第23話 またあした

 次の日、ルナはイヅミからの連絡を受け取って、彼女との待ち合わせ場所である公園に急行した。リエについて教えてくれるというのだ。ルナが大急ぎにならないはずはない。

 話がややこしくなるのでメリーさんには留守番を頼んで、ルナとイヅミが合流、それからイヅミはとある場所に案内してくれるといった。


 イヅミがいまお世話になっている家だという。親元を離れているイヅミは、代わりに付き合いのある一家に居候させてもらっていた。親と付き合いがあり、最近この日ノ出海に引っ越したらしい。

 こぢんまりとしている一軒家に到着し、その表札を見ると「幸坂」と書かれていた。確か、リエの名字も幸坂だったはず。考えこむルナの一方でイヅミは堂々あがりこんでいき、あわててルナも追いかけた。


「ルナさんのことは話してありますから、どうぞあがってください」


 先に話をしてくれていたらしい。イヅミからしても、消えた友人の情報が手に入るかもしれない機会なのだ。逃す理由はないのだろう。

 落ち着きのある居間に通してもらい、リエの母親だろう女性が待っていた。ルナはイヅミに言われるがまま席につき、微笑みを見せながらもどこか寂しげなリエの母親の話を聞く。


 幸坂リエは明るくていい子だった。いなくなった者を言うにはありきたりな言葉だが、本当にそうだったのだろう。ひとりでいた女の子に声をかけていただとか、率先して仕事を引き受けてくれただとか、昔の思い出が語られる。

 ルナが知っている彼女のイメージとはまったく異なるものであり、文字通り人が変わってしまっているのは容易に理解できた。


「あ、あの、最後にリエさんを見たのは?」


「私です。学校から一緒に帰ってて、別れたあとにいなくなりました」


 イヅミとリエがふたりで下校している途中、家の方向が異なりちょうど別れるところで見たのが最後だという。思い出してしまったのか、イヅミは目に涙を浮かべ、泣きながら話を続けてくれた。


「またあした、って、言ってくれたのに……」


 なんでもない言葉が最後に交わした言葉になって、果たされない約束になってしまった。ルナに理解できるとは言えない状況だった。黙ってお母さんが話を引き継いでくれるのを待つしかなく、沈黙が一時場に充満していた。


「……それでね。娘がいなくなったのは3年前でね」


 幸坂家は一度引っ越したと言っていたが、その前に住んでいた地域での失踪らしい。

 なぜ引っ越したのかも、そのままリエが住んでいたはずの家に住み続けていると耐えきれないからだったそうだ。


「前の家はここにあったの」


 リエの母親はルナにスマートフォンの画面を見せてくる。地図のある一点が示されており、画面上部には住所も記されていた。ルナはその地名に覚えがあるような気がして、思わず口に出した。


「……月御鏡つきみかがみ町?」


「そうよ。そのときの月御鏡は行方不明になる女の子が多くてね。といっても、すこし前からぱったりと聞かなくなったけど」


 その言葉で思い出す。月御鏡といえば、日ノ出海と並んで怪奇事件が頻発する場所ではないか。まだ見つかっていない行方不明者も捕まっていない殺人犯もいるとされていて、ルナがよく覗く掲示板でもたまに見る地名だった。


 月御鏡町も、恐らくいまの日ノ出海と同じく都市伝説が現れていたのだろう。多くの人々がそのために犠牲になり、イヅミたちのように遺された人々も心に傷を負った。


 リエがどうしてああなったか、ルナでも推測ができた。イヅミと別れた直後のリエは『三本足のエミリちゃん人形』に遭遇し、その逸話を現実のものとさせてしまった。それからは身体を奪われ、エミリと名乗って行動するようになったのだろう。


 ふたりのもう一度会いたい気持ちは強い。ルナにだって伝わってくる。だったら、ルナも手を尽くしたくて、行動を起こすことにした。


「私がなんとかしてみます!」


 そう宣言して、衝動的にイヅミの手をひいて駆け出した。リエの母親もついてきて、ルナはまっすぐに目的地に向かう。颯家だ。


 ゲートにはマリーさんを呼び出してもらうよう頼み込んで、マリーさんにもまた頼みごとをした。エミリを止めて、なんとか元のリエの心を取り戻させられないかと。

 だがマリーさんの答えは非情にも現実を突きつけるものであり、冷静な返答でしかなかった。


「それは不可能よ。都市伝説側に人の記憶はない。そんな芸当ができるのなら、はじめからやってるわ」


「そんな……」


 ルナは自分の背後を見て、話に置いていかれているリエの母親とイヅミのことを見た。ルナはあんなに自信満々に言い出したというのに、これでは口先だけじゃないか。

 マリーさんはそんなルナを見かねたのか、どうしてもと言うなら、と話を持ちかけてくる。ルナも奇跡にすがるしかなかった。


「エミリを呼び出しましょう。そこで何かすることがあるならすればいい。効果がないならきっと私を襲うでしょう、そこからは容赦はなしよ」


 マリーさんもエミリと決着をつけるつもりでいる。ルナは頷く。想いが通じてくれると信じて祈りながら。母親と友人の願いが、きっと少女に届くように。


 戦闘の支度をし、メリーさんがしないような凛々しい表情のマリーさんを加えて昨日エミリと遭遇した場所に赴いた。突如として上方に少女の影が現れ、そして公道へ飛び降りた。三本の脚で着地した彼女を見て、ルナの横にいるふたりは絶句している。

 先に口を開いたのはエミリだった。


「ふん、人形の方じゃない。あの時のメリーで間違いないな」


「えぇ、私メリーさんよ。決着をつけにきたわ」


 血気盛んなふたりが互いに構え、エミリはルナたちのことなど眼中にないといった様子だ。そこへイヅミが声を張り上げた。


「リエ! 3年ぶりだね、会いに来たよ!」


 イヅミの声に、エミリはぴくりと眉をひそめた。

 母親がイヅミに続き声をあげる。三本足のエミリではなく、自分の娘に向けて。


「リエよね、お母さんよ。ずっと会いたかった」


 エミリが構えを解く。やっとイヅミたちのほうへ視線を向け、じっと眺める。

 それから、心底不快そうな顔をして、拳を握り締めた。


「やかましい、邪魔をするな」


 次の瞬間、イヅミの身体が宙を舞った。

 ルナが視認できない速度での蹴りが突き刺さったのだ。そして同時に、すんでのところで割り込んだマリーさんも飛ばされていく。彼女は途中で復帰できたが、イヅミはそうもいかず壁に叩きつけられ気を失った。骨折などがあるようすではない。マリーさんが助けてくれたのだ。


 イヅミの名前を呼び、母親は気絶した彼女へ駆け寄っていった。しかし、エミリは彼女に対しても平然と拳を突き刺し、イヅミの倒れている上へ投げ捨てた。

 マリーさんは口からすこし血を吐いている。ということは、エミリは全力で蹴りを入れていた。和解する気などないことは明白だ。


「早く起きて。邪魔者がいないうちに再開したいもの」


 マリーさんの襟を掴んで持ち上げるエミリ。マリーさんは静かに息を吐き、そして吸い、自分を掴んでいるエミリの腕ごと彼女を引き寄せ頭どうしで激突した。よろめくエミリが手を離した瞬間にマリーさんは消え、そしてエミリの背後に出現する。

 エミリには背後に対応できる三本目の脚があった。マリーさんの腹部をそれで破壊しようと試みるが、残念ながらエミリには三つの目はない。直線的な攻撃は受け流され、背部への衝撃がエミリを襲った。


 攻撃され続けるだけのエミリではない。正拳突きを食らってよろめくのを踏ん張って回し蹴りへ繋げ、マリーさんは直前で瞬間移動を試みるがエミリの三本目の脚の指はがっちりとマリーさんの衣装の端を掴んでおり、瞬間移動を使ってもエミリがそのまま着いていくことになる。結果として回し蹴りは成功、激突で生じた嫌な音があたりに響いた。


 脳を揺らされ、危うく気絶しかけるマリーさん。エミリの方も息はあがりはじめているが、体力はエミリのほうが残っている。笑いながら言葉を紡ぐだけの余裕があった。


「あぁ、楽しいわ。戦って命を削るのはとっても楽しい。自分を傷つけてでも他人を下すのは快感でしかないわ。だって。私は幸坂リエじゃない。コロシで遊ぶエミリだもの」


 マリーさんではなく、イヅミたちに言い聞かせるかのように笑うエミリ。マリーさんの言う通りだった。余計な希望を抱いて、ゼロパーセントに賭けようとして。ルナは少女を傷つけさせた失敗を繰り返す。


「私に戻る余地なんてない。遠慮もいるわけがないわ。だから、ここからも楽しみましょう」


 マリーさんが蹴り上げられ、先程のイヅミのように宙を舞う。ちょうど爪先が胸のあたりにめりこんで、骨が折れる音がした。


「私、エミリよ。呪われているの」


「……ご説明ありがとう、エミリ。これで心おきなく殺せるわ」


 ゆっくりと、マリーさんが立ち上がる。エミリはかかってこいとわざと無防備な姿勢を見せている。マリーさんの動きは読んだと言いたいのだろう。

 動き出したマリーさんは直線で駆け出し、エミリもそれを迎え撃つ。左と右の脚でのキックが繰り出され、マリーさんもまたドロップキックを用いてぶつかりあう。エミリのほうが支えも勢いもある。


 ふたりがぶつかりあうその瞬間に、マリーさんが口を開いた。戦場は突如上空へ移る。エミリはすべての脚が地面から離れ、互いにキックの勢いを失った。

 そこからは落下までの取っ組み合いになる。脚同士から絡み付き、加速していく中でエミリとマリーさんは互いに相手の頭が地面に叩きつけられるように身体を入れ替えていく。


 目まぐるしく変わっていく戦闘にルナの頭が追い付いたのは、この直後、ふたりが地面に大きな窪みを作ったときだった。そのときはじめて、この戦闘が結末を迎えようとしているとわかったのだ。

 空中戦はマリーさんが制していた。エミリの頭蓋は深刻なダメージを受けているらしく、血が溢れ出ている。絡み付いていたマリーさんが離れても、エミリが起き上がってくることはない。血が目に入り見えているかも怪しい瞳に空を映していた。


「私の勝ちね」


「……そう、みたいね」


「満足したかしら」


「もちろん、よ」


 戦闘をひたすら楽しみ、その末に敗北したエミリ。

 彼女はもはや死をむかえようとしているらしく、その身体は光に包まれていく。


 ふと、マリーさんに問われたときは満ち足りた表情でいたエミリが、思い出したように目を開けた。血が流れ込んで赤く霞んでいたが、明るくていい子、そんな面影がそこにあった。


「あぁ。言わなきゃいけないことがあったわ……『またあしたね、私の友達』って──」


 エミリの、いや、リエの身体が薄れて消えていく。やがてマリーさんとルナが見下ろす先には誰もいなくなり、幸坂リエに会うという夢は二度と叶わなくなったのだった。





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