第10話 傷痕
エミリの襲撃を受け、そして去っていった後には負傷者がふたり残された。ひとりは打撲がいくつか、内臓への損傷もあるかもしれない。もうひとりは胸のところに抉られた傷ができており、絶体絶命の状況であった。
唯一まともに歩けるルナはすぐに、バイクを走らせられるトラオと生徒会の仕事のためトトキの連絡先も持っているだろうリュウタに連絡した。メリーさんと名も無き都市伝説の怪我なのだから、救急車で対応できるものではないからだ。幸い予定の空いていたふたりはそれぞれバイクを発進させたりトトキの家へ先にお邪魔したりして、最終的に全員がトトキの家に集まったのだった。
「んで。なんなんだこの大所帯は」
包帯やらを持ち出して止血の処置をしながらトトキ、改めゲートが文句を吐いた。無理もない。あまり広くもない書斎に何人も入っているうえ、うちふたりは怪我人なのだ。トラオとリュウタが手伝おうと申し出てくれてその負担は軽減されるが、見ていることしかできないのがふたり。知識のないルナと、リュウタにくっついてきたウィラだ。
こちらも火の玉を出して焼いて塞ぐくらいしかできない幼女で、やたらと慣れた手つきで応急処置を行うゲートたち三人をきらきらした目で見ているだけだった。
やがて処置が終わると、ルナとウィラの隣へそれぞれトラオとリュウタが並び、計七名がこの書斎で座る、あるいは寝かされているようになった。怪我人ふたりを挟んで向こうにいるゲートと向かい合って、まずルナがこれでよかったのかと聞いた。
「あぁ、人間の病院じゃなんともならないし、この判断は大正解だよ。この書斎は私の中身、つまり異界の扉を投影してるような場所だからな。都市伝説の世界に一番近くて、ここに寝かせてればこいつらの回復力も跳ね上がってるってわけ」
ルナにはよくわからない理屈だが、トラオとリュウタはだいたい納得しているようだった。トラオはたぶんニュアンスでだが、リュウタは意外だ。非科学的ですねと言って否定から入りそうなのに、と思っていると、彼が口を開いた。
「颯さん……いえ、ゲートさんとお呼びしたほうがよろしいでしょうか。この場にいる者は私たち三人を除き、さきほどご説明いただいた都市伝説たちだと思ってもよろしいのでしょうか?」
「あぁ、そうだな。こいつは名無しみたいだが、私は異界の扉、メリーの奴は名の通り。そこの幼女はウィル・オ・ザ・ウィスプってやつだったか」
トラオとリュウタは先に都市伝説のことについて説明を受けていた。ふたりともすでに遭遇したことがあり、メリーさんの戦いも見ていたのだから納得するしかなかったのだろう。それと、この部屋にいるとふたりにもちゃんと名も無き都市伝説が見えるようだった。さっきゲートが言っていた、都市伝説の世界に近い場所であるらしいのが影響しているのだろうか。
続けてルナは、先ほど自分たちを襲ったエミリについて話を聞いた。ゲートも彼女についてはよく知らないようだったが、まず確実なのはエミリもまたメリーさんと同じような存在であるということだった。都市伝説を実現させ、人の肉体を奪う権利を得た逸話だろう、ということだ。
昔からこの日ノ出海市は呪われている街だとされてきた。大都市にほど近く人口はそこそこながら、数年ごとに奇怪な事件が多く起き、それらが迷宮入りする。行方不明者数でいえば幾度かトップに躍り出たこともあるのだという。だがそれは日ノ出海にかぎったことではなく、日本の特定の街いくつかでまるで当番制のように起きている出来事だった。
そのくらいはルナも掲示板で見たから知っていることだったが、その奇怪な事件たちがこの都市伝説たちを原因として起きていることだとは知らなかった。確かに好奇心の強いルナならば、いつ首を突っ込んでいてもおかしくないような噂がたくさんあった。それでも行き当たらないのは、年にあわせてエミリたちが移動しているのではないか。
それがゲートの見解であった。ルナはよくわからないが頷いた。
「それで、今は日ノ出海の番ってワケだな。だからメリーと私はここにちょっと前から来てて、都市伝説から人々を守ってるわけだ」
メリーさんとゲートは都市伝説の犠牲になる人をできるだけ減らそうと言う考えで数年前からこの奇怪な事件たちを追っているらしいが、たった二人では情報はどうしても後手に回ってしまう。警察と同じだ。そのせいで対処しきれずに、エミリのような実現させきった者も現れていたのだった。
「それで。そこのルナ嬢ちゃんは関わる気まんまんみたいだけど、色男どもはどうするんだ?」
トラオとリュウタはルナに視線を注ぎ、ルナを通して頷きあった。
「放っておいたらこいつの身体取られるしな。協力はするさ」
「はい、メリーさんへの情報の提供やルナの制止。やらせていただきますね」
トラオとリュウタの言葉に、誰よりも嬉しそうだったのはウィラであった。彼女はきっと、ここで拒否したらもうリュウタたちとは遊べなくなるとでも思っていたのだろう。彼女のほか、つまりルナとゲートは明るい顔ではなかった。積極的に巻き込みたいわけがなかったからだ。
「あんまり危ないことはしてほしくないんだけど……」
「それはこっちの台詞だっての!昔っから危ないんだよ!」
「誰のせいで応急処置のやり方覚えたと思ってるんですか?」
なるほど。ふたりとも先ほどの応急処置がやたらと慣れた手つきでいたのは、前からルナがよく突っ込んでいって怪我をしていたからだったようだ。では、ルナが何を言ってもブーメランになるだけかもしれない。
名も無き都市伝説とウィラは、さすがに一般家庭および寺ではかくまえないとのことでゲートの家で預かることになった。おもに前者はひとまず傷が治ってから処遇を考えなければならず、ウィラも学校を住み処にしているのはいくら広くともよくないとの結論に至ってのことだった。
ゲートは時に文句を言うが、なんだかんだみんなのことを考えてくれていた。トラオもリュウタも彼女を根っこではいい子だと思ってくれているみたいで、ルナはひと安心だった。
「これでだいたい纏まったな、んじゃメリーには私から話しとくよ」
「はい、ありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いいたしますね」
「あぁ。出来ればもう私たちの出番なんざない方がいいんだけどな」
「またね!みんなー!」
ゲートとウィラが見送りに来てくれて、ふたりに手を振りながらルナはみんなと別れて歩き出した。リュウタは連絡すれば迎えが来るようで、トラオは自分の乗り物がある。双方に送っていこうかと提案されたけれど、ルナは晩ご飯を買って帰ろうと考えていたから大丈夫だとことわった。
幸いゲートの家はトラオやリュウタのそれよりもルナの家に近い場所に建っていて、学校帰りに名も無き彼女のためちらっと寄れる位置だ。道中ちょっと寄り道すればスーパーだってある。
ふだんは使わない道だったけれど、何度か通ったことはあるし、スーパーの看板を目指して歩けばいつもの道に出るだろう。そんな軽い考えで。ルナはひとりでの家路を選んだのだった。
「考えが甘いのね、あなた」
その途中で、出会ってはいけないものに出会ってしまうとも知らずに。
「あなたは、だれ?」
降り立った少女は見たことのある容姿だった。水色のフリルがたくさんな衣装に白のエプロンが身に付けられたドレスに、金色のきれいな髪。お人形さんのような顔立ちで、瞳はガラス玉のよう。
まるでさっき別れたメリーさんのようで、ルナは目を疑った。よく見ると、一点だけ違う。ちらりと覗く手首。そこには人間にはない機構、球体の関節が使われていたのだ。お人形さんみたいとはよく言ったものだ。もしかすると、本当にドールなのかもしれなかった。
少女はルナが投げ掛けた問いに答える。その答えははじめから決まっていた。
「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます