第3話 異界のトビラ
二日にわたって怖い思いをし、二度もメリーさんに助けられ、さらに真相へ近づけた気がしているルナ。名刺をもらったことでもやもやは晴れ、むしろ遠足前日気分で学校へ行く。けっきょく信じられないだろうメリーさんの話はしまっておいて普通に過ごそうと決め、これを耐えれば出発できるとの精神で真面目に授業に集中する。
ふだん駆けずり回ってばかりのルナが静かにしていると、主にトラオとリュウタが驚いていた。
「おいおい、よっぽどいいことがあったみたいだな」
「ですね。では、あの話はまたの機会にしましょうか」
「そうだな」
といっても、ルナはルナである。静かにしているように見せかけて、聞き耳を立てていたのは言うまでもなく、ついなにかあるような発言をしたトラオとリュウタのところへはルナが飛び付いてきた。
「聞こえてるからね、いったいなんの噂!?」
「いや、お前が言いふらしてた金髪の女の子。メリーさんか」
「うんうん、メリーさんがどうかしたの?」
「自分も見たっていう奴がそこそこ居てな。んで、ルナがあそこまで熱心だったわけだし、こっちでも調べてみようって思い立ったんだよ」
ルナを差し置いて、どうやらふたりとも噂の調査をしていたらしい。混ぜてほしくもあったが、自分のためにやってくれたことだし、素直に喜ぶ。そしてさらなる詳細を求めてルナはトラオへ詰め寄った。
「それでどうだったの!?」
「目撃場所、日時を整理するとこのようになっています」
リュウタが日の出海市の地図を広げる。いくつかの赤いシールを結ぶように矢印が書かれており、どうやらリュウタがまとめたもののようだった。
すると明確にパターンがあることがわかる。町中で目撃された数日後、かならず特定の家付近で見つけられているのだ。仮にトンカラトンと戦っていたような用件が町中での目撃だとすれば、あの名刺に書かれていた住所がこの家だろうか。
「ここ、メリーさんのおうち?」
「そうかもしれませんが、そこの住人はわかっているんです。あなたも知っている人物ですよ」
「ほぇ?」
リュウタの口ぶりからしてメリーさんではないことは確かだが、いったい誰の家だろう。トラオの実家はお寺だし、リュウタの家とも方向が違う。それを考えていると、思い付く前に正解が言われてしまった。
「同じクラスの『
「あぁ、颯さん?でもどうして?」
「本人に聞いてみるほかないのでは?」
そう言われてしまっては黙っていられない。リュウタのいう通り、トトキはルナのすぐ前の席に座る茶髪サイドテールが特徴の女の子で、特にグループには属していない。
一時人柄ががらりと変わっただの両親と険悪だとの噂が流れて真偽を確かめようと話しかけたのだが、残念ながら答えてくれなかった。ルナがまともに話したことのない人物のうちひとりであった。
「わかった。聞いてみるよ」
「話したことないんじゃないのかよ」
「でも、それしかないんだもん」
方法がないのだから仕方があるまい。何事もまずは当たって砕けろである。席で次の授業の準備をしている彼女のところへまっすぐに進み、彼女に話しかけようとした。
「ねぇ颯さん!ちょっと聞いてみてもいいかな?」
返答はない。
「質問してもいいよね?」
視線すらよこさない。
「颯さーん?」
反応がいっこうにない。
「聴こえてるかな?颯さーん!」
声量を上げてみてもどこを見ているのかさえわからず、まるで、いつも通学路で出会うだけの飼い猫へ窓越しに話しかけているようだった。トラオとリュウタの「やっぱりか」という視線が痛い。
でもルナはめげない。めげずに彼女へのアタックを続け、しかしまったく反応されず、ついに学校が終わってしまった。さっさと帰ってしまうトトキを追うのはさすがにストーカーじみていてだめだ。時間も時間であり、トトキのほうは断念するしかない。向かうはメリーさんに指定された住所である。とはいえ電車に乗るのだから途中まで帰り道は同じであり、三人でいっしょになるのもいつも通りだった。
「どうだった?颯の反応は」
「ぜんぜんだめ。きょうは撤退だよ」
「あんまりしつこいと嫌われますよ」
嫌われたところで止まりそうにはありませんけどね、とリュウタは付け加え、トラオがそれを笑う。ルナにとっては居心地のいい雰囲気だ。
ふと、メリーさんの言っていたことを思い出す。本当にこっちの世界へ来たいのなら、と。それはつまり、こういった日常ではなく夜に蔓延る都市伝説たちの世界ということだろうか。先のトンカラトンのような危険まみれの場所へ飛び込んでいくということだろうか。知りたいのは抑えられないけれど、一般人と同程度には死にたくない。
「あうっ!?」
「……おい、どうした?」
「大丈夫ですか?」
考え事をしていたら、壁に顔をぶつけてしまった。よく気づかずに鼻をぶつけたものだ。そうだ。前を見なければ、なにかにぶつかってしまう。道はメリーさんに教えてもらったのだ。あとは踏み込む勇気だけ。
「それじゃあ、またね!」
手を振ってふたりと別れて、気持ちを入れ直した。これから未知へと飛び込んでいく。とってもワクワクするし、同時に怖いことだ。スマートフォン片手に、もう片手に名刺を持って歩いていくと、とある一軒家に到着する。そこでは玄関先で金髪の女の子、すなわちメリーさんが花壇に腰かけて待っており、ルナを見ると立ち上がって寄ってくるのだった。
「来ると思ってたわ」
「待ってくれてるとは思わなかったかな」
メリーさんが扉をノックして、それからインターホンを押し、やかましいほど押して、少しすると扉が開いて少女が顔を出した。
「なんだようるさいな……ってメリーかよ。仕事だろどうせ」
「そう。また頼むわ」
メリーさんに続いてあげてもらう。中は思っていたよりも古くさくて薄暗い建物で、味があると言い張れなくもない。迷わず進むメリーさんについていくとリビングを通りすぎて書斎らしい場所へ通されて、目を疑った。
広めの部屋の床の中央には妖しく光る六芒星が大きく描かれており、中心には「飽きた」と赤い文字で書かれている。どう見ても客人を通すような場所ではなくて、珍しいものを見る目で見回していると突然部屋の主らしい少女が声をあげた。
「あ、お前もしかして!きょうやたらとうるさかったやつ!」
「えっ、颯さん?どうしてメリーさんと?」
その言葉ではじめて少女の容貌を意識して見た。確かにルナと同じ制服を着ていて、あまり手入れしていないらしい茶髪のサイドテールにはとても見覚えがある。リュウタの調査通りになったが、いったいどういうことなのか。
「そこも含めて、改めて説明するの」
メリーさんの言葉で、ルナは静かにした。いくつも疑問はあるだろうけど、と前置きをして、まずメリーさんたちは何者なのかとあのトンカラトンのことが語られる。
なんでも、この世界から創作物が行き着いて魂を持つ世界があって、そこからまれに橋がかかってしまう時期があるという。それが今このときであり、特に人を怖がらせるために生まれた都市伝説たちが大挙してこちらへ来ようとしている。
そして、都市伝説たちは自分の逸話を現実にしたことによって波長の合う人間の身体を奪って現世での肉体を手に入れるのだとか。
「そして、都市伝説たちから人間を守って、都市伝説を元の世界へ帰すのが私たちの仕事」
「あ、そうなんですね。えーと、メリーさん?」
メリーさんの呼び名はメリーさんでかまわないらしいが、トトキのほうはこっちにいるときは「ゲート」と呼んでほしいようだった。少なくともメリーさんはそう呼んでいるので、合わせようとは心がける。
「えっと、ゲートさんは送り返す担当で、メリーさんは戦う担当なんですね」
「そうだけど、どうかしたか」
「今からトンカラトンさんを送り返すんですか?」
メリーさんが頷いて、離れていろというので遠くから固唾を飲んで見守る。あのトンカラトンに押し付けられていた紙が六芒星の中心に置かれ、いっそう強く紫の光が書斎に満ちて、いつの間にか紙は消えてなくなっていた。
恐らく。この六芒星が『ゲート』であり『異界のトビラ』なのだろう。
存外にあっさりで、どれだけ大がかりな儀式かと思っていたのに拍子抜けではあった。ただ、それよりもこれだけの重要な行為をルナが見せてもらえていることがすごいと思えた。
「ひとつ、質問をさせて」
メリーさんに言われて、ルナはそちらを向く。彼女の瞳はまっすぐルナの瞳を見つめていて、覚悟を問われているようだった。
「本当にこっちの世界へ来たいの?」
「……はい。もう引き下がれませんし、知っている者にがそれだけの責任がありますから」
ルナの答えを聞き、メリーさんは無理しないでね、とでも言ったのか小声で呟いたのち、トトキに対してお茶を出すように言い出す。
文句を垂れながらもティーポットやパックを取ってくるトトキに対してルナは「こんな表情もできるんだ」という感想を抱く。彼女の瞳ばかりをじっと見つめていたのがやがてばれ、睨みかえされて目をそらしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます