第25話 しーくれっと・げすと

 朝日が射し込む少女の部屋。ぬいぐるみがならべられており、たぬきやサメなど動物を模したものからお菓子のキャンペーンで配布されていたキャラクターもの、果てはなぜかお地蔵さんまでが静かに光を浴び、朝を告げていた。


「ルナ、きょうは早起きするんだったわよね?」


「んー……ん? あっ、忘れてた!」


 部屋の主、ルナは同棲している少女人形、メリーさんに起こされて跳ね起きた。予定があることをすっかり忘れて、心地よい眠りに身を任せてしまっていたのだ。危うく寝坊というところを助けられ、ルナは学校へ行くよりもあわてて準備をする。


 この日はルナに予定があった。先日、エミリとの決着がついた日に話されたことだったが、母に突然の報せを受けたのである。

 内容は「今度の土曜日から、いとこがしばらくうちに泊まる」という内容だ。ルナは親戚の集まりとかで歳の近いいとこと遊ぶだとかそういうことをしてきた覚えはなくて、よく考えるとこっちの街へ来る前の記憶はないのだから当然だった。


 とにかく、年下のいとこと会うということなのだから、つまり我が家に妹がやって来るようなものである。いとこはとってもかわいらしい子だと聞いていて、どんな子だろうと楽しみにしていたのだ。


 そして、朝から玄関へと駆けて、母が待っていた外に飛び出した。メリーさんもあとからついてきて、休日故に眠りこけている父を除いた州手家三人で待つことになる。


「あっ、あれじゃないかしら?」


 一台の車が、ここ家の前で止まろうとしている。メリーさんがいちはやく気づいた。田舎から来たらしく土汚れが白い車体に目立つ軽トラックだ。そんな都市部から離れた場所に親戚がいた記憶はないが、ルナの記憶はあてにならず、まず降りてきたおじさんとルナのお母さんが親しげに話しているので身内で間違いはないようだった。


「お、ルナちゃん! 大きくなったな!」


「ま、まぁ、はい」


「お? そっちの子は?」


「メリーよ。ルナのお友達。住まわせてもらってるの」


「そうかそうか! お友達な!」


 メリーさんはなるべく球体関節をかくすような格好でいる。いい判断だと思う。初対面で等身大自律人形は驚きが強すぎるからだ。

 そしておじさんのうしろから、うちのだ、と言われて出てこさせられた幼い子がいた。まだ小学生くらいだろう。彼女がルナのいとこにあたるはず。


「ほれ、自己紹介しな」


「うん、はじめまして! ボク、九音宮くおんきゅうネネ、っていうんだ!」


 ネネは見るからに目立っている。髪の毛は淡い桜色で人目をひくロングヘアで、ゆるやかにウェーブがかかって外側へ広がっている。輪郭は隠れているが、顔立ちは言われていた通り幼さの残るかわいらしいものであり、ちょっと背伸びしているのかお化粧も施されている。アイシャドウがその代表だ。

 また、服装も田舎から来たという感じではない。パンプスからヘッドドレスまで黒で統一された、所謂ゴスロリの衣装なのだ。


 元気いっぱいながらも上品にスカートのすそを持ち上げて挨拶するネネは、ルナのいとこというより外国からやってきた貴族のお嬢様が庶民の家に訪問してくださっているようだった。


「え、えっと、あなたがきょうからここに住むんだよね」


「うん。ルナお姉ちゃん、これからよろしくね!」


 ネネのおじぎにつられてルナも頭を下げる。隣ではおじさんからメリーさんへネネの着替えや荷物が渡されていて、せっせと運び込んでいた。

 おじさんはどうやらネネの引き渡しだけが目的だったようで、明るいあいさつとともに軽トラックに乗り込むと、すぐに行ってしまう。とりあえずお母さんやネネと一緒に手を振って、やがて軽トラックの姿が見えなくなると、ルナはネネに手をにぎられた。


「えへへ、お姉ちゃん。ボクの部屋まで案内してほしいな?」


 お上品な見た目とは裏腹に、ネネはルナとの距離が近い。かつて会ったことがあるだろうか。だとしても、ネネは小学生だ。ルナの記憶が失われている期間に出会っていたとすると彼女は赤ん坊だろう。


「どうしたのルナお姉ちゃん? はやくいこうよっ!」


 けっきょくルナは深くは考えず、まずはメリーさんが荷物を運び込んでいるだろう部屋にネネを送り届けることにした。彼女の手をひき、玄関をくぐり、二階にある使っていない部屋まで連れていく。


 途中でメリーさんとすれ違った。ネネの顔を見ても特に反応を見せないメリーさんだったが、ルナと手をつないでいるのに気がついた瞬間にすごい形相になった。酸っぱいものを食べたときとか、そんな感じの顔だった。ルナもそんな表情を見るのははじめてだった。


 ◇


 ネネをちゃんと自室に連れていって、あとは荷物のことなどは本人とお母さんでやってくれるらしく、ルナは自分の部屋へ戻っていいと言われた。休日にしては早く起きたため、ちょっぴり眠たい。そのままベッドへ直行してしまおうか、とも考えたが、すぐにその選択肢はとれなくなった。インターホンじょ音が鳴ったのだ。お母さんはネネを手伝っているからと、ルナはすぐに自分が出た。


「はーい」


「えっと、すみません。ルナさんいるでしょうか」


「私だけど……その声、シグ?」


 扉を開けてみると、ルナの予想は当たっていた。シグは、元は名も無き霊として配役された都市伝説であり、今はルナやマリーさんたちといっしょに行動している仲間の女性だ。シグという名前もシグナルからルナがつけた名前で、本当の名前ではなかった。


 都市伝説特有の気配や人には見えない性質はゲートが調整してくれたとのことだったが、単独で訪ねてくるとは思っていなかった。遊びに来た知り合いを拒むことはもとよりないルナのことだから、シグを自室へ連れ込むのも当然であった。


「お母さん、いまちょっと忙しくて。お菓子とかは出ないけど、私の部屋で我慢してね」


「いいえ、あなたの部屋に通してもらえるなんて、嬉しいわ」


 ルナはシグと隣り合って座る。いきなりの訪問で何をするとかも特になかったが、まずルナから話しかける。


「そういえば、家の場所教えてたっけ?」


「トラオに教えてもらったの。さっき、ゲートに連絡つけてもらって」


 きゅうに会いたくなったというシグ。トラオとシグに交流があったことに驚いたが、あのチャラめな寺の息子は接しやすいほうだろう。家まで知られて困る知り合いには心当たりがないルナはそんな調べ方でも文句は言わなかったし、現にこうして上がらせている。


 シグになにかしようかとたずねてみると、ゲートの家ではマリーさんと対戦で白熱していた一方、ルナのところでは一緒にいるだけでいいという。ふたり以上で遊ぶゲームといえば、つい興味で買った都市伝説トランプくらいしかない。

 ので、シグのいう通り一緒にいるだけにする。ぼうっとしているだけでも、なんだか心地良さそうだった。


「ねぇ、ルナ」


「どうかした?」


「その。前の土曜日、来てくれてありがとう。あの日がなかったら、私、いまここにいなかった」


 突然お礼を言われてもどう反応していいかわからない。どういたしましてもすぐには言葉が出てこなかったが、シグは気分がいいようだった。話したいことが話せたのだろうか。

 思えば、シグとふたりっきりの時間というのは、その土曜日からしばらくなかったはずだ。そう思うとルナにもどこか特別な感じがわかってきて、ふたりで同じ空気をただ吸って吐いていた。


 ひたすらそうしていると、いきなり扉が開き、ゴスロリお嬢様が踏み込んでくる。シグの眉がぴくりと動いたが、ネネのほかには遠くから近づいてくる足音が聞こえるくらいだ。

 扉の音で、意識が起きているときのそれに戻ってきた。ルナが首をかしげていると、ネネはルナのひざの上にちょこんとすわって、そして次の訪問者が来ると笑顔を見せた。


「……んなッ!? ま、待ちなさいよ、来て初日からひざの上って、ずるいわよ!」


「これが実力だよ、メリーおねえちゃん」


 入ってきたのはメリーさんで、いったい何を競っているのやら勝ち誇った表情のネネに向かって叫んでいる。

 部屋が一気に騒がしくなった。ルナはふたりが早くも打ち解けているのを見て笑みをこぼし、シグもつられて微笑んだ。


「楽しそうにやってるのね、こっちも」


「そっちも退屈しなそうだよね」


「ええ、みんながいるもの。あっちの世界じゃ、誰かと仲良くするなんて考えてなかったし」


 ルナとシグがゆっくりとした時間を過ごしているような気分でいる横で、ネネとメリーさんが駆けずり回っている。捕まえたいメリーさんと、意外にもゴスロリでぴょんぴょん機敏に動きまわるネネ。こっちは疾走しているが、楽しい時間にきっと変わりはない。

 こういう休息はきっと、誰にだって必要な時間なのだ。


 ◇


 ルナが食べ忘れていた朝食のことを思い出したとのことでメリーさんと一緒に台所へ行った。シグにふたりで作って振る舞ってくれるとのことで、シグはうれしくなった。


 と同時に。シグにとっては、ネネとふたりっきりになるチャンスであった。


 シグははじめて見たときから感じていたのだ。派手な衣装や大人びた化粧で隠そうとしているらしいが、ネネからは明らかに一般人ではない気配がする。それこそ、ゲートに調整してもらう前の自分のような、どこかほかと違っていて注目を集めてしまうような気配だった。


「ボクもルナお姉ちゃんとメリーおねえちゃんのごはん食べてみたいなぁ」


「ちょっと、待って」


 シグはネネのことを引き止めた。無邪気な瞳で振り向く彼女に、シグは静かに問う。


「あなた、何か隠してるわね」


 返事はない。が、ネネの頬を冷や汗が伝っている。図星であるのだろう。呼気の音が、ルナもメリーさんもいなくなった部屋で時計の音とだけ重なる。


「えへへ。バレちゃったら、しょうがないかな」


 すると、ネネは自分の服に手をかける。いったいなにをするのかと思うと、ボタンをたどたどしくも外していき、そして自らの胸をさらけ出した。真っ白な素肌だが、胸板は同年代の少女のそれよりも厚かった。


「ボクね……じつは、おとこのこなんだ。でも、ルナお姉ちゃんには黙っててね。ルナお姉ちゃん、謎があったり、かわいいものじゃないと興味わかないと思うから」


 彼女、ではなく彼であったネネ。せっせとゴスロリの服をなおし、すぐにルナとメリーさんが待っているだろうリビングへ行こうとする。

 一方のシグは見当外れの、しかしなかなか衝撃的だった事実に呆然としていた。ネネに揺さぶられてやっと正気に戻ったくらいには、あっけにとられていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る