第4話 夜道を駆る
ゲート、もとい颯トトキと知り合って、メリーさんに都市伝説について話してもらい、ルナは決意を固めた。この先あらわれる都市伝説の正体を突き止め、メリーさんに報告する。罠にかかった人間であるなら相手は本性をさらけ出すだろうと思ってだったが、そこまでいけば一昨日のようにほとんど賭けに出るしかないとは考えていないのだった。
ルナはさっそく行動に出た。日ノ出海市の都市伝説に関するサイトをめぐり、掲示板に潜り、見つけたものをいくつかリストアップする。ありきたりなものがやたらと流行るのが日ノ出海市らしく、一昔前のネタが多く見受けられた。例えば、怪人赤マント、三本足の人形、こっくりさんといったところだろうか。
その中でも、ルナが選んだのは夜中の高速道路に出没するというものであった。いくら頑張ってもなにもわからない可能性のあるこっくりさんなどと違い、遭遇すればその正体が見えるからだ。
しかし、それには誰かの協力が必要だった。ルナが免許を持っているわけもなく、父母は深夜のドライブなんて連れていってくれないに決まっている。となると、知人で免許とバイクを持っているトラオに声をかけることになるのだった。
「ねえトラオ!きょうあんたん家泊まっていい?」
「……待て。女子高生がいきなり言うことじゃねぇしうち寺だぞ」
「だって面白そうだし。無理なら夜迎えに来てよ。行きたいところがあって」
将来坊主はちょっとと思っているのか、みんなトラオとは一定の距離を保っている気がするが、ルナはそんなの関係なしに堂々と踏み込んでいく。幼なじみゆえの当たり前の関係であり、そして夜中にどこかへ行きたいということは、またなにかしら怪しい噂を聞いたものだとトラオは察していた。
「ついにルナさんも夜遊びとはな」
「そういうのじゃないもん!」
「はいはい、知ってるよんなくらい」
ルナは冗談には乗っかれない。夜遊びなんてする暇があるわけがなく、これは調査の一環であるのだ。真実をぼかすということはやはり好きではなく、特に話すなとも念を押されたりしていない以上必要になればトラオにも話すつもりでいる。ルナは10時ごろに迎えに来ること、と言いつけて、トラオももちろん承諾した。ルナの好奇心に付き合うのも幼なじみの仕事なのだ。
◇
そして夜になって、予定通りにトラオはルナを迎えに行き、ヘルメットを投げてやった。トラオとルナでは高速道路では二人乗りできないため、次いで目撃情報が集まっている道路があると聞いてそこへ目的地を変えた。そこは人通りが多く出没すれば目撃者も増えるような繁華街であるが、この時間でもやっているお店があるとは思えない。とはいえ法律違反には代えられない。怪異を捕まえる前にルナたちが捕まってしまっては元も子もないのである。
「っし、ちゃんと捕まってろよ」
「う、うん」
トラオの背中にしがみついてくるルナ。トラオには自分の呼吸が乱れているのがよくわかる。そう、トラオも思春期の男子なのである。女の子とふたりっきりの状況なら意識してしまうのは仕方がない。落ち着くようにか背中をさすってくるルナへ余計なお世話だと言って、普通に発進した。
夜風が気持ちいいってこういうことかな、とルナははじめての深夜外出にわくわくを抱いているようだ。
「しっかし、なんでこんな時間にしたんだよ?」
「あ、それはね。夜中の方が遭遇できるかなって」
「……もしかして都市伝説か?」
元気よく頷いたルナに対して、トラオはため息をついた。ルナはだいたいいい子である。ちょっと噂に対して敏感すぎて情熱的すぎるだけであり、危ない橋を自ら渡るようなことは、いや、その情熱的すぎるところで散々危ない橋にへたっぴな側転で突入しようとするのを繰り返している。深夜に出歩こうと言い出すのも不思議とは言えないことではあった。
そこそこドライブを続け、やがてすっかり人気のない繁華街に到着しようとする。バイクの駆動音だけが響いていた。
「そろそろ着くね!」
「いったい何を探してるんだよ?」
「えっとね、人面犬だよ」
人面犬。文字通り、人の顔を持った野犬である。都市伝説の中でもかなり有名で、インパクトのある話題ではないだろうか。中年男性の顔面と声帯を持っているんだとか。
「あれだよな。確か、ゴミあさってるのに話しかけると喋るんだよな。なんだったっけ」
「ほっといてくれよ」
「そう、そんな台詞だよ。ルナ、お前そんなおっさんっぽい声出せたんだな」
トラオが視線をルナのほうへ向けようとすると、ルナは大きく首を振った。そしてすぐ横を指差して、トラオにそちらを向かせた。さっきまでひとりで走っていたはずなのに、いつの間にか並走している奴がいた。いったい何に乗っているかと思えば搭乗者の影がなく、しかも乗り物ですらない。まさに、人の顔を持った野犬が走っていた。
「妬ましいリア充が、夜な夜なデートしやがって」
「はぁ!?喋った!?」
こちらにその卑屈そうな目を向けてくる人面犬。ホームレスの中年男性といった毛だらけの顔と犬の身体がなんともミスマッチであり、恐怖とも滑稽ともとれる。
「お前らもうすることしてるんだろ?毎日のようにせっせとせっせしやがって」
「ド下ネタじゃねえか!上手くもなんともねえよ!」
真実を知っておもいっきり気分が沈んでいるらしいルナが後ろで、そして小声で「カップルに向かって下品な言葉を吐くとどこかで見た」と言っている。トラオにはかすかにしか聞き取れなかったがだいたいそんな感じだろうか。そしてもうひとつ、「追い越されたら事故る」とも。重大すぎる情報だ。バイクと並走できるこいつから逃げ切らなきゃならないのか。
トラオはふと作戦を思いつき、妬みと下ネタを向けてくる人面犬と話を続けることにした。むろん速度は落としてはならない。
「なぁおっさんよ。女の子と付き合ったことはあるかよ?」
「ないって言えば満足か?」
「そうだな!俺だってねえよ!」
人面犬は嘘つけ、じゃあ後ろの女は何だと言いたげだ。そんなの、大切な幼なじみに決まっている。彼女を後ろに乗せた以上その安全を預かるということである。事故なんて起こしてたまるか。そう吐き散らしてやるにはまだ早く、もう少し注意を引き付けなければならなかった。
「こいつはな、俺の彼女じゃねぇさ。こいつは人間そのものにゃ興味がねぇ。謎に惹かれてるのさ。だから、たぶんてめぇのが眼鏡に敵う」
「……なに?」
「でもな、いっこ言わなきゃならねぇことがある。俺はルナの幼なじみでしかねぇが、それでもなんだかほっとけねぇんだ。てめぇみてぇな奴にゃ渡せないもんだぜ……!」
予定通りの場所へ差し掛かる。相手は前を見ていない。こうもうまくいくとは思っていなかったが、事故を起こすのはトラオの方ではない。人面犬の方だ。
話ながらゆっくりと幅寄せを続けていたのに、人面犬は気がついていなかった。そして、この先にぎりぎり車道に飛び出た電柱があるのをトラオは知っていた。人面犬はその怪異たる源、即ち人面を電柱へ激突させ、鼻血を撒き散らして気絶する。そこからついてはこなかった。作戦は成功したのである。
「っし、逃げ切った!どうよ、ルナ!」
「……うん、ありがとう、トラオ」
こうして、ルナによる人面犬を追う調査および深夜のバイクデートは帰路につく。ルナはちょっぴり、いまの自分のことを不思議に思っていた。メリーさんに報告できることも少しはある。けれど、きっとトラオの本音が聞けて嬉しかったのだ。人の気持ちは本人が聞いてもなかなか吐露されないのだから。
さて、このあとルナを送り届けて戻ったトラオが、ただいま住職である親父に怒られるとともにいろいろ聞かれて困ることになるのはまた別のお話である。
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