第19話 いろいろ二分割
颯家にはすでに何人もの少女たちが出入りしており、近所でも不思議な集会所だとささやかれている。かわいらしい小学生から上品な女性まで、家主であるばあやも含めればマダムまで住んでいる奇怪な家だと。
その家に、きょうは新しい仲間が訪れていた。おじぞうさまの縁起がよさそうなぬいぐるみを傍らに、とても緊張している様子だ。後ろでポニーテールにまとめているやさしい黄緑の髪も、赤褐色をした鈍く輝くタイツに包まれた脚も、よく見ると小刻みに震えていた。
「は、はじめましてっ、私、『ハスミ』って、いうんですけど……よろしくおねがい、してくれると、たいへんおこがましくもうれしく、あ、いや、うれしかったり、する、みたいな、そんなかんじかもしれません……」
ウィラ、シグ、ぬいぐるみ、ルナ、ぬいぐるみ、そしてゲートとメリーさんとぬいぐるみ。まわりをぐるりとすべて囲まれていてプレッシャーがすごいのだろう。だんだんしぼんでいく言葉にルナはがんばれと小声で応援し、しかし口ごもってしまうハスミにゲートがため息をついた。
「大丈夫なのか?そのくらい確信持てよ」
「ゲート、顔怖いよ」
彼女のぶっきらぼうな態度はハスミに怖い人だという印象を与えてしまうだろう。ルナはゲートに向かってそう指摘して、彼女は仕方なさそうに猫をかぶっているときの颯トトキになった。
「私は颯トトキ、よろしくね、ハスミちゃん!」
「あ、は、はい、よろしくです」
「うん、ふだん私のことはゲートって呼んでほしいなぁ、それとこっちの子がウィラちゃんで……」
作っている彼女がハスミに対してそれぞれの代わりに紹介をしてくれて、ハスミの震えもおさまっていっている気がする。どうして学校でこの偽りのテクニックを披露しないのだろうか。考えているうちにゲートは素に戻っていて、それなりに疲れているようだ。確かにふだん無愛想な彼女がそういうのを演じれば気力を消耗するのは当然かもしれない。
「それで、ここに連れてきてこれからどうするんだ。ハスミは行く宛はあるのか?」
「えと、きさらぎ駅出せばそこで過ごせます」
「つまり家なしじゃねぇか。ったく、しょうがねえな」
ハスミが首をかしげる。ゲートはすっかりその気でいるらしく、ベッドや衣類はどうするかと考え始め、それが面白くて思わずルナが笑ってしまった。
「ゲート、まだハスミちゃんがここに住むって決まってないよ」
「……あ。で、でもどうせそうなんだろ、な?」
「え?い、いえ、私は大丈夫です、居候なんてそんな」
「そこは住むって答えろよ!」
ついつい語勢を強めてしまうゲートに、驚くハスミ。誰かの助け船がないとそのうちハスミを泣かせてしまいそうだ。しかしシグもウィラもメリーさんも自己紹介が終わったとみるや否や対戦ゲームをはじめており、シグとメリーさんが熟練の指さばきで熱くぶつかりあっていた。空気を読んでいるやらいないやら、ルナはゲートとハスミの凸凹コンビに注意を戻す。
「ひっ、あの、ごめんなさい」
「……あぁ、こっちこそすまん。無理しなくていいんだぞ」
「い、いえ、お言葉に甘えます、はい」
このふたりのことだから険悪にはならなさそうだが、心配なことに代わりはなかった。ただ、メリーさんにはこの後で「お姉さん面してるわね」と言われてしまうのだったが。
◇
都市伝説たちが潜伏する暗い森。木を蹴り倒そうとしてアルファに「環境破壊はいけませんよ」と止められて不機嫌だったエミリとそうさせたアルファのほかに、もうふたりぶんの影が追加されていた。片方はアルファの横に突っ立っているが、もう一方は突如ふらりと現れてエミリを警戒体勢にさせていた。
「誰だ……って、ドリームか。どこ行ってたの、おまえ」
「ちょっと捕まってまして~」
エミリからするとやりあっても楽しそうではなくなるべく関わりたくないのがドリームである。帰ってくるのは、こっくりさんよりも嬉しくない。ただ仲間がいないと心配してしまうのがエミリであり、内心ほっとしている自分もどこかにはいた。
「では、ドリームも戻って来ましたし。次の都市伝説を放ちましょう」
アルファは隣に立っている中学生ごろの少女の頭を掴んで引き寄せると、彼女に向かってこう問いかける。
「赤が好き?白が好き?それとも青が好き?」
少女は答えない。あたりに静寂が広がる。小鳥のさえずりですらあるはずもない。アルファはエミリとドリームにむかっておどけてみせた。
「やっぱり赤ですよね」
アルファがマントの内側に手を伸ばした瞬間だった。一瞬にして懐から鎌を取り出すと、少女の腰のあたりを薙いでしまった。おおよそマントの内側にしまっておける大きさの鎌ではなかったが、アルファなので気にしなかった。
一方ですっぱりと切られてしまった少女のほうは、いままでしゃべっていなかったわりにひっきりなしに呻き声をあげていた。
「おぉ、これは!見てくださいよ!」
切り離されてもがく少女の下半分を取っ捕まえ、真っ赤な断面を見せつけてくるアルファ。何を嬉しそうにしているのかドリームもわかっていないらしく、首をかしげているのが目に入る。しばし沈黙が血の臭いとともに場に充満し、流れ出る血液がただ草を染めていた。アルファの説明はそのあとでだった。
「今回すごくきれいに切れました」
「……それがどうした」
「私的にはもっとぐちゃぐちゃなほうが好きですね~」
想像よりはるかにどうでもいいことだった。エミリともドリームとも趣味があわなかったアルファはきれいな断面をしているらしい少女をそこらへんに放流し、残念そうに呟いた。
「趣味があいませんね」
エミリは「おまえなんかと合ってたまるか」と心の中で吐き捨てたのだった。
◇
ハスミが同居することが決まり、ばあやに掛け合い、にぎやかになるならいいことだと言われて安心した。しかしここまでくると、素性の知れない女の子たちを四人も平然と居候させるばあやの正体がわからなくなってくる。都市伝説より都市伝説らしいおばあちゃんではないだろうか。
それはそうと、ハスミが新たに入居してもベッドが増えてくれるわけはなく、ゲートは押し入れから敷布団を引っ張り出してくるのを付き合えと吹っ掛けてきた。それとルナに付き合わされたメリーさんとハスミが持ち込んできたぬいぐるみの設置もだ。
せっかくなのでそれはハスミとの共同作業にしてもらおうと思い、ふたりを残してルナたちは居間で対戦に興じていた。ところがある時、その作業を放り出してまでやってきたのかゲートが居間に駆け込んできた。
「メリー、仕事だ」
「都市伝説が出たのかしら?」
「その通りだよ。ルナを連れて出てくれ。都市伝説自体にはお前が一番詳しいからな」
メリーさんと二人で都市伝説退治。思えば、ルナが巻き込まれる形ではなくこちらから赴くというのははじめてかもしれない。準備らしい準備といえばテレビの前から離れることで、すぐさま立ち上がったメリーさんはルナに声をかけてくれた。
「いくわよ、ルナ」
「うん!メリーさん!」
スマートフォンをゲートとの通話状態にしたままで出発し、場所を指示してもらう。彼女の周囲であればだいたい都市伝説の気配はわかるそうだ。ただそれは広範囲とはとても言えないくらいであるから、今回の都市伝説は非常に近くにいることになる。
トトキの家から歩いてたった数分のところで、電話越しの移動指示がなくなった。
「そこだ、気をつけろよ!」
「言われなくてもわかってるわ」
何の変哲もない住宅街に異様なものが落ちている、否、這いずっている光景を目にしてもメリーさんは怖じ気づくことはない。退治すべき標的を見て気を引き締めるのだ。武器はいっさい持たず、己の拳をこそ武器とするメリーさんは、道路に這いつくばる少女をしっかりとその目に捉えた。
そのあいだ、ルナはしっかりとその都市伝説の姿を視認し、記憶を辿る。今回は単純だった。強烈な特徴がひとつあるからだ。下半身がなく、上半身のみで動き回るという怪異。『テケテケ』である。
「気をつけてメリーさん、ああ見えて、テケテケって速いみたいだから」
「わかったわ。とっとと片付けてゲームの続きと行きましょうか!」
ルナがいそいで物陰に隠れ、ふたりの激突がはじまった。たった数秒のあいだなのにすでに空中での戦いに移っている。壁を這い回ることもできる相手に対してワープして追いすがるメリーさん。彼女の打撃は確かに効いている。
テケテケはたしかに速度ではメリーさんに勝っていて、純粋な競争では追い付けなかっただろうが、代わりに腕が自由ではない。動きながら防御は出来ないのだ。いくら距離のリーチがあっても追いつけるメリーさんを相手取っての戦闘においてそれは致命的だ。
振りかぶって振り下ろす瞬間に間合いをゼロにすることで打ち込まれる一撃がテケテケの意識を揺らし、やはり苦戦の様子はなく行動不能に追い込んだ。
あとはお札に封じ込めて、異界へ送り返すだけだ。お札を押し付けることで滞りなく封印が行われ、上半身だけの怪異は住宅街から姿を消す。
これで一件落着だ。被害が出る前に倒すことができてよかった。ルナは胸を撫で下ろす。
だが、まだ胸のどこかにひっかかるものがあった。テケテケがあれで終わってくれるだろうか、という不安感が残っている。
メリーさんもそれを汲み取ってくれているらしく、ゲートたちのもとへと戻る道ではずっと警戒しながら先を歩いていってくれていた。
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