第11話 おみまい

「私メリーさん。こんにちは、街ゆくお嬢さん」


 突然現れた等身大の人形は、たしかにメリーさんだと名乗った。容姿は間違いなく、ルナの知っている彼女と同一のものだ。ルナがいますぐにわかる違いと言えば、球体関節であることと雰囲気くらいしかないだろう。あのメリーさんでないことは確かだが、何者なのか。都市伝説が重なることはあるのだろうか。


「こんなに怪異にまみれた街でひとり歩きなんて。悪いおはなしに巻き込まれても知らないわよ?」


「あなたは違うの?」


 今まで出会ってきた意思疎通ができない都市伝説とは、きっと彼女は違う。だがエミリのように力を存分に振るいたい者もいるだろう。もしかすると、エミリは同じステージに立つものを求めているが、世の中には自分が上に立つことだけをよしとする者もいるのかもしれない。


「通りすがりのお嬢さんに襲いかかるほど、メリーさんは節操なしじゃないでしょう?私は人を捜しているの」


 メリーさんが捜しているといえば、元の主だろうか。都市伝説は事実ではないのだから、見つかるとは思えないが。

 そんなふうに考えたとき、ルナの頭のなかで何かに引っ掛かり、そして強い頭痛が響いた。都市伝説は事実かわからないからこそであるから都市伝説で、実現した時に人の身体を得る権利が手に入るんだったか。


「どうかしたのかしら」


「ううん、なんでもない。えっと、どんな人を捜してるの?」


「女の子よ。私が会いたいのは、私を捨てた女の子」


 ルナの脳が何を起こしたのかはわからなかった。けれど、目の前にいる人形のほうのメリーさんの言うことは思っていたとおりだった。メリーさんは捨てられた人形が帰ってくる話だ。ということは、彼女は都市伝説を現実にしたいのだろうか。


「……あれ?」


 ルナが違和感に気づいたときにはすでに人形の彼女は姿を消していた。いくら見回しても気配もない。ただひとつ。メリーさんはもういるはずだ。彼女がすでに身体を持っているのだから、いちどメリーさんの話は実現されている。なのに、なぜ今になって前の持ち主に会いたいメリーという人形が現れているのだろうか。しかも、知性をもって。


 ルナの頭だけで考えていても答えにはたどり着けない。よって、さっさと帰って、あしたお見舞いついでにメリーさんたちに聞いてみようと決めたのだった。


 ◇


 そのお見舞いの日。日曜日の朝から歩いて、ルナはトトキの家へと出向いた。なるべく考えないようにと意識するとよけいにあのふたりめのメリーさんのことが気になってしまう。それに、ルナが知っているほうのメリーさんと交差点のお姉さん、ふたりの容態についても心配が募る。あれだけひどい怪我だったのに、寝かせておくだけで治ってしまうものなのだろうか。

 トトキの家の呼び鈴を押す。すでに何度か訪れていて、もう抵抗はない。トトキ、いや、ゲートの側も来ることはわかっていたようで、すんなりと迎え入れてくれた。


「ふたりはどう?」


「あぁ、生身じゃねぇほうはだいたい完治。メリーももともと丈夫だからな、もう普通に生活してるよ」


 ルナはとてもほっとしていた。いくつか抱いていた心配のうちひとつが解消されたからだ。このあとになって元気そうなふたりの姿を見て、ルナは胸を撫で下ろす結果となった。それは都市伝説たちにとっても同じで、メリーさんは相変わらずだったが、そのぶん涙ぐむ者がいる。


「無事でよかった。守ってくれてありがとう」


「い、いいえ、あなたこそ、私に話しかけてくれてありがとう」


 なぜかルナを見るなり顔をかくしてしまった彼女だったが、どうやら照れているようだ。だとしたら、振り切ってしまえば恥ずかしくなくなるかもしれない。

 ルナは彼女に抱きついてやった。びくっと驚く彼女の顔が間近でよく見える。傷もなく、そういえばこんなに美人だったのか、と思った。体温がやや低いらしい彼女のひんやりしたワンピースの感触がしだいに水分と熱をもちはじめ、さすがにここまでくっつくと汗もかくかと判断して離れる。彼女は顔から湯気を出してぼうっとしているようだった。


「……ルナも無事そうね」


「おかげさまで。メリーさんと……あ、そういえば名前、無いんだっけ。不便だしあだ名つけようよ、ゲートみたいなさ。メリーさんはなにかある?」


 メリーさんが呆れているかのような反応を見せたのは気にしないで、話題を変えていく。いまもぼーっとしている彼女だが、いつまでもお姉さんや彼女といった呼び方でいるわけにもいかない。よって、何かしら呼び名をつけたほうがいいと考えたのだ。メリーさんに話を振って、すぐに首を振られた。やはり元の都市伝説から名乗るものだから、あだ名をつけたことがないのかも。

 だったら、ゲートのほうはどうだろうか。期待をこめて彼女を見ると、めんどくさそうながらもぶつぶついいはじめた。


「そうだな、出会った場所、交差点か信号だよな。私はまんま異界の扉ってことだし、でもひねったほうが好みだったりするのか?だったらクロスをもじったり、あぁでももっとかっこいいのも欲しいよな、となるとクローシアなんとかみたいな……」


「そうだ!信号でずっと待ってたし、シグナルのシグでどうかな!呼びやすいし!」


 ルナが発案した「シグ」という命名案に、当人はすぐに頷いた。まるでルナがいうならどんな名前でもいいというような顔で、むしろゲートのほうが硬直していた。本人がいいならいいんじゃないかとメリーさんが言い出し、彼女の名前は「シグ」に決定したのだった。


「それで?シグでいいのよね、あなたはどうやってこっちに来たの?」


「え、えっと、変な女の子に導かれて来たわ」


 笑顔に陰があり、営業スマイルというよりは張り付いた無表情のような感じ。ほんわかした雰囲気を思わせながら、その雰囲気を保ったままに誰かを殺しそう。駅員のような服装で、猿や小人のマスコットがついている。

 シグが話すそれらの特徴にルナは心当たりがなかったが、メリーさんとゲートはなにか引っ掛かるものがあるようだった。


「まったく予想外だわ。ほんとにあいつらが来てるなんて」


「そ、そうだな、存在は知っちゃいたが、実際に交戦するのは初めてみたいなもんだよな」


 何のことかとルナが問い、元から話すつもりだったメリーさんはひと呼吸おいて話をしてくれた。


「数年ごとに都市伝説たちが出る場所が変わってる、って話はされたのよね」

「う、うん。ゲートに聞いたよ」


「じゃあそこは省くわ。その移動に合わせて動いてる奴が何人かいるのよ。実現された都市伝説だろうと思われるね」


 わざわざ怪事件の起きる土地を追いかけているという人物。そのうちのひとりの特徴に、シグが語ったものと一致する人物がいるらしい。通り名を「ドリーム」といい、彼女らが都市伝説をこちらの世界へ呼び出しているかもしれないのだとか。


「それが今回。確信に変わったわ。シグのおかげでね。それに、呼び出した都市伝説に誰かを狙わせて、不都合なら排除する役割はエミリが担っていた。エミリとドリームは恐らくつるんでいるわ。他にも仲間がいるかも」


 恐ろしい話だった。メリーさんをあれほどに追い込んでしまう相手であるエミリ。彼女ほどの強者がまだまだ潜んでいるというのである。そのドリームも恐らくメリーさんたちのように人並外れた能力が使えるに違いない。

 さらに彼女らが都市伝説を呼び出しているのなら、都市伝説を異界に送り返しているメリーさんやゲートたちとは真っ向から対立している。今後も激突することは確実だった。


「……そういえば。私、その一味?なのかわからないけど、誰かに会ったよ」


 ふと思いだし、今度はルナがメリーさんたちに言い聞かせた。もうひとりのメリーさんのことだ。今度のことに心当たりがあったなら、ふたりともなにかに反応してくれるだろう。

 だが反応は芳しくなかった。メリーさんもゲートもシグも、みんな頭を抱える方向へ向かっている。誰もあの球体関節のメリーさんについて知っていることがないようだった。


「同じ都市伝説が増える?なんてこと、ありえないと思うけどな。少なくとも前例はないぜ」


「しかもメリーさん?そんなこと、あるのかしら」


「うーん、私は向こうの世界でもメリーさんには会ったことないわ。もうこっちにいるんなら、また新しくなんてこともないし」


 ルナも納得することはできなくて、よけいもやもやした。いっそのこと、本人が現れてしまえばいいのに。そんなことを考えても、都合よくあのメリーさんが後ろに出てきてくれるなんてこともなく。時間はいたずらに過ぎていくのだった。


 ◇


 戻ってきたエミリはとても不満そうであり、つるんでいるメンバー全員にも明確にわかるほど顔と足に出ていた。歩行中使わない三本目を常に貧乏揺すりに使っているのだ。よほどメリーさんとやらがお気に召さなかったとみえたが、実態は違った。


「おや、エミリ。あの都市伝説はどうしたんかの?」


「あれは使えない、よりによって人間に情が移ってたの。おかげで興ざめだった。でも、メリーさんとやらはとてもよかった、もっと違うシチュエーションを用意してほしいものかしら」


「脳筋の筋肉眼鏡にかなうとは相当なケンカマスターみたいじゃのう。アルファ、ドリーム。エミリはしたりないみたいじゃが」


 アルファ、ドリームともに笑っているだけだ。こういうときは、こっくりさんが動かなくても勝手になにかをしている。今に見てろと沈黙で示しているのだ。種はもうひとつ撒いてあったようだ。

 つるんでいるというのに、まったく統率が取れていない。こっくりさんはそのお札まみれの手でふわふわのきつねみみを掻き、途中でふと自分もたいがい好き勝手に動こうと考えていることを思い出した。

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