第18話 2月のラビリンス

 都市伝説たちの出没する場所はたいてい決まっている。時間帯のみが指定されている場合もあるが、避けられるように設置されているものが多い。例えば学校のトイレ、公衆トイレ。なぜかしらトイレは恐怖の象徴として扱われる。


 残念ながら、そんな場所に現れるといわれる都市伝説だったからといって、少女の身体で入り浸るなどする者はほとんどいなかった。その代わり、何人かの都市伝説は外れにある暗い森の中にふらりと現れる。


「おや、エミリさん。どうかなされましたか?」


「いつもここでトレーニングしてるだけ、会いに来たわけじゃない」


『三本足の人形』であるエミリと、もう一人赤いマントの少女アルファもそのうちに含まれる都市伝説であった。特に共通の目的もないのに軽くつるんでいる程度の関係であるふたりの仲は決してよくないが、それはエミリとアルファが互いに意識していないだけである。


「ツンデレさんですね」


 そんなことを言いつつも、アルファの笑顔にも見える無表情はエミリのことを見ていない。エミリの方もアルファには目もくれず、木に向かって体術の構えの練習に入っている。


「……そういえば。最近こっくりとドリームを見ないが」


「こっくりさんちゃんはわかりませんねぇ、彼女は自由ですし」


「じゃあドリームならわかるのか?」


「さぁ、夢の中にいるんじゃないでしょうか?」


 エミリはこの答えではじめてアルファのほうに視線をやった。相変わらず笑っているアルファの表情は情報を出さずにエミリを煽っているようであり、エミリはとても嫌そうな顔をした。


 ◇


 とある土曜日。この日のルナは電車に乗ってお出かけしようと思っていた。ルナの家にはたくさんお人形さんとぬいぐるみがあるのだが、欲しかったぬいぐるみの発売日だったのだ。おかげで昨日はなかなか眠れなかった。


 まだ眠い目をこすりながらもちゃんと朝ごはんを食べて準備して、いつも通りに電車に乗っていく。ルナの目的地は学校へ行く時間帯とだいたい同じでちょうど開店時間と同じくらいになる程度の距離で、利用もはじめてではない。いつも通りにしていれば、着かないなんてことはない。


 しかし、最近のルナはいろんなものに目をつけられることが多く。残念ながら、この日もそうだった。

 つい暖かい車内で眠りに落ちてしまったルナは、目的の駅を通りすぎ、まばらにいたはずの乗客がいなくなるまで起きることはなかった。どこか遠い駅に着いたらしく止まったところでやっと目を覚ますことになる。


「あれ、ここ、どこ?」


 昔から楽しみで眠れなくてつい寝過ごすことはなかったわけではないのだが、それでもまだ歩いて引き返せる距離ですんでいた。だが今回は事情が違っていて、あたりの景色は山ばかりで何もない。そんなに睡眠不足だったかなと苦笑いしながらひとまず降りてみるが、駅には誰もいなかった。


「こんな駅あったかな?」


 無人駅がいつもの路線にあると聞いた覚えはない。それに改札の電源も入っていなくて、なんだか不気味である。時刻表はぼろぼろになっていたし、遠くから太鼓や鈴の音が聞こえている。電車はすでに行ってしまっていて、次を待つしかなさそうだった。


「なんて駅なんだろう」


 柱に駅名が書いてないかと探してみると「きさらぎ駅」というらしい。ルナも話は聞いたことがある名前で、少なくとも日ノ出海から行けていいような場所ではないはずだった。ルナは血の気がひく思いだ。


 ルナはきさらぎ駅を普通の駅だとして聞いたことはない。あるのは都市伝説として、である。脳裏によぎる可能性は、都市伝説が現実になろうとしてルナを誘い込んだのではないかということだ。


 ルナは大急ぎでスマートフォンを取り出して電話をかけようとした、のだが誰にもつながらない。SNSはかろうじて使えるのだが、それが助かる道になるとは思えない。きさらぎ駅の話を調べてもいいが、そこで記述されている方法だと都市伝説が現実になるという事態になってしまい本当に帰れなくなってしまうかもしれない。

 怪異が襲ってくるよりも怖くなったルナは、思いきって線路に飛びだしていって、太鼓の音が聞こえてくる方向へ行くことにした。このきさらぎ駅がどうなっているのか謎のままではすませたくない、という感情で恐怖をごまかして、足を無理にでも進ませる。


「線路なんて歩いたら危ないわ」


 声が聞こえて、ルナも短く悲鳴をあげてしまった。もしかしなくても、これは都市伝説の現実化を辿っているのではないだろうか。急いで振り向くと、そこに立っていたのは見知った人物だった。


「私メリーさん、なんであなたがここにいるのよ」


「そっ、それは私のセリフだよ!」


 声をかけてくれたのは、人形ではない方のメリーさんだ。どうしてきさらぎ駅にメリーさんが出没するのかはおいといて、彼女なら安心だと駆け寄って、何が起きているのか聞こうとした。そこで、ルナの心にはふと思い出されることがある。

 数日前のこと。高校が午前授業でさっさと帰ることができた日の出来事だ。ルナはメリーさんにひどい言葉を浴びせ、それっきりで別れていた。それで彼女が助けてくれるだろうか。きゅうに不安になったけれど、メリーさんのほうが先に口を開いた。


「気にすることはないわ。あなたは事実を言っただけ。私は人殺しよ」


 そう言い切ったメリーさんは、でもね、とひとこと置いて、ルナの手を握った。


「だから私はあなたたちを守る。何も知らなかったメリーが犯した過ちを償うために戦うの」


 メリーさんはルナを線路から引き戻し、さらに抱えあげると改札をひょいと乗り越えた。こんな不気味な駅はさっさと出てしまおうということらしい。あたりには草原と山しか見えないが、メリーさんは堂々と進んでいく。その態度はどうにかしてこの都市伝説を突破する方法を知っているのか、と思わせるが、彼女はある程度進むと「迷ったわ」と小声でつぶやいた。


「えっ、メリーさん道知ってる訳じゃなかったの?」


「ゲートに言われて来ただけだもの。異世界みたいなものとしか知らないわ」


 メリーさんよりルナのほうがこの現象には恐らく詳しいことが判明した。といっても、それでも都市伝説の枠を外れた脱出方法が見つかるわけではないのだが。


「あ、メリーさん、あれ!」


 ルナはふと木々のあいだに人影をみつけ、駆け寄っていった。同じく迷い込んでしまった人かもしれない。暗い中から彼女を連れ出すと、赤みがかった茶髪を切り揃えている少女だった。ルナと同年代らしい。連れ出してみても薄暗くて顔はよく見えなかったが、服装はワイシャツで夏仕様だ。


「大丈夫?」


「はい……えっと、人間の方ですか?」


「うん、ちゃんと生きてるよ。私はルナ、あなたは?」


「……ハスミ、です」


 ハスミと名乗った彼女もまた、電車に乗っていて迷い込んでしまったと話す。ルナも同じであるから、解決は望めなさそうだ。メリーさんのところへ戻るしかなさそうだった。


「あの、ルナ、さん」


「なに?あ、ルナでいいよ」


「……会えてよかったです。ひとりだと、心細かったので」


 ルナは彼女の言葉に微笑みで返す。こんな場所にひとりでいる恐怖はルナもすでに味わっていた。

 ハスミに出会って連れて帰るまでのあいだにメリーさんはいろいろ試行錯誤していたようで、代表的なものとしては駅にあった自動販売機をおもいっきり殴って破壊していた。


「なにしてるの、メリーさん」


「こいつ割ったら現世への隠し扉とか出てこないかなって」


 これには初対面のハスミは苦笑を見せ、ルナとメリーさんとハスミは三人で行動しようとする。とにかくなにかしらの音がする方向にはなにかあるだろうと思い、メリーさんを先頭にずんずん追っていくと、その先には誰かが立っていた。男の人のようだ。

 彼はハスミを見るなり傍らに止めてあった車に乗り込んで、なんとアクセルを踏んだ。逃げるな、向かってこいと言いたげである。もちろんメリーさんが応戦し、正面から彼の乗るワンボックスカーを止めて横に投げ飛ばす。車は飛ばされていった先の闇に消えていき、すぐに見えなくなった。


 ルナは疑問に思った。きさらぎ駅の話に襲ってくるようなものはあっただろうか、と。彼はハスミを見て車に乗り込んでいったのだから、ハスミになにかあるのではないだろうか。

 彼女のほうを見ると、なによりも車に真っ正面から向かっていって投げ飛ばすメリーさん、しかも見た目10歳前後の幼い少女に唖然としているようだった。


「だんだん気配は濃くなってるし、おそらくこの空間の主がこの先にいるわね」


「主?本体がいるの?」


 ルナの問いにメリーさんが頷き、そのまま進んでいく。と、いままで駅から出て山道を歩いてきたはずなのにどうしてか線路の上に出て、しかも「伊佐貫」と名の書かれたトンネルの前に来ていた。あれは確か、通ってはいけないやつではなかったか。


「あの、ごめんなさい、これ以上はやめてほしいんですけど……」


 そしてトンネルの前には若葉色のポニーテールとブレザーに似合わぬ錆色のタイツ生地がよく目立つ女の子が立っていた。彼女もハスミやルナと同年代だろう。しかし迷い込んだふうではなくて、メリーさんのいう本体だろうと思われた。たれ目と眉からしても気弱そうで、目をそらしがちなところから性格がうかがえる。

 と、次の瞬間には彼女の姿は消えていて、メリーさんと金属が激突する音が耳に入った。


「あの、邪魔、しないでください」


「そこの人間を殺すためにここまで用意したの?ご苦労なことね」


 メリーさんがその脚で止めていたのは駅の看板だ。しっかりときさらぎ駅と書かれており、それだけでなく「やみ」「かたす」と前後の駅名も記されている。メリーさんが彼女を弾き飛ばすと受け身も取らずに地面に激突し、痛みに悶える声を出すとただでさえおどおどしていた彼女の声が震え始めた。


「ちょっと、ほんと、無理です、やめてください、あの、その人、殺せなくなっちゃいます」


 やはりハスミが目的で間違いないらしい。メリーさんが震える彼女を睨み付け、ルナはハスミのほうを庇おうと前に出た。すると、いきなり背後から蹴り飛ばされてメリーさんにぶつかって、ふたりして地面に倒れ込む。

 なにが起きているのかわからないまま振り返ると、なんとハスミがルナを蹴り飛ばしたらしかった。ハスミは呆然とするルナを放ったまま指をぱちんと鳴らし、どこからか現れた小人たちが駅員さんの制服を運んできてハスミに着せていく。胸のバッジにいたずらっぽく笑う猿がデザインされていて、それを見るなりメリーさんが目の色を変えた。


「ねぇ、ハスミ?」


「……ふふ。その名前で呼ぶべき人は、私じゃないですよ~?」


「ルナ、そいつはハスミなんて名前じゃないわ。そいつは『ドリーム』よ!あと私の上からどけて!」


 ルナは自分の下敷きになっていたメリーさんの言葉で我に返り、立ち上がって改めて自分を蹴飛ばした彼女を見た。思い出すのはシグの証言だ。ドリームの特徴としてあげられた特徴がきれいに当てはまることを理解して、笑う彼女にはじめて恐怖を覚える。


「ありがとうございました~、ここまで連れてきていただいて」


「ルナと私を利用した、ってことかしら」


「名演技だったでしょ~?」


 ドリームはほんわかとした雰囲気を崩さないままに歩きはじめる。メリーさんに飛ばされてから起き上がっていない少女へと近寄っていって、見下した目で「残念でしたね~」と告げてから、背後のトンネルを堂々と通っていく。


 残されたルナとメリーさんは、ドリームがいなくなってやっとあの少女が人間に害をなそうとは考えていなかったことを理解したのだった。


「……どうやら、こっちの勘違いだったみたいね。謝罪で済むものじゃないだろうけれど、ごめんなさい」


「あっ、い、いえ、そこまではいいです、私が説明していれば、うぅ、していれば……やっぱり私だめな子だ……」


 トンネルの前で待ち構えていた彼女はメリーさんに手を貸してもらい、やっと立ち上がった。先程の受け身失敗で腰を痛めていたらしい。

 そんな彼女の自己評価の低い言葉が入り交じる話を聞いてみると、メリーさんたちの方が後悔を重ねる事実が多くあった。なんでも彼女こそが本当の『ハスミ』であり、ドリームをこのきさらぎ駅の空間に閉じ込めて倒そうと考えていたところだった。しかしドリームは自らの力でルナを誘い、都市伝説の中で気配が目立たなくなるのを利用して一般人のふりをすることで出口であるここまで連れてこさせたのだとか。


「あ、あの、すぐにこれ解除するので、ゆ、ゆるしてください」


 謝りたいのはこちらも一緒だったのだが、ハスミが先に言葉を続けるせいでなかなか言えず、けっきょくハスミの能力が解除されたことによってルナたちはいつの間にかきさらぎ駅ではなくルナの目的の駅に立っていた。


「えっと、元々ここに来たかったんですよね……?」


 ハスミの配慮にルナは頷き、ある名案を思い付く。ずっと引きずっていそうなハスミと、気分がよさそうではないメリーさんのふたりのことも考えて言えることだ。


「ねぇ、ふたりとも。せっかくだし、ぬいぐるみ見に行かない?」


 ふたりの少女を誘ったのは、ルナの本来の目的であるお買い物にである。

 このあと、一番楽しんでいたのがルナだったのはじゅうぶん予測できることだった。

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