第17話 送り火もぼやける

 ルナのことをメリーさんたちと話したのち、トラオとリュウタはふたり並んで帰っていた。きょうはトラオも徒歩だったため、途中までどうしても帰り道は同じになるのだ。

 この組み合わせ、決して仲が悪いわけではないのだが、だいたいルナが間に入っている。彼女を抜きにして並ぶことはあまりないのだ。男女分かれたときはトラオのテンション高めなノリとリュウタの落ち着いた頭のいいノリで互いに別の友人と接している。


 おかげで、いざ話すとなるとふたりともルナのことしか浮かんで来ず、そしてさすがにこれを言うのはあいつのことを考えすぎだと思われそうだとふたりとも言葉を呑み込むため話はまったく弾んでいなかった。


 そのため、突如リュウタが眼鏡を奪われるという驚きのイベントも、雰囲気が明るくなるぶんありがたいことだとも言えた。


「ちょっ、何ですか!?」


「こっちだよー、お兄ちゃん!」


「その声、ウィラですか!なぜいきなり!」


 赤いツインテールが特徴の女の子があらわれて、リュウタは彼女を追おうとして転ぶ。ポケットからは小さな懐中電灯が出てきて、眼鏡は返されないがそちらはツインテの子、ウィラが拾ってリュウタに返した。


「あぁ、ありがとうございます。ってもっと大事なものは!」


「まだだーめっ、これってお兄ちゃんへの挨拶みたいなものだし?」


 向こうから来たふたりの顔見知り。片方はリュウタの眼鏡を奪っていったいたずらっ子で、もうひとりは買い物袋を持ってため息をついている女性だ。リュウタに絡んでいるのがウィラで、ため息のほうがシグ、という名前だったはず。


「確かルナの幼なじみよね、奇遇だわ」


「買い出しの帰りか?」


「えぇ。それと、ウィラの散歩も兼ねて」


 シグとウィラはトトキの家に居候しているそうだが、そうなると家の主の婆さんを含めて五人の入居者になる。シグは少食だと言い出したが、ほかはそうでもないようで、買い物袋は大きく膨らんでいた。


「ん?そういやあんた、普通に出歩けるんだな」


「えぇ、ゲートにちょっと調整してもらってね。人手は多いに越したことはないって」


 ああやってはしゃぎまわっているウィラは世話が焼けるのだろう。シグの手伝いも必要だったと思われる。ただの都市伝説のままでありながら、生活になじんでいるようだった。


「今からお帰りみたいだけど。良ければ付き添いましょうか?」


「いいよ、そっちだって買い物帰りだろ」


 最近は都市伝説のせいかなにかと物騒だ。トラオは人面犬、リュウタは学校で看護婦に追いかけられた経験がある。ただ都市伝説というものがどういう目的で現れるのかを知った以上、対処はできると踏んでいた。のだが、シグはさらに押してくる。


「あなたたちが傷ついてルナが悲しんだら大変だわ」


「……お、おう、そうだな」


 ルナの話を出されると弱くなる。よりどころのないルナは弱い、という話をメリーさんたちにしたばかりだったため、よけいにだ。


「じゃあ頼んでもいいか?代わりに買い物袋は俺が持つよ」


「あら、ありがとう。頼もしいのね」


 渡された買い物袋は想像以上の重さだったがそれはそれ。シグとウィラにも付き合ってもらうことになったが、ふと振り向くとリュウタがウィラのいたずらにひたすら付き合わされていた。


「行くわよ、ウィラ」


「はーい!」


「その前に眼鏡を返してください」


 ウィラはこの前からリュウタの眼鏡がお気に入りなのか、奪っていってはしばらく持ち歩いている。そういえば、昔からリュウタは幼い女の子に好かれやすいような。ウィラのなつき方はいままでトラオが見てきた例にはあてはまらなかったが。

 リュウタの願いは聞き入れられず、裸眼のままシグに手をひかれて歩くことになった。再び出発し、いつもはあまり通らない道を歩いていく。いままでトトキと関わっていなかったため、行動範囲ではないのは当然だった。


「あれ?あの子は……」


 その道中で、リュウタが声をあげた。彼は裸眼だとほとんど見えないはずなのだが、トラオたちより先にとあるビルの屋上を指したのだ。しかしトラオたちがつられて見ても誰もおらず、鳥がぼやけて人に見えたのかと聞いても「確かに女の子だった」と答えた。視力が悪いはずなのに、その女の子だけが鮮明に見えたという。


「シグ、都市伝説の気配は?」


「まったくもってないわ。気のせいとは思えないし……」


「あ、こんにちは!どうしたの?」


 今度はウィラがなにもない場所に向かって話しかけはじめた。かと思ってなにかあるのか注視しているとぼんやりと見えるようになってきた。明るい茶髪が濡らしたような艶をもっていて、伸ばしているのか目元が隠れている。帽子とワンピースからはおとなしそうな印象があり、どこか出会ったばかりのルナのことを思い起こす容姿だった。


「リュウタ、あの子か?」


「そうです。さっきは屋上に見えたのですが」


 トラオはそれで納得したが、シグがまったく見えていないようで首をかしげている。リュウタにだけはっきり見えて、都市伝説の気配がシグには感じられず、ウィラには平然と話しかけられる。つまり一般人と変わりなく見えるのだろう。しかしその女の子はウィラの声には言葉を返さず、手招きをしてビルのほうへと消えていく。


「あっ、まって!」


 ウィラがあわてて追いかけていくのを、リュウタとトラオが追い、それをさらにシグが追う形となった。ウィラに呼び掛けても止まろうとはせず、リュウタも裸眼のはずなのに迷わず進んでいく。女の子はふと登り階段の上方に現れては消えを繰り返して、ウィラたちを屋上のほうへと導いていった。


 そして、屋上にたどり着く。いったい何が待ち受けているのかと思っていても普通に屋上の風景であり、さっきまでいた道が見下ろせた。フェンスは女性にしては背の高いシグの首ほどまであり、そこそこ古そうだった。しかし老朽化している部分があるようではない。あの女の子に悪意があったとしても、突き落とすことはできなかっただろう。


 あたりを見回して、トラオとウィラはあの女の子を探していた。そして何かに気がついたのか、顔色を変えてこう言った。


「……最悪の可能性ですが、いいですか?」


「何だ?」


「この屋上ですが、すこし異臭がしませんか?」


 リュウタの言葉で集中してみると、かすかに鼻につくものがある。慣れない匂いにトラオは見当がつかず、リュウタに質問を返した。


「何の匂いだろうな、これ」


「恐らく、ですが。ついてきてください」


 リュウタがトラオたちを連れていったのは貯水槽のところであった。注意して嗅いでみると、確かにあのかすかな異臭は濃くなっている。リュウタはトラオに覚悟はあるかと問い、トラオはよくわからないながら頷く。やけに真剣な表情の彼は貯水槽のふたを開き、中を懐中電灯で照らしてみせた。


「恐らくふたに鍵がかけられていなかったことが原因でしょう。トラオ、警察に通報を」


 そこで見た光景は、トラオにとって思い出したくないものとなる。確かに可能性としては考えていた話だったけれど、実際に目にするとなると衝撃的だった。トラオが目にしたのは、さっきまで現れては消えていたあの子だったのだ。


 あとは警察の仕事だということで、道に戻って通報、貯水槽から異臭がするんですと伝えて引き継いだ。これであの子は、こんな場所にとどまっていないで行くべき場所に行けるだろうか。

 警察の人がビルへ入っていって、トラオたちが残された。振り返ると、あの女の子がそこにいて、やっと前髪で隠れていた目元が見えるようになっている。


「ありがとう」


 彼女は笑顔でそう言って、だんだんと薄れて見えなくなっていく。

 どうやら、リュウタが幼い女の子に好かれるというのは本当らしい。それともあの子は、リュウタがウィラと仲良くしているのを見て彼を選んだのだろうか。


 非科学的な話だったが、リュウタを見るとやさしく手を振っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る