第5話 遊びじゃないの
人面犬を電柱に激突させ撃退してから一夜明けたのちに掲示板を見ると、鼻血を流してすすりなくおっさん犬の目撃情報があって、トラオとふたりで笑っていた。どうやらあのあとに通った者がいたらしい。こうして自分達がやったことがこうして噂となっているのも面白いかもしれない。
リュウタは首をかしげ、人面の犬など数日で死んでしまいそうですが、と自分の見解を述べた。
そして学校が終わり、これでやっと一週間が終わりを告げた。明日からは週末のフリーな時間だ。ルナは嬉々としてトトキの後ろをつけていき、彼女の家に自然な流れで押し掛けようとして止められた。
「おい待て。なんで私の家に当然かのように上がり込もうとしてるんだ。彼女面すんな」
「そんなつもりじゃないけど、トトキさんって学校だと喋らないのに家だと喋るよね」
「それには深い事情があるんだよ。で?メリーのことか?」
トトキはけっきょくルナを家に上げてくれて、特にお茶を出してくれる様子はなかったが、かわりにメリーさんに連絡をとってくれた。どんな妖怪的な手段を用いるのかとどきどきしていると普通にスマートフォンだったようだ。連絡してから到着まで数十分程度かかると言われ、トトキとふたりで気まずいなかを待つことになる。
「えっと、ねぇ、トトキさん」
「うちではゲートって呼んでくれ。私はトトキじゃねぇ」
言っている意味がよくわからなかったが、彼女の言い分はとりあえず飲み込んでおく。それよりも知りたいのは、この家にほかに住人がいるのか、家族構成はどうなのか、ということだった。
「あぁ、そんなことか。ま、うちにはバァさんがいるよ。颯のばぁやが元気なおかげで異界送りに金取ってねぇんだ」
「独り暮らしじゃないんだね」
「そうだよ。ばぁやはこっちの部屋にゃ入れんようにしてるし、世話になってるってこった」
関わってこようとする誰をも相手にしないトトキだが、聞けば自分のことも教えてくれる。不必要に関係を作りたくないのだろうか。都市伝説関連に巻き込みたくない気持ちだろうか。やがてメリーさんが到着し、トトキへの質問の時間は終わる。
「私メリーさん。いったい何の用?」
「あの、都市伝説の話で」
メリーさんがどうかしたのかと首をかしげ、つられてトトキも同じく傾いた。昨日から話したかったことは口からすべり出るように出ていって、トラオと人面犬のことについてひととおり話して、息継ぎをしなさすぎてちょっぴり苦しくなりつつもメリーさんとトトキの反応を待った。どちらかは素直に褒めてくれるだろうか。
「ねぇ、あなた……そういえば、名前は」
「ルナです」
「ん、ルナ。覚えた。で、どうしてそんな危険なことをしたの?」
どうして?自分で謎を突き止めたいからだ。そのほかにはない。偶然ではまずないし、メリーさんのためになるかもと思ってこうして報告している。そのルナに対して、メリーさんはどこか怒っているような気がする。
「あなたはただの人間でしょう。事故を起こせば死んでしまうわ。あなた、控えめに言ってばかだわ」
「うぅ、ばかって!私はメリーさんのために」
ルナはメリーさんの眼光に気圧されて、言葉をそこで詰まらせた。メリーさんのためだなんて言っても、ルナはけっきょく余計なことをしたとしかならないからだ。
「バイク乗りの友達といっしょに、とあなたは言ったわ。ひとつ質問よ。犬の鼻ってどうかしら」
「え?どうって、嗅覚が鋭いんじゃ」
「じゃあもうひとつ。おじさんが屈辱を与えられた相手の顔を一晩で忘れるかしら」
メリーさんが言いたいことを、ルナはやっと察した。人面犬は昨晩でこそ振り切れたが、まだゲートによる異界送りが済まされていない。つまりこの街をいまだうろついており、犬の鋭敏な嗅覚をもってすればトラオの居所を見つけることができる。
ルナは昨晩トラオを事故との瀬戸際にまで追い込んだうえ、その危機はまだ去っていないと。メリーさんはそう伝えたかったのだろう。ルナのせいでトラオが怪我をする。そんなのは嫌だ。でも、いまのルナにできることは後悔しかなかった。
「どう、しよう」
「嘆いてる暇はないわ。彼のところに行くの」
いきなりメリーさんに抱えあげられて、準備もなにもなく連行される。トトキは同情の目を向けつつ手を振っていて、すぐに家から出たため見えなくなった。メリーさんはトラオへ電話をかけろと言ってくる。彼に危険が迫っているかもしれない状況でルナは手が震え、メリーさんに握ってもらってやっと落ち着き、トラオに電話をかけた。すぐに出てくれた彼へ、まずどこにいるか聞いた。
「どうしたよ?」
「いいからいまどこにいるの?」
「あぁ、帰り道に自販機で買ったコーヒー飲んで休憩中だけど。場所は、そうだな、昨日の繁華街の近所だぜ」
ルナはとびきりの寒気がして、メリーさんのほうを見る。するとスマートフォンが奪い取られて、あぜんとするなかで彼女は告げた。
「あなた、そのままだと人面犬が来るわ」
「は?誰だあんた、ルナはどうした?」
「私メリーさん。いまあなたの後ろに行くわ」
その瞬間、ルナの目の前に広がる景色が変わった。昨晩見た夜中の姿とは違う夕暮れの道だ。途中にバイクが停められていて、すぐ近くには信じられないという表情のトラオが缶コーヒー片手に固まっていた。ここではじめて、ルナは自分とメリーさんが電話の向こうで一瞬で移動、テレポートしてきたということだ。
「ルナ!?いつの間に、ってかなんですぐそこにいるのに電話なんて」
「説明はあと。来るわ」
トラオが困惑するなか、道路の向こうから猛スピードで迫ってくる物体が見えた。一見乗り物のような速度とシルエットだが、乗っている者はおらず、ある程度近づくと犬であるとわかる。そしてその顔面が中年男性の、しかも鼻がつぶれているものであることもよくわかった。紛れもなく昨晩のあいつだった。
「リア充、リア充め!ゆるすまいぞ!」
なんて叫びながら、まるで車両のような速度で突っ込んでくる人面犬。だが、メリーさんは動じる気配がない。むしろ精神を集中させて、迎え撃つ準備をしているようだった。そしていまにも人面犬がメリーさんを突き飛ばそうというとき、一瞬彼女が動き、犬らしいぎゃんといった悲鳴ののちに大気に深く吐息が放たれた。メリーさんは拳を突き出して、あまり明るい表情ではない。うまくいかなかったのだろうか。
「一撃では仕留められなかった。さすがに見よう見まねじゃだめね」
「いやいやいや、あいつ100キロは余裕で超えてたのに、なんだよ今の」
「私メリーさん。衝撃は発勁で打ち消したの」
ちょっと拳法っぽく迎撃してみたのだというメリーさん。さすがに血がにじんでいるが、それで済んでいるのがおかしい。はじめてのときも思ったけれど、都市伝説は常識から外れた戦いを繰り広げるからこその都市伝説であるのだろうか。
「ぬ、ぐぐ……なんだこの幼女は!なぜ俺の全力を受け止められる!」
「理由は単純。私、メリーさんだから」
納得できない様子の人面犬は、メリーさんに向かって飛びかかっていく。大口を開き、人面なのに大きく発達した犬歯を剥き出しにしている。人間が噛まれると人面犬になってしまうという話もあり、あの牙には襲われたくないものだ。その牙に対し、メリーさんはスカートを翻して回し蹴りを放ち、歯の欠片を飛び散らしながら上品に回り、そして最後にはかかと落としによって人面犬を地面に固定した。
ポケットから札が取り出され、人面犬に押し付けられる。踏まれていて歪んでいた顔が消えて、道路にはまたもやひび割れだけが残された。
「ひとまず封印。これでわかってくれた?都市伝説退治は、遊びじゃないの」
メリーさんの戦いっぷりにあっけにとられていたトラオとルナ。言い聞かされたって止まるつもりのないルナはともかく、トラオは目の前で起きていた出来事を飲み込むのに、先にコーヒーを飲み干して落ち着く必要があったのだった。
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