第20話 Wの共鳴

 テケテケはメリーさんが撃破し、ゲートによって異界へと返された。その流れを見ていたルナはずっと落ち着かず、テケテケのことは終息しているはずなのにどこか不安でしょうがなかった。

 ゲートはルナの怖がりようをみて心配してくれたのか「私の能力は信用してくれていい、返せたらもうしばらくは出てこないからな」と言ってくれ、元よりゲートを疑っている気分ではなかったルナはあわてて謝った。


 そのあとはメリーさんに頼んで帰り道にも同行してもらって、都市伝説から守ってもらうとともにこの原因さえわからないもやもやを解消してくれないかと期待していた。


「大船に乗ったつもりでいてちょうだい。私が守るから大丈夫よ」


 メリーさんの言葉は頼もしかった。今までの彼女の戦いを間近で見てきたルナは、メリーさんが強いことを知っている。テケテケがまだ倒しきれていなかったところで、きっと撃退してくれる。そう信じて、ルナは見慣れた景色だけを見てふたたび歩き始めた。


 いくらルナの精神がすこし安定したからといって、向こうは待ってくれないわけで。帰路の途中で聞こえてきたのは、道の先で誰かがあげた甲高い悲鳴だった。


「っ!?め、メリーさん!」


「わかってるわ、跳ぶわよ!」


 メリーさんにいきなり抱えられ、あぁ瞬間移動を使うんだなと思っていたルナの身体は抱えられたまま大空へと飛び出していく。とぶ、といってもジャンプのほうだったらしい。風がルナの頬を撫で、その風を切るようにメリーさんは突き進む。

 テケテケが女性の足を掴み奪っていこうとするその瞬間へいざ割り込むというとき、ルナは今度は宙を舞った。メリーさんに放り投げられたと理解したのは地面に尻を打ったあとでだった。


「また出てきたのね。なら、もう一度ぶちのめすだけよ」


 メリーさんは飛び膝蹴りによってテケテケを吹き飛ばし、襲われていた女性にルナのほうへ行くよう告げると追撃のため静かに呟く。世界に対して自らの現在地を歪めて知らせ、本当にその場所へと移動してしまう。


「私メリーさん。いま、あいつの後ろにいるわ」


 拳を振りかぶりながら背後へ回り、後頭部への衝撃をお見舞いする。相変わらずの俊敏な動きで振り返り、なにかをつぶやきながら応戦してくる。だが対応はできていなかった。先程と同様にメリーさんが一方的に攻撃を仕掛け、テケテケは成す術なく体力を失ってゆく。

 最後の足掻きとしてテケテケの狙いはメリーさんからこちらへ変わる。メリーさんならば対応しきれる速度だが、いままで叩きのめされた分彼女も学習していた。瞬間移動と同時に繰り出される攻撃を回避しきり、女性のほうへ飛びかかっていくまでに至ったのだ。咄嗟にルナが女性を突き飛ばし、しかし間に合わなかった。テケテケの恨みがこもった表情が眼前に迫り、ルナを追い詰めてくる。


 このとき、ルナにはテケテケの声がはっきりと聞こえてしまった。悲しく、絞り出すような声だった。


「……わたしのあし、かえして」


 ルナは背筋が凍るような思いと、脚を掴んでくるテケテケに対する恐怖で震え上がりそうになる。だが、懐から温かい力が駆け巡ってきたような気がして、思いきってテケテケを振り払う。すると見えない壁が怪異を弾き出したかのようにテケテケが吹き飛び、飛んでいった先でメリーさんに打撃をもらっていた。上半身だけの彼女は耐えきれずに気を失い、その身体を消失させた。

 ここ見えない壁はおそらく、前もこんなふうに熱をもちながら助けてくれたあの珠によるものだろう。何はともあれ助かった。


「危なかったわね。今のは何かしら、とんでもない退魔の力を放っていたけれど」


「……メリーさん。それはあとで話すね。まずはお姉さんを帰してあげなきゃ」


 ルナは不思議ともう不安ではなくなっていた。むしろ、失われた自分の人生の欠片がふと帰ってきたような安心感にあてられていたのだ。そうしてできた心の余裕は他人を気遣うという方向へ行く。本来の目的だった自身の帰宅も忘れて、襲われていた女性を家まで送ってあげるのだった。



 そして女性を送ってあげたあと。ルナは次の目的地をメリーさんにお願いする。しかしそれは自宅ではなく、先程までルナとメリーさんがいた場所だった。すなわち颯家に戻りたいと言い出したのだ。今度は不安ではなく、いつもの好奇心と言うべきでもなく、その目はまっすぐにメリーさんを見ていた。


 その目に押されてルナと一緒に帰ってきたメリーさん。ふたりしてゲートに「なにそのまま帰ってきてるんだよ」と言われたが、ルナは彼女にも同様の視線を向けて、またメリーさんが再びテケテケが現れたことをゲートに説明して、けっきょく帰宅はまだせずにみんなリビングに集まった。


「あのね、思い出したことがあるの。テケテケについて」


 全員がルナの話に耳を傾けている。ルナもみんなに話さなければならないと思っていた。


「テケテケの怪異はね。ずっと切り離されてしまった脚を探していることになってるの。その脚もまた、都市伝説としてこっちに現れてる」


「そいつと引き合わせば倒せるってことか?」


「ううん。彼女の下半身もあんなふうに動いて人を襲ってるはず。そっちはたしかトコトコっていうんだけど、そのトコトコといっしょに倒さないとすぐに復活しちゃうの。間違いないわ、信じて」


 ルナが拾った記憶のかけらには、小学生だったころの自分がかつて上半身だけの怪異と下半身だけの怪異、両方に襲われた経験がよみがえっていた。誰に教えられたのか、誰に助けてもらっていたのかまでは思い出せなかったが、あのだらの封印でできた珠がすこしだけ取り戻してくれたのだろう。


「でも、そいつらってとんでもないスピードで動くんだろ?どっちも見つけて同時に倒すなんて」


「あ、あの、それでしたら、私に任せてもらえませんか」


 ため息まじりのゲートの言葉の途中で手をあげたのはなんとハスミだった。自ら案があるといい、次はハスミの話を聞く番になる。


「私の都市伝説、メリーさんとルナさんは知ってますよね。きさらぎ駅なら、きっと閉じ込められます」


「なるほどな。私は門を開くことしかできないけど、ハスミは異空間を出現させられるってわけだ」


「は、はい。でも、市街地だと屋外にいる人を巻き込んで展開してしまうんですが……」


 テケテケとトコトコをどちらも同じ場所へ誘導する方向でいくと決まるが、必要な事項はまだある。テケテケたちは満身創痍になると姿を消すし、囮を使っても途中で通行人に目標が変わってしまう可能性は大いにある。なら、人を誘導して目標を変えさせないようにする係が必要だろう。

 そこで、シグとウィラが手をあげた。自分達にできることをやりたいと言ってくれる。それに加えてゲートも協力すると申し出て、のこるは肝心の同時に撃破する方法だった。


 ルナには、ふと思い当たる節があった。メリーさんと同じようにあのテケテケと戦える者といえば。


「よし。じゃあ、私は助っ人を呼んでくるね!心の準備ができたらすぐにでもやろう!」


 ◇


 作戦は決行された。不思議な少女たちによって帰宅を急がされ、人々の中にはお姫様抱っこで送り届けられた者もいて、道の上に人影はルナとメリーさんたち数名の少女しかない。そしてゲートやシグが察知したふたつの同じ気配、恐らくテケテケとトコトコであろうそれを追い、ウィラが火の玉で誘導したりなどして気をひいて目標の場所に追い詰める。


 そして、最後の仕上げはハスミによるものだ。都市伝説の能力を行使し、ルナ、メリーさん、テケテケとトコトコ、そして最後に助っ人だというひとりのみをきさらぎ駅へと飛ばし、自らはその場へ座り込む。意識を集中させ、限定的な異世界を安定させるためだ。ここまでは至って順調だった。


 無人駅のホームで、上半身と下半身がうごめくところへメリーさんとルナが並ぶ。その隣へ、助っ人だという少女が現れた。メリーさんによく似た、しかし手などは球体関節でできている人形の少女だ。


「あなたが、人形のメリーさんね」


メリーさんがいる……え?ルナ、どうするのかしらこれ?」


「えっと、メリーさんと肩を並べられるのってやっぱりメリーさんかなって」


 ルナは人形のメリーさんを呼び出した。しかし彼女にはもうひとりいるということを知らなかったため混乱しているらしい。だが目の前で動き回るテケテケとトコトコが危険な相手だとはわかっているらしく、戦闘態勢には入っている。

 テケテケがルナを見つけて飛びかかろうとしたときにはふたりで同時に拳でテケテケを止めてくれた。胸と顔にそれぞれが与えたダメージの痕ができていて、鼻血を流し咳を繰り返していた。


「とりあえず、ルナを守らなくちゃってのはわかるわ」


「えぇ、それでまったく間違いはないわ!」


 それぞれが高速で動き回る相手に向かっていき、それぞれの戦闘がはじまった。まず先程のダブルパンチをすでに受けているテケテケは動きが鈍っており、人形のメリーさんに掴んで投げ飛ばされていく。

 さらに飛ばされた先には生身のメリーさんが瞬間移動で先回りし、飛んで来る勢いを利用した回し蹴りを炸裂させた。蹴りで突き出した足にはテケテケの手が伸びてくるが、あえて掴ませることで逃げ場を失わせて地面に叩きつける。


 一方で相手がトコトコに入れ換わった人形のメリーさんは踊るように跳んでまわる相手に対してスライディングで体勢を崩す。脚しかないトコトコは押さえ込むのは容易であり、もがくトコトコを振り回したり近くのフェンスを引っこ抜いてトコトコのキックを受け止める盾とするなど苦戦する様子もないままふらふらの状態まで持っていった。


「さて、決めるわよ。下がってて」


 人形のメリーさんが手を構える。そのとき確実になにかがあると察してくれ、射線上にはひとりぶんしかいなくなる。テケテケとトコトコ目掛けて、人形の手のひらには光が溜められて、そして一気に放たれる。

 メリーさんのビームはふたつに分かたれていた都市伝説を痙攣程度にしか動かなくし、そしてそこへは都市伝説を封印するお札が当てられテケテケもトコトコも同じお札に吸い込まれていった。これで、復活することはなくなったはずだ。


 きさらぎ駅の自然に囲まれた風景がもとのコンクリートの住宅街に戻っていく。そのあいだ、初対面ながら互いに良かったとメリーさん同士が握手しており、喧嘩にならなくてよかったとルナは安堵のため息をついたのだった。

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