るい話にはならないですが、それでも話していいですか?」
それでもいいよ、と頷くと、ハスミはためらいながらも話してくれる。彼女の話はまず「ハスミ」としての彼女ではなく「比奈見モエ」だったころの話から始まった。
比奈見モエ。当時17歳の女子高生だった。ハスミが知っているかぎりでは、誰かから恨まれるほどのこともなく、かといって誰かに強く好かれることもない。ゆえにたくさんの人に心配される、そんな少女だったという。
だから、彼女の行方がわからなくなったとき、多くの人が探し回っていた。けれど見つかることはなかった。そのとき、彼女はいつもの通学の電車から異界へと迷いこんでしまっていたからだ。
それがきさらぎ駅。ハスミが人間に近い者として人格を得る前の、異界のお話であった。
「そこでモエさんは、きさらぎ駅のことを調べ、すべての対策を試してしまったん。そして、私に身体を奪われたんです」
そのとき手元にあったスマートフォンを見て、この身体が誰のものだったのか、モエがどんな人間だったのか、自分はどれだけ罪深く取り返しのつかないことをしてしまったのか、それらすべてをハスミは理解してしまった。
それから、彼女はドリームを捜し、モエのぶんまで生きようと決めた、とのことだった。
今まで話に出てきていなかったドリームが話に出てきたのはどうしてか、と問うと、ハスミはこれから話すつもりだっただけのようで、ルナは続きも黙って聞いた。
ドリームは実現された都市伝説を増やそうとしていた。今の日ノ出海によく現れ、怪事件を起こしているのと同じように。異世界より都市伝説を呼び寄せ、人間を巻き込んで、身体を奪わせていた。
そうして呼び寄せられた都市伝説のうちに、きさらぎ駅があった。
ドリームは実現のために人間を迷いこませていたのだ。きさらぎ駅に人を殺させたのはドリームで違いないという。
「……自分の罪を必死で軽くしようとしてるだけだなんて、わかってるんです。でも、それでも、ドリームは止めなきゃだめなんです」
ドリームに呼び出され、知性を伴わないままきさらぎ駅はひとりの少女の人生を奪った。きっとどの都市伝説でも一緒だったのだろう。
メリーさんの電話でも、異界の扉でも、ウィル・オ・ザ・ウィスプでも。
でも。彼女たちは自分の罪を背負いながら戦っている。これ以上、もう二度と、この悲劇を起こさせないために。
ルナは素直に、すごいな、と思った。仮にルナが誰かの身体を奪った都市伝説だったとして、彼女たちのように自分の罪を受け止めることができるだろうか。きっとできない。必死で忘れ去ろうとして、自分はただの人間だと思い込もうとする。
「えっと、気分転換のはずなのに、こんな話してごめんなさい」
「ううん。私が聞いたんだから、責任は私にあるよ。こっちこそ、ごめん。ハスミはすごいよ」
「え、あ、ありがとう、ございます……あ、もう着くみたいですね」
気づけばもう温泉宿が見え始めている。後ろ向き話はここまでにして、不安を洗い流す時間だ。
ルナはすばやく心のスイッチを切り換えて、ハスミに向かって「楽しみだね」と笑いかけ、彼女の恥ずかしそうな笑顔をいただいたのだった。
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