第21話 久しぶりね
テケテケを撃破して上半身も下半身もきちんといっしょに異界に帰してあげて、ルナたちはきさらぎ駅から帰還。みんなでいったん颯家へ集まったのだった。
集まった理由は単純だ。メリーさんたちが見慣れないメリーさんが現れたからである。ルナはどちらもメリーさんと呼んでいるせいで混乱するが、人形のメリーさんと都市伝説のメリーさんで別の人物がおり、そのふたりがはじめて出会ったということだ。
その件で再び緊急集会になった颯家に居候する都市伝説たち。出会ったばかりのころはメリーさんとゲートとルナしかいなかったのが、もうリビングでも床に座らざるを得なくなってきている。
新顔が現れてここに来るときは、いつもその中央に座らせられる。人形のメリーさんもその例には漏れなかった。
「えっと、自己紹介からでいいのよね」
「うん。お願い、メリーさん」
「了解よ!私、メリーさん!よろしくだわ!」
せっかく自己紹介してくれたのだが。
この場にいる初対面のみんなは、どうもふわりと広がった金髪でガラスのような蒼い瞳でいくつかポケットがついた水色のエプロンドレスで、と目の前で座っている彼女との共通点が多すぎてわけがわからなくなっているようだ。特にシグやハスミが言葉を失っているらしい。
「よろしくね、メリー。私もメリーよ」
「えぇ!わかってるわ、まるで姉妹だもの!」
その一方で、当のメリーさんたちはあっさりと受け入れていた。むしろ親近感があって接しやすいのかもしれないし、あのときテケテケという共通の敵が居たためかも。
元よりどちらもルナを守ってくれる頼もしい存在で、敵対することにならないようルナもがんばろうと思っていた。だが、その必要はなかったみたいだった。
「……しってるにおい、だわ」
「へ?なんのこと、かしら?」
「い、いえ。どうしてあなたのこと、なつかしいなんて思ったのかしら。忘れてちょうだい」
相手に指摘され、メリーさんは目を丸くした。小声で言いつつ目をそらす彼女。自分でも自然と口から出た言葉が何を意味するのかわかっていないようだった。
「でもメリーさんとメリーさんじゃどっちがどっちかわかんないよね」
「そうよ、呼び分けてほしいわ」
シグとウィラが当然の反応をみせる。それはたしかにそうだ。今までどっちも一緒にいることはなかったからよかったものの、こうなるとどちらか一方を呼びたいときにどうすればいいかわからないし、名字もないためどちらかもメリーさんではなくすしかなかった。
人形のメリーさんのほうを見ると、彼女は首を横に振る。せっかくもらった名前をいまさら変えるなんて嫌だという意思表示らしい。そこで、都市伝説の彼女が手をあげた。
「じゃあ、私のほうは……そうね。呼び捨てにしてもわかりにくいし。メアリー……だとかぶるかもしれないし。マリーならどうかしら?」
「変えちゃって、いいの?」
「えぇ、別に本名でもないし。私たち都市伝説が表記揺れするなんてよくある話よ。口裂け女と口割れ女みたいな、ね」
せっかく本人がいいと言ってくれているのだ。甘えさせてもらおう。都市伝説から生まれた彼女はマリーさん。そして、人形の身体を持つ彼女はメリーさんということで決まって、さっそくゲートがメリーと呼んで話をする。
「なにかしら?」
「なにかしら」
「待て。お前はマリーさんになるんだろ。人形の方だよ」
けっきょく呼び分けている意味がないように思えるが、それはそれとして、ゲートは自分が話そうとしている内容を続けた。いつものぶっきらぼうな口振りだが、メリーさんのことを心配しているのは隠しきれていない。
「これはまぁ、私らの仲間全員に聞いてるんだが。お前、泊まる宛はあるのか?」
メリーさんが首をかしげ、そういえばどこで暮らしていたのかルナも気になった。野宿にしては衣服も綺麗なままではないだろうか。そこはフランス淑女のひみつよ、とぼかされ、彼女はゲートに問われたほうに答える。
「わがままを言っていいかしら。私、ルナの家に住みたいわ」
「えっ?」
「また前みたいに一緒に暮らしたい、一緒に遊びたい!駄目かしら?」
ルナを見るメリーさんの目は、ルナの心を掴みに来る。もともとは自分がお気に入りだった人形なのだから、そのメリーさんの姿が嫌いなはずはない。ただ、ルナの一存で決められることではないため、不確定なことを言うしかなかった。
「ママに頼んでみるよ」
「ほんと!?ありがと、ルナ!」
まだ決まったわけではないのに喜ぶメリーさん。そんな彼女がほほえましくて、ルナの口もとは自然とほころんで、そして視界の端で混乱しているゲートが目を細めていることに気がついた。
「なぁ、ルナ。人形のメリーって、お前の何なんだ?」
「えっ?うーん、なんていうか、元は私のものだったみたいだし、やっぱり一緒にいると落ち着くから……」
「」
「やっぱり元恋人か、そうか。いや、意外に女ったらしなのかもなとか思ってないぞ」
なにやら、ゲートにはちょっと歪んで伝わってしまっていたようだった。
◇
帰り道、ルナはメリーさんと一緒に帰り道を歩いていた。当然、これからメリーさんと一緒に住んでもいいかと母親に頼む予定なのだから本人は隣にいるべきだ。
それに、メリーさんは戦える。リップ相手にも互角以上に渡り合ってみせたのだ。ルナとしても、どんな都市伝説が現れたって負けない気分でいられたのだ。
「久しぶりね」
しかし、さすがに予想外だったのは、マリーさんのほうがいちど敗北しかけた相手であるエミリが現れることだった。
彼女は前ぶれなく現れた。着せ替え人形のようなドレスに三本目の足があるという彼女の姿は視界に捉えれば忘れないだろう。それでも気配を消す、あるいは気配を感じられる範囲の外から一瞬で現れればくぐりぬけてしまうだろう。エミリがやってのけても、おののきはしても驚きはしない。
「この前の続き、しましょうか」
エミリが構え、メリーさんはきょとんとする。そんなメリーさんを不審に思ったのか、構えたままながら言葉は続く。ルナはエミリがメリーさんふたりを間違えているらしいことはすぐにわかった。
「忘れたとは言わせない。交差点でのことよ」
「えーっと、どちらさまかしら?」
「んなっ、忘れたとは言わせないって、聞こえなかったの!?」
「聞こえてたけど、忘れたとは言ってないわ。ほんとに覚えがないもの」
エミリは馬鹿にされているのかとじっとメリーさんを見つめ、それで球体関節であることに気がついたようで、別人だと認めた。だが、構えを解くことはない。エミリはこの際どちらのメリーさんが相手であっても、戦闘が楽しめればそれでいいと思っているのだろう。
メリーさんのほうもルナを守る使命感に燃えていてすでに臨戦態勢だ。だが、1対1でエミリに勝てる保証はどこにもなく、ルナとしては戦いは避けてほしかった。
じっと二体の人形どうしがにらみ合い、すこし経つと、いくらか通行人がふたりの姿をばっちり目撃しながら通っていく。幸い写真を撮ろうなどと考える輩はおらず、さらに僥倖にめぐりあうことになる。
「あ、ねぇ、あなたもしかして!」
エミリの姿を見て、指をさす少女がいた。恐らくはルナよりも年下だが、大人びた容姿でお化粧も濃すぎずきれいに施されている。ルナの記憶にはない少女であり、メリーさんにとってもおなじく見知らぬ少女であろう。指さしもまっすぐエミリに向かってであることから、彼女の知り合いなのだろう。
都市伝説のことに他人を巻き込みたくないとルナは思わず、彼女に向かって駆け出そうとする。が、メリーさんが止めた。
「リエ、よね?ほら、イヅミよ!小学校のころ……!」
イヅミというらしい少女のその声を聞いたとたんに、エミリはつまらない展開だ、と文句を言いながら拳を下ろす。そのあとにエミリが最初に発したのはため息で、それから返答がなされた。
「そこの女。幸坂リエに用があるなら無駄。その女は、もうこの世界にいないのだから」
誰の制止を聞くこともなく、またイヅミに視線を向けることはまったくないく、エミリはメリーさんに背を向ける。三本の足すべてをばねとして大きく飛び上がり、民家の屋根を伝っていくと、とても徒歩で追い付けない速度でエミリは見えなくなっていく。
残されたイヅミはただ彼女の消えていったほうを見つめているだけだったが、そのうちルナとメリーさんに気がつくとあわてて挨拶をする。
つられておじぎだけでもするルナは、いったい何と言いかけていたのかが気にかかり、恥ずかしげに帰っていこうとするイヅミを追いかけていった。
もしかしたら、エミリがああなる前、つまり人間だったころのことがわかるかもしれない。そんな期待が胸にあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます