第22話 ひみつのガールズトーク
イヅミと出会えたのは幸運なことだったが、残念なこともある。すでに日が落ちており、帰宅途中らしい彼女のことを引き止めて長話をするのははばかられるのだ。ルナはひとまず彼女に駆け寄ったが、そのところためらいがありはじめにすこし言葉をつまらせた。
「え、えっと、その、さっきの子と知り合いなのかな」
「……そっちこそ、何者なんですか?」
その切り返しはたいへん予想外だったが、最近は都市伝説のせいでとても物騒だ。警戒心が強いのも当然で、ルナはあわてて生徒手帳を出してみせ、イヅミもルナが怪しくないただの女子高生だとわかってくれたようだった。
「疑ってごめんなさい。旭日高校の先輩だったんですね」
「それは気にすることじゃないよ。それより、さっきの質問だけど」
「えっと、ルナさんもリエのこと知ってるんですか?」
「まずですけど、私、
イヅミが自分とリエのことについて話してくれようとしたとき、電子音が鳴って話は中断された。母親からのメッセージが届いているようだ。
「あ、ごめんなさい。早く帰ってきてってお母さんが」
「うん。早く帰ったほうがいいよ、最近危ないし。そうだ、連絡先交換しておこうか?」
そう口に出したあとすこし間があって、ルナは心のなかで猛反省した。年下を口説こうとしていると思われているかもしれない。だがそれはちょうど母親に返信していたようで、単純に聞いていないだけだった。連絡先の交換は快くオッケーをもらえて、ルナはこれでリエのことを教えてもらえると喜んだ。
「ルナ、こっちも帰らないと。心配されるわよ?」
「そうだね、メリーさん。イヅミちゃん、気を付けてね!」
「はい、ルナさんもですよ!」
たったこれだけの時間である程度打ち解けられた気がする。イヅミは来年の春の入学シーズンでもうまくやれるタイプだろう。彼女の後ろ姿が道のむこうに見えなくなるまで見送って、それから自分の帰路につく。空はもう真っ暗で、近隣のお家から漂う夕食の香りがルナのお腹を鳴かせるのだった。
◇
きょうはとても濃い一日だった、朝からきさらぎ駅に迷いこんでハスミと出会い、ぬいぐるみを買って帰るとテケテケに出会い。お昼も食べないでテケテケと戦って、よくお母さんになにも言われなかったものだ。そう思ってふとスマホを見ると、お母さんからのメッセージが相当な数届いていた。なんだか申し訳なくなる。
しかし家に着いてまず行ったのは作戦会議だった。メリーさんのことをどうごまかすか、である。ちょうど、ルナのリュックにはぬいぐるみがふたつほど入っている。マリーさんのほうの彼女が選んでくれたものと、自分でずっと楽しみにしていたものとだ。ぬいぐるみを買いにいったということはお母さんにももちろん伝わっている。
ということで、玄関をくぐってお母さんに出迎えられたルナは、動かない人形のふりをしているメリーさんを抱えていた。お母さんは目を丸くする。そりゃそうだ。一日中帰ってこなかった娘がそんな等身大フランス少女人形を持っていたら驚かないわけがない。固まるお母さんと完璧な演技をするメリーさんを前にして、ルナはあらかじめ考えていた台詞を言った。
「ちょっとぬいぐるみ大好きな友達に会って、その子の家に行ってたんだ。それで、このおっきな人形うちじゃ置けないからってもらってきちゃった」
苦しい言い訳だろうか。もともとルナの部屋にはぬいぐるみだけではなく人形もいくつかある。捨てるのももったいないという理由でもらったり、だ。たぶん納得してくれる、はず。
「そう、無くしたりしないで仲良くね」
お母さんの反応は存外薄かった。たぶん、ルナのお母さんは犬猫をもらってきたほうが慌てるだろう。ペットよりお人形さんは手がかからない。いや、お手入れは大変だが、ペットだって自力でシャンプーすれば大変なのには変わらない。
とりあえず第一の関門をクリアし、その後は第二の関門であるメリーさんをルナの力だけで自室に運ぶという試練に苦戦するのだった。
なんとか自室へ到着したルナとメリーさん。とりあえず、今日の戦利品を並べて飾っている先輩なぬいぐるみたちのところに加えた。
これでメリーさんもルナの家の仲間入りだ。華やかなエプロンドレスのおかげで、メリーさんがいるだけでも部屋の可憐さがいくつか上がっていると思う。
咄嗟のときに添い寝しているだけだと思ってもらうためにベッドに寝かせて、ルナも隣で横になった。こうして間近で向かい合うと、お人形さんの端整な顔立ちには不思議と引き寄せられるような魅力がある。
「きょうは疲れたね、メリーさん」
「えぇ。ルナはゆっくり休んで。息抜きはだいじだもの」
ルナの背に手が回され、やさしく抱きしめられた。いつもならルナはぬいぐるみたちを抱く側でいるから、慣れない感じで心の奥がむずむずするような気がしたけれど、心地よさに身を任せているといつのまにか眠りに落ちていた。
このときルナは、もうすぐ晩ごはんが出来上がることをすっかり忘れていたのだが。
「ルナ!ごはんだって言ってるでしょ!」
「ふぇ!?あっそうだった!食べる!」
◇
民家に灯りがついて、団らんの光景も見えはじめるころ。夜はまだまだこれから深まっていくという時間帯だ。屋内とは対照的に静まり返った夜の闇に、とてもこの時間に外にいてはいけない年頃の少女の姿がふたつ浮かんでいた。
ともに小学生くらいだろうが、その幼いかわいらしさに加えて異常な点がいくつか存在していた。
ふたりは都市伝説であるのだから、どちらもただの小学生であるはずはない。
狐の耳としっぽを持った少女が三本足の少女に呼び掛けられ、長く綺麗な金の毛並みを夜闇にきらめかせながら振り向いた。
「やっと見つけた。何してたのよ、チビ助」
「こっくりさんと呼べ脳筋エミリ……っと、本当にエミリか。どうかしたかの?」
こっくりさんとエミリはこの日ノ出海の街へ来るより前。ひとつ前に『当番』だった街でもつるんでいた。エミリはこっくりさんのいたずらにも動じずに付き合い、時に何かと激突するときには戦う役割を貰う。共通の目的があるわけでもなく、ただ気づいたら出会っていたから一緒にいる程度の関係だった。
といっても、今のこっくりさんのようにきゅうに姿を消されると少し気になってしまう。こっくりさんがふらりとどこかへ行ってなにかしらをしでかすのは今に始まったことではない。エミリは毎回心配をする役だ。
「お前がどうもしてないなら、私もなんでもない」
「なんじゃそれ。ま、わらわはいつもどおりじゃがの」
エミリはどこかで気付いている。こっくりさんはアルファにもドリームにも告げないで、なにかを起こそうとしている。ただ都市伝説を放つような、いたずらの域にはおさまらないようなことを。
エミリは知っている。こっくりさんに隠し事があるときは、狐のしっぽを自分の身体にくっつけがちになることを。ちょうどいま、しっぽは背中に沿ってまっすぐ立てられている。ああいうときは、まだ話してくれないことだ。
こっくりさんはなんでも答えてくれる怪異だが、ここでエミリがたずねても十円玉で「ひみつ」の三文字を示されるだけ。なら、もっと別にエミリが知りたいことを聞くしかない。もともとその問いをするために来たのだ。
「ねぇ、こっくりさん」
「なにかの?」
「この身体の関係者に出くわしたことって、あるかしら」
あのとき、エミリのことをリエと呼んでいたあの女。エミリはあの女を知らないが、この身体は知っている。自らが都市伝説たる象徴ともいえる三本目の足を使わなければ、あの場から身体が離れようとしていなかっただろう。
エミリにとって、あれははじめての出来事だった。いちど街を移ったのだから、ほとんど起こらないことであるはずだ。それなのにあの女に出会った。ただの偶然で済ませられることなのだろうか。
「わらわはないが、おぬしは出会ったのか」
「えぇ。こっくりさんならどうする?」
「どうせ記憶にないんじゃろ?じゃあ、特別扱いする必要もないんじゃないかの」
確かに。この身体はもうすでにエミリのものなのだから、幸坂リエが誰と知り合っていたかなど関係がない。集中するべき相手はほかにいるのだ。
自分と同じ人形の怪異で、エミリと互角に渡り合える。自分にいちばん近しい存在。
「メリーさん、ね」
その名前を口に出す。彼女と繰り広げた交差点での戦いは楽しめた。邪魔者がいなければ最高だったかもしれなかった。次こそは、と期待をこめ、浮かべた表情はこっくりさんにバッチリ目撃されていた。
「相変わらず勝手じゃの、おぬしは」
お前だっていつも好き勝手しているだろうと言ってやろうと思ったが、それはこっくりさん本人が一番知っているのだから、言うまでもないのだった。
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