第16話 ルナティック・エンプティ

 午前授業ですぐに解散、帰宅して昼食をとってこれから自分の時間。のはずが、盾寺トラオと女笠リュウタはクラスメイトの颯トトキに呼び出されていた。彼女の家に通され、お菓子を出されたが、そこにメリーさんやトトキはいてもルナの姿はない。そして案の定、メリーさんがふたりを呼び出した理由がそのルナだった。


「実は、彼女と喧嘩別れしてしまって」


 メリーさんと喧嘩別れする女子高生とは、なかなかおかしな字面だが、いきさつを聞くにとても一般人では想像がつかず、何といっていいのかわかるわけもなくトラオとリュウタは顔を見合わせていた。世の中のどこに『心がただでさえ弱っているのに実は知り合いの中身が出会ったときから別人だったと明かされたときの衝撃』を理解できる者がいるのだろう。日本だと、いても一桁だろう。


 そうなると、追い詰められていたときのルナを知っている者がいるほうが可能性のある話であった。もちろん可能性は100パーセントだ。ここにトラオとリュウタがいるのだから。


「心が限界に近いときのルナ、ですか。まぁ、心当たりはありますね」


「あぁ、そうだな。何回かキツそうにしてたことはある」


 メリーさんとトトキは意外そうな顔をした。ルナが追い詰められるなんて、そうそうあることではないと思っていたのだろうが、それは違う。トラオとリュウタに言わせると、ルナは底抜けの明るい奴に見えるが、中身はただの女の子だ。規格外な精神力など有しているわけもなく、知識欲と好奇心に従った結果傷つくこともある。落ち込んだとき、彼女に必要なことといえば。誰かが拠り所になってやることだった。


「あぁ、喧嘩がきょうのことならもっと時間置くべきだと思うぜ。あいつも気まずいだろうし」


「いつも何日か経ってから、私とトラオの喧嘩していないほうと話して立ち直ってましたしね」


 思えば、彼女はふたりと初めてあったとき、つまり8年ほど前も最初は好奇心の欠片さえ見えない少女だった。まるで脱け殻のようで、過去の話を聞いてもなにも答えてくれなかったような覚えがある。最初三人はそれぞれの親によって引き合わされ、ちょっとした対立もまじえて仲良くなっていったのだが、ルナは全てを忘れているようだったのだ。


「そういえばさ。こっちに越してくる前、あいつどこでなにしてたんだろうな?」


「さぁ、私は聞いたことがないと思います」


 ルナとトラオとリュウタの三人は、小学校中学年ごろからの付き合いだ。だが、ちょうどそのときに引っ越してきたルナだけはいままでのことを誰も知らなかったのだ。恐らく、本人でさえも。


「……まぁ、いいか。気にしだしたらキリないし。ひとまず落ち着くまで待ったほうがいいぜ」


「ありがとう、ふたりとも。貴重な時間を使わせて、申し訳ないわね」


「大丈夫ですよ。ルナのことは、私たちも放っておけませんから」


 いつも危なっかしいルナは、トラオとリュウタに応急処置の仕方を覚えさせるほどの影響力がある。本人の知らないところで、ルナはいろんな人に心配されているのだった。


 ◇


 当のルナはというと、人形のメリーさんがリップを撃破した後も彼女といっしょに行動していた。いつもならトラオかリュウタが隣にいる状況だが、いまはメリーさんがいる。なんだか懐かしい感じに包まれ、幼なじみとはすこし違った空気でルナの不安はほぐれていくのだ。


 リップがメリーさんの放った光線で爆発したあとは確認したが、どこにもリップが光線を受けたという証拠すらなく、その生死はわからないままとなった。ルナはあれだけの爆発で生きているはずはないと思っているが、それは変わり果てたミリヤをもう見たくないという感情の現れであり、現実に基づいた感情とは言えなかった。

 そんなことは自分でもうすうすわかっていたのだろうが、ルナは意識を向けたくなくて、話題をずらそうとする。ふたりで並んでベンチに座って休憩していたところを、ルナが突然立ち上がって頼もうとした。


「そういえば、もう夕方だけどさ。もういっこ、付き合ってほしいな」


「ルナが行きたいなら、19世紀のフランスでも行ってやるわ」


 メリーさんの言葉で、ルナの意識はけっきょく斜め上の方向にずれていった。外国製であるらしいメリーさんだが、なぜフランスが特にお気に入りなのだろうか。ふと胸のところに視線が行き、人形らしい身体になにやら刻まれているのが見えた。なんと書いてあるのか気になってしまったルナは周囲に誰もいないと確認するとメリーさんに飛びかかる。


「ひゃっ、なにかしら!?」


「ごめんね、ちょっと見せて」


 普通の女の子相手にやったらとんでもないことで、相手がトトキだったら間違いなくルナはぶっ飛ばされているような行為だったが、メリーさんは受け入れてくれるらしい。人形であるぶん羞恥心は薄いのか、とも思ったが、メリーさんの頬はしっかり桜色に染まっていて、また胸にもその色が見えたのであまり大胆に脱がすのはやめた。ちゃんと脱いだところまで作り込まれているらしい。

 胸元に刻まれている文字は、ルナの知らない言語であり、辛うじて読めたのは最後の部分が「France」であるということだった。


「これ、なんて書いてあるの?」


「フランス製ってことよ」


「なるほど……」


 フランス出身の淑女とはただのジョークではなかったらしい。ルナが納得しかけたところで、メリーさんはけっきょくさっきの付き合ってほしい用事はこれだったのかと聞いてきて、さっきまでしようと思っていたことを思い出したのだった。


 ◇


 そしてルナたちがやってきたのは、このあたりでは特に目立つ古い建物である場所。『盾寺』であった。そう、トラオの実家である。彼がいまいるのかはわからないが、用事があるのはトラオの方ではない。電話番号を調べてかけてみると、親父さんが出てくれたようで、いまからお訪ねしたいというと快く承諾してくれたのだった。


「来るのは久しぶりな気がするなぁ」


「私ははじめてだわ」


 メリーさんとふたりそろって入ろうとすると、なにか壁にぶつかって入れなかった。なにも見えなかったのに、弾かれてしまったのだろうか。すると建物のほうからトラオの親父さんであるお坊さんが出てきて、入り口のところのなんっかをいじってルナたちを通してくれた。


「ルナちゃんとお友達だな。どうもうちの息子が世話になってるようで」


「あ、いえ、大丈夫ですよ、トラオは頼れる友達なので」


「そいつぁよかった。それで、きょうはどんなお話なんだい?」


 客人に立ち話はさせられないと上げてもらい、お茶までいただいた。トラオの親父さんが出すお茶はとても美味しい。小学校のころはよく振る舞ってもらっていた。メリーさんも飲んで感激しているようだ。

 さっそく本題に入ろうと思うと、ふと、親父さんのメリーさんを見る視線が鋭いことに気がついた。メリーさんの服はちゃんと直したし、球体関節なことに気づいたのだろうか。


「あの、この珠のことなんですけど」


 懐から、こっくりさんに渡されたあの珠を取り出した。それを見るなり親父さんは表情をがらりと変え、半ば奪い取るようにして珠を手に取るとまずはルナに聞いてきた。


「こんなものどこで手にいれた!?」


「えっと、知り合いにもらって」


 あながち間違いではないが、知人というより顔と敵だということだけ知ってる狐だ。親父さんは珠をさまざまな方向から見たりし、すべてを見終わるといったん深呼吸をしてからルナに告げた。


「俺らよりこういうの専門の拝み屋のが知ってる話になるが……ルナちゃんよ、『だら』って知ってるかい?」


「だら?方言ですか?」


「日常使う言葉じゃねぇ。詳しくは言えないんだが、たぶんそういうのに絡まれた体験談がネットに転がってたはずだ」


 その説明でふと心当たりが生まれた。だら、という名の怪異に出くわしてしまう話のことなら、知っているかもしれない。口に出そうとして止められ、わかってるならいい、と話が続けられた。


「俺は関わったことこそないが、尋常じゃない気配くらいはわかる。こいつはそのとんでもない怪異の封印の一部が入ってるんだ。だから寺に張ってある結界にひっかかった」


 どうやら、あのときに壁にぶつかった気がしたのは結界の力どうしがぶつかりあっていたから、らしい。確かにとんでもない代物だ。中に入っている楊枝のようなものも、あの怪談で語られていた封印と合致する。

 親父さん曰く。封印側なら規格外に強いお守り代わりになるだろう、とのことだった。


「でも、それを持ってた私だけならわかるんですけど、メリーさんまでひっかかったのは?」


「あぁ、それはな。そっちのお人形さんにゃそのだらの力が憑いてるんだ。呪いを伴わない、純粋な霊力みたいなもんとしてな」


 お人形さん、とメリーさんが呼ばれたのを聞いてはっとした。メリーさんが人形だと気付いていたのだ。そして、メリーさんを動かしているのはだら、であるらしい。


「ま、危険なことをやらかそうってわけじゃないし、そもそも寺は怪異ってより霊の担当だ。俺はお人形さんを無理やり祓って黙らせたりはしない」


 そういって親父さんは封印の珠を置いて立ち上がり、棚のほうへ赴く。なにかしら霊的なアイテムが出てくるのかと思っていたら、いつの間にかふたりとも飲み干していたお茶のおかわりが出された。せっかくだしゆっくりしていけ、ということだろうか。


 その言葉に甘えた結果、トラオが帰ってくるまで質問攻めにあい、この前の夜間ドライブのことなどを詳しく問いただされることになってしまい、すっかり疲れたルナはお茶を6杯ほど飲んだメリーさんに抱えてもらって帰ったのだった。

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