第12話 メリーのさがしもの

これは、もうひとりのメリーさんがてがかりもなく日ノ出海の街をさ迷い、けっきょく一日かけて元の場所に戻ってきた結果始まった出来事であった。

昨日同様、ルナが夕方にゲートの元を離れ、考え事をしつつひとりで歩いていた。メリーさんに注意され、実は帰路へつく直前に「狙われてるかもしれないから気を付けとけよ」と念を押されたばかりだったのに、ルナは変わらず無防備でのんきに歩いている。メリーさんは彼女の姿をみとめるとふといたずら心が芽生え、背後から肩をつっつくことにした。つつかれたルナは簡単に振り向き、同時にメリーさんは前に回り込み。気を抜いていたルナはちょっぴり混乱していた。


「……あれれ?」


「私メリーさん。さっきのつんつん、私よ。また会ったわね、お嬢さん」


人形の身体でも笑うことはできる。つられてくすりと笑うルナの隣に立ち、相変わらずどんな不思議にでも突っ込んでいくくせにふだんから考えなしな彼女からの質問を待った。彼女にはいくらでも聞きたいことがあるだろうと思って、だ。メリーさんが質問を受け入れる気分でいることを沈黙から悟ったルナは、メリーさんの思っていたとおりためらいなくもやもやを吐き出す。


「あなたは何者なの?都市伝説?」


「私メリーさん。都市伝説じゃないわ、ここにちゃんといる現実よ」


「本当の名前は?」


「メリーさんだって言ってるじゃない。あの子にもらったこの名前、とっても大切な名前なのよ」


しかしメリーさんが思っていたこととは違って、ルナの質問の意味がわからなかった。都市伝説がどうとか、メリーさんにはよくわからない。この街に来たのも捜している少女がいるかもという話を聞き付けたからだった。情報を与えてきた不思議な女の素性もなにも知らないし知ろうとも思わずにここへ来たのだが、都市伝説が流行っているのだろうか。

ルナはとても驚いた様子でメリーさんを見つめている。彼女の瞳は曇りのない好奇心をせいいっぱい映していて、澄んでいる、とは言えないにしてもメリーさんはこの目をどこか好ましく思っていた。


歩き続けてルナの家の近所へ来たらしく、日曜日でお休みのため遊び回っている子供たちが多くみられた。子供たちならばメリーさんのことを怖がらないし、ルナもお姉ちゃんの友達か聞いてくるみんなに笑って肯定で答えていた。


「みんなお家でゲームしてると思ってたのに、意外といるね」


「仲がいいのね?」


「あはは、トラオやリュウタには子供っぽいから好かれるんじゃないかって言われるよ」


ルナの友人にはそう解釈する者もいるとのことだが。確かに納得できる気がする。子供たちとも一緒になって無邪気に遊べる、よく言えば童心を忘れない雰囲気がある。

挨拶をする子供たちの中で、みんなからすこし離れたところで地面をじっと見つめている女の子がいた。そこに咲いているのはよく見る小さな花で、メリーさんは改まって見たことはない花だった。


「あ、ユノちゃん。なにしてるの?」


「……なにもしてない。ただ、見てただけ」


ユノ、と呼ばれた彼女が見つめていた花は、まわりには雑草もないのにぽつんと咲いている。確かに背の低い幼女や下を向いて歩いている者なら興味をひかれるだろう。メリーさんも背丈でいえばあまり幼女と変わらないから、同じように目にとまった。さみしそうに咲いている花は、誰かのことを暗示しているようで。


「すごいね、この花」


「え?」


「ほかに誰もいられないようなところで、こんなふうに花を咲かせてる。これってすごいことじゃない?」


ルナはひとりさみしい花だなんて言い出さなかった。そんな話をされたユノはくすりと笑い、ルナとメリーさんのことを見てこう言った。


「変なお姉さんたち」


「へ、変かな?」


「うん」


あっさりと肯定され、ちょっと落ち込むルナ。メリーさんも確かにそう思う。ルナはどこか、何かしらの、例えば好奇心を抑えるふたのねじをなくしてしまっている。


「えー、ひどいなぁ。メリーさんはどう思う?」


「あなたは十分に変だわ。個性的よ」


褒めているつもりではないが、ルナには個性的という言葉がそう聞こえたらしい。そうかな、と嬉しそうにし、頬がほころんだままユノに遊ぼうと持ちかけた。


「ねぇ、ユノちゃん。たまにはお姉さんたちと一緒に遊ばない?」


「……いいよ。わたしのおうち、お人形さんたちいっぱいいるから」


ユノは外で遊ぶのではなく、お人形遊びを提案してくる。とはいえメリーさんはその遊ばれる側そのものなのだが、人捜しに奔走するようになってからそんな話を聞くのははじめてで、気分は悪くなかった。


「こっち。ついてきて」


ユノに先導され、ボールで遊ぶ他の少年少女には見向きもせず。彼女の家に向かってずっと直進で誘導される。いつもひとりで遊んでいるのだろう、まわりもユノがいなくなることを気にすることもなく、ただ自分の遊びに熱中しているだけだ。そんなことに気がついてしまったメリーさんの気分は落ち込んでいくが、ルナは楽しみにしていて鼻歌まじりだ。


「子供っぽい、というか。そういうところなのかしらね」


「ん、なにが?」


「こっちの話よ?」


ルナ本人に言うべきことではないことだ。秘密にしたままユノの家までの道のりを歩み、やがて彼女の家へ到着する。ユノ自身もきっとそのつもりだったのだろう。


「……あれ?ここ、さっきの」


気がつくと、あの花がひとつだけ咲いていた場所に戻ってきてしまっていた。自分の家なのだから迷子になるはずもなく、だいいち一度も道を曲がっていない。しかも道の先から聞こえていた子供たちの声もなくなっており、後ろを振り返っても白いもやに包まれており見渡せない。何が起きているのかさっぱりわからないまま、ユノとルナとメリーさんで顔を見合わせた。


「もしかして、なにかの都市伝説に引っ掛かっちゃったかも」


ルナがそう漏らした。こんないきなりどこにもたどり着けなくなるなんて、都市伝説でもなければ納得できないだろう。それもひとりではなく、ふたりとメリーさんが一緒にいても仕掛けてくる。メリーさんは身構えた。


「こういうのって、あれでしょう?狐に化かされた、ってやつ」


「ご名答じゃ、探偵気取りさんよ」


ルナのつぶやきに反応し、どこからともなく笑い声が聞こえてきた。この声の主がメリーさんたちを閉じ込めている狐であるらしい。どこにいるかわからない敵に対し、メリーさんがルナを、そのルナもユノを庇おうと立った。


「そう警戒せずとも。わらわはここにおるぞ」


メリーさんたちの目の前に現れた狐は少女の姿をしていた。獣の耳を生やし、毛に覆われた尻尾をゆらめかせているあたり狐であることを隠す気はさらさらないらしい。自信のある相手なのだろうか。

彼女は自分の周囲に十円玉を数枚浮遊させており、ちょいっと指を動かすだけで指揮をとっているようだった。十円玉たちが描く軌跡はしだいに狐の手元に集まっていき、すべてが手中におさめられた。


「いやなに、敵対の意思は、いまのところはないわ。だが、そこの人形の返答によっては敵対することもあるやもしれぬ」


こいつの目的はメリーさんであるようだ。ユノやルナでなくてほっとするが、まだ捜し物があるメリーさんは何を言われても拒絶するだろう。警戒はすぐに戻し、彼女には鋭い視線だけを向ける。


「怖いのぅ。いちおう名乗っておくか、わらわはこっくりさん。正体はご想像の通りじゃ」


「こっくりさん……!」


都市伝説の中でも有名中の有名であるお話。狐で十円玉、そして都市伝説とくれば行き着く先だ。こっくりさんそのものかまではメリーさんには判断できないが、そんな相手が自分達を閉じ込めて何をしようと言うのだろう。


「簡単じゃ。そこの人形よ、わらわたちのもとに来る気はないかの?お主は正当な道を辿ったモノじゃあないが、そのぶん貴重なのじゃ」


メリーさんは考えた。先程の言葉は従わなければ殺す意味が含まれているし、メリーさん自身もいまは壊されたくないという自分の感情をわかっているつもりだ。現状手がかりのない捜し人の手助けを煽ることができれば一番いい。

けれどどうしてか歩き出せない。


「どうした?早く決めよ」


「ね、ねぇ、こっくりさんって、エミリやドリームの仲間なの?」


「……ほう。会ったことがあるのか、お主は」


こっくりさんがルナのほうを向いた。つまり、相手の気が逸れた。メリーさんはこの瞬間に踏み出す決意をする。こっくりさんに噛みつき、拳を浴びせる決意だった。油断していた彼女はとっさに腕で防ごうとし、押さえきれずにバックステップで距離をとった。予定外だったのか目を丸くするこっくりさん。案外諦めの早い性格らしく、次に出たのは舌打ちと笑顔だった。


「っち、やはり反逆か。だが面白い。そうじゃな、わらわに楯突く勇気の勲章を与えよう。そら、持っていけ」


こっくりさんはそうとだけ告げ、何やら黒い球体を投げつけると姿を消した。球体の正体はメリーさんにはわからないが、今度何か知っていそうなところに持っていくとのことでルナの手元に渡った。

こっくりさんが姿を消してすぐに白いもやが晴れていき、景色も変わる。さっきまであの花が咲いていた場所だったのに、どこかの玄関だ。いままで怯えて縮こまっているしかできなかったユノがやっと声を発し、メリーさんは彼女が無事であることをこっそりと喜んでいた。


「あ、ここ、わたしのおうち」


「ユノちゃんの?あれ、いつの間に着いてたの?」


「わかんない」


狐に化かされて、目の前が見えなくなっていただけなのかもしれない。メリーさんはユノとルナといっしょにお人形さんで遊ぶため、ふたりに続いて玄関の扉をくぐったのだった。

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